第19話:あんず先生登場!

 一学期に三つ以上の赤点を取ったら、夏休み中はずっと補習決定。

 そんな重大なレギュレーションを知らなかった僕は今、まさにがけっぷちに立たされている。


 頼りはふたりの先輩だけ。

 と言っても羽後先輩の言う秘策なんていかにも胡散臭そうだし、となると僕を助けてくれるのは実質あんず先輩だけだ!

 それなのにあんず先輩は……。

 

「ううっ。あんず先輩、早く戻ってきてください……」


 羽後先輩だけじゃなく、あんず先輩までどこかに行ってしまった。

 僕があんず先輩のパンツを見たから……ではない。そもそもあんず先輩はそんなことをいつまでも引きずる人じゃないんだ。

 そりゃあ最初は怒ってたけれど、その口の中にチョコを一粒放り込んだらあっさり許してくれた。さすがはあんず先輩、話が分かるゥゥ。

 

 でも、しばらく僕の勉強を見ていてくれたと思ったら突然「そうだ、いいこと思いついたよっ!」と言って、部室からぴゅーと出て行ってしまった。

 見捨てられたんじゃなきゃいいんだけど……。

 

 ううっ、とりあえず戻ってきてくれると信じて、少しでも勉強しておくか。

 えーと、熱膨張? なんだそれは?

初夏だと言うのに僕以外誰もいなくてどこか寒々しさを感じるこの部室で、考えなくちゃいけないことなのか、それは?

 とゆーか、同じ膨張のことを考えるのなら、あんず先輩のおっぱいがどこまで大きくなるかを考えた方がよっぽど有意義――。

 

「お待たせ―、高梨君!」


 そこへ待望のあんず先輩が戻ってきてくれた!

 ヤッター! あんず先輩待ってました、って、そのお姿は!?

 

「えへへー。演劇部の子から借りてきたんだー」


 学校指定の夏服ブラウスの上に大人びたジャケットを羽織り、下は腰にぴったりと張り付くような、ふとももがほとんど露出してしまっている超ミニスカート。

 そして顔には眼鏡! 赤い縁がエレゲントでインテリジェンスな雰囲気を醸し出す眼鏡をかけていらっしゃる!

 

「こ、これは……あんず先生! あんず先輩じゃなくて、あんず先生だーっ!」

「そう! このあんず先生にテスト勉強はお任せだよ、高梨君っ!」

 

 なんてことだ、あんず先輩があんず先生へとジョブチェンジして戻ってくるとは!

 やっぱりあんず先輩は出来る子……とっても出来る子ですっ!!

 

「じゃあ早速テスト勉強をしていこうね、高梨君」


 メガネの縁をクイッと上げて僕の隣にあんず先輩が座った。

 かすかに柑橘系の爽やかな匂いが鼻孔を擽る。これはまさか香水まで使用してきた!?

 

「えっと、熱膨張を勉強していたんだね」

「あ、はい」

「熱膨張って言うのは、温度が上がることで物の体積が増えることを言うよー」

「あ、はい」

「その温度と体積の変化の割合が熱膨張率だね。その公式は分かるかな?」

「あ、はい」


 あ、まずい。いい匂いに思わず頭の中が桃源郷になってしまって、すっかり話を聞いてなかった。

 ダメだダメだ、せっかく先輩がこうして真面目に勉強を教えてくれているのに、頭の中をピンク色にしちゃダメじゃないか、僕。

 えっと、熱膨張率の公式だっけ?

 確かそれは……。

 

「あ、あの、あんず先輩、隣じゃなくて前に座ってもらっていいですか?」

「んー? あ、ごめん、暑かった?」

「いや、そういうわけじゃないんですけど……」


 ぶっちゃけそんなに近くに座られたら、教科書を見ようとしてもどうしても隣にでーんと聳えるおっぱいに目がいってしまうというかなんというか。

 いつもの僕なら当然ありがたく拝ませていただくんだけど、今はテスト勉強中。先輩の恩に報いる為にも、ここはちゃんと勉強に集中しなくては。

 

「そだねー。この部屋はエアコンもないし、あんずもなんだか暑くなってきちゃった。向こう側に座るね」

「すみません」


 あんず先輩が立ち上がって机の対面へと向かう。

 くっ。スカートがぴっちり張り付くお尻がとてもエロい。我慢、我慢だぞ、僕。

 

「じゃあ早速お勉強の続きだよ」

「はい……えーと、あんず先輩、どうして机からそんなに離れてるんです?」

「だって近づきすぎると暑いんだもん」

「でも、さすがに離れすぎじゃありません?」


 旧調理実習室にある机の横幅は約1メートル。ふたりして対面に座ったら十分すぎる距離だ。

 なのにあんず先輩はさらに机から一メートルほど離れたところに椅子を置いて座った。

 そんなに離れていたら教科書が見えないんじゃないの?

