第18話:なんてことはない、はずだった

 人間とは愚かなものです。

 特に僕。


「ううっ。まさか高梨君がそこまで愚かだったなんて……」

「うっ。あんず先輩、そんな風に言わなくても」

「はぁ、高梨。お前にはがっかりだよ」

「羽後先輩まで!? ウソでしょう、あんたは絶対こっち側の人間だ!」


 夏休みを数週間後に控えた初夏の部室で、僕はふたりの先輩にボロクソ言われていた。

 発端は数日後に始まる期末テストについての話題からだった。

 普段から予習・復習をしっかりやっているから特別テスト勉強なんてしないというあんず先輩に、一夜漬けで乗り切るタイプの羽後先輩。

僕も基本は羽後先輩と同じなんだけど……。

 

「いやぁ、中間テストで赤点ふたつも取っちゃいましたからねぇ。今回は今からでもちゃんとやらないと」


 そう言った途端、ふたりが信じられないアホを見る目で僕を凝視してきた。

 

「高梨君、ふたつも赤点を取っちゃったの!?」

「え、えーと。まぁ、はい」

「お前、ヤバいじゃん、それ。今度の期末でひとつでも赤点取ったら補習行きだぞ」

「らしいですね。でも、補習って言っても一週間ぐらいでしょ?」

「違うよ。夏休み中、ずっとだよ、高梨君っ!」


 え”? まぢ?

 

「そ、そんな話、聞いてないんですけど……」

「友達が教えてくれなかったの?」

「あ、すみません。僕、ぼっちなので」


 ただ、今になって振り返ってみると、先生から「高梨、お前、これでふたつめの赤点だぞ」とテスト用紙を返された時に教室が妙にどよめいたような。

 しまった。周りから「さすがは関西の伝説の龍さん、東京こっちでも伝説を作る気だぜ、あの人は」とか「赤点だってのにあの堂々とした態度! シビれるぅぅぅ」とか「パネェっす。マジ、ハンパねぇっす!」とか囁かれる理由をもっと考えるべきだった。


 ああ、僕のアホ。なにが「たかが赤点をふたつ取っただけだ、どうってことない」だよ。ニュータイプでもなんでもない普通の人間なんだよ、お前は!

 

「ふっ。残念だったな、高梨。可哀そうだがこの夏は補習に明け暮れていろ」

「嫌ですよ、そんなの! てか、羽後先輩だってヤバいでしょ?」

「カコちゃんは頭いいよぅ。いつも三十位以内に入ってるし」

「ウソ!?」

「