 

「でも、ほんと、今日はとても暑いよねぇ」

「はぁ、そうですかね?」

「暑いよー。この服装のせいかなぁ」


 まぁ確かにいつもはブラウスだけなのにそこにジャケットを羽織っているわけだから。

 

「ちょっと脱いじゃおうかなっ」

「そうですね。雰囲気作りは大切ですけど、やっぱり快適さが一番重要……ってあんず先輩、一体何を!?」


 脱ぐというからてっきりジャケットを脱ぐんだとばかり思った。

 ところがあんず先輩はジャケットはそのままに胸元のリボンを解くと、あろうことかジャケットの第一ボタンを外したんだ!

 

「ん、どうしたの、高梨君?」

「いやいやいや、それは僕のセリフ! あんず先輩こそいきなり何やってるんですか? 暑いならジャケットを脱げばいいじゃないですか?」

「だってー胸元が暑いんだもん。……もう一個、外しちゃおうかな」


 うおぉぉぉぉ、見える、見えちゃうよぉ、それ!!

 あんず先輩のたわわに実ったおっぱいの胸元が見えてしまうぅぅぅぅ!!!

 

「あ、あんずのことは構わずに、高梨君は勉強に集中してね」

「えええ!? 無理ですよそんなの」

「ダメだよぅ、ちゃんと勉強して赤点を回避しなくちゃいけないんだから」


 それはそうですけど!

 でも、だったらどうしてそんな僕を挑発するような格好に……って、ああっ、今度は足を組んだ!!

 そんなミニスカートで足を組んだらパンツが、さっきはちらりと見えた薄ピンクのパンツが今はばっちり見えちゃってるぅぅぅぅ!!!

 

 なんなんだ?

 なんなんだ?

 一体なんなんだ、これは!?

 あんず先輩……いや、あんず先生は一体どうしてこんなことを!?

 

 ……もしかして僕を誘っているのか?

 若い僕のエキスを根こそぎ搾り取ろうという魂胆なのか?

 それとも僕を眼鏡フェチにして、さらには女教師モノのAVにハマるような人間に仕立て上げようとしているのか?


 いや、違う。

 あんず先輩は決してそんなサキュバスみたいな人じゃない。

 それに知らず知らずに相手をおっぱいフェチにしてしまうことはあっても、自ら意図的に性的嗜好を操作しようって考えもないはずだ。

 

 考えろ、僕。

 あんず先輩が一体何が狙いでこんなことをやっているのか考えるんだ。

 くれぐれもたわわな胸元や魅惑の三角地帯に意識を持っていかれて、愚息を膨張させてはいけな――。

 

「さぁ、高梨君、熱膨張率の公式は何かなー?」

「そうか、これかっ!」


 分かったぞ、自らの一部を実際に膨張させることで熱膨張率を分からせようとしているのですねっ、あんず先生!!

 わざわざ距離を開けたのも、スカートの中のパンツがちゃんと見えるようにという配慮からですね!


 なんてこと、ここまでしてもらって応えなくては男として恥だ。

 僕は猛烈に頭の中で計算し始めた。

 角度。硬度。さらにそこへ妄想や刺激を複雑に掛け合わせ、童貞・非童貞のステイタスも組み込んで求められる膨張率を表す公式は――。

 

「おい、こら! お前たち何をやっているんだーっ!!」


 そこへ部室の扉が突然開けられかと思うと、羽後先輩が鬼の形相で戻ってきた。


「何の勉強をしてやがるんだ、高梨! それにあんず、その恰好はなんだ! エロすぎるぞ、こんちくしょう!」

「えー、カコちゃん、何言ってんの? あんずは真面目に高梨君の勉強を見ていてあげたのにー」

「そんな胸元はだけさせて、パンツ丸見えで足を組んで、何が真面目だよーっ! ちょっと写真撮らせてくれ!」

「え、うそ、パンツ見えちゃってた? うわん、写真ダメ―!」

「ええっ!? 気付いてなかったんですか!?」

「気付いてないよぅ。高梨君も見えちゃってるならそう言ってよぅ」

「す、すみません。でもてっきり僕は先輩が分かっていてやっているとばかり」

「自分からパンツを見せるなんて、あんず、そんなえっちじゃないもんっ! あのね、この衣装を借りる時にね、演劇部の子がこうしたら相手はとてもやる気を出すよって言うからやったんだよ」

「一体何のやる気を出させるつもりだったんだ、演劇部!」


 でも、ぶっちゃけナイスアドバイスです! ありがとう演劇部!!

 

「ったく。あんず、素直なのはいいことだけど、もうちょっと危機感を持てよ。もし俺がこなかったら今頃お前、高梨にヤられてるぞ?」

「ヤりませんよっ!」

「ホントかぁ!? お前、あんずが自分を誘っているんじゃないかって勘違いしたんじゃねぇの?」

「しつこいな。してませんったら!」

「でも襲う勇気もないから別の可能性を考えて、例えばあんずが身をもって何かを教えてくれていると勝手に結論付けたりして」

「くっ」


 何故僕の考えが読める? あんたは僕の母さんか何かか、羽後先輩!

 

「んー、ふたりしてさっきから何の話をしてるの? それよりカコちゃん、秘策は用意できた?」

「あ? ああ。根性なしのエロ梨の為にいいものを調達してきてやったぞ」


 あんず先輩の問いかけに羽後先輩はにやりと笑うと、鞄の中から何やら紙の束を取り出して机の上に並べた。

 てか、エロ梨呼ばわりはひどすぎじゃない?

 

「なにこれ? テスト用紙?」

「ちょ! 羽後先輩、まさか職員室から盗み出してきたんじゃ!?」

「アホか! オレを何だと思ってやがる。これは過去問だよ、過去問。しかも今の一年を担任している教師の奴らが三年前に作った奴」

「へ?」

「うちの高校はよ、三年間通して同じ教師がそれぞれの教科を担任するんだ。一応は学年が上がるたびに別の教師へ変更するよりも、三年間同じ教師が担当した方が細かい指導が行き届くってことになってる。が、こいつの最大のメリットはそこじゃない。実は教師にとって、こうしたらめちゃくちゃ楽なことがあるんだ。それが何か分かるか、あんず?」

「んー、三年間一緒だと生徒の親とも仲良くなれて、ご飯とか奢ってもらえるってこと?」

「違う。ご飯関係ない」

「じゃあ分かんない」

「高梨は?」

「つまり最初の三年間さえ頑張れば、その後はずっとその繰り返しでいいってことですよね?」

「その通り。しかもだ、このサイクルだと過去問を持っている奴が落第生でもいない限りは不在ってことになる。てことはテスト内容も基本的には使い回しし放題!」

「おおっ! ってことはこの過去問はもしかして……」

「そう。去年卒業した奴らの中にはオレの舎弟がいてな。そいつに連絡を取って三年間分をまとめて譲り受けたってわけさ」


 おおっ、マジか!?

 となれば僕は赤点回避はおろか、これからずっと成績上位に名を連ねることも夢じゃない!


 もちろん羽後先輩がウソを言っているのかもと頭をよぎった。

 でも、それはない。先輩の成績が常時三十位以内という事実が、それを証明している。


 やっぱりな、何か裏があると思ったんだ。

 だってあの羽後先輩が勉強出来るはずなんてないもの!

  

「あれ? なんか今、すげぇ失礼なことを考えていたか、高梨?」

「滅相もありません! さすがは羽後先輩、神様仏様羽後先輩様と心の中で褒めたたえていました」

「そうかそうか。じゃあこれを試験当日までにしっかり読み込んでおけよ」

「押忍! ありがとうございますっ!」


 思わず最敬礼で頭を下げながら、顔は笑いを堪えきれない。

 はっはっは。期末テストよ、もはやお前に僕を赤点地獄に落とし込める力などない。

 これは勉強なんかしなくても楽勝だな!

 

「あれ、カコちゃん。この過去問、どれも赤点ばかりだよ?」

「ああ、頭の悪い奴だったからなぁ。高梨、正しい答えはちゃんと自分で調べておけよ」

「え? やっぱり勉強しなきゃいけないんですか?」

 

 

 

 

 おまけ

 

「よかった……辛うじてどれも40点を越えてぎりぎり赤点を免れた」

「過去問があってその点数はどうかと思うよぅ、高梨君」

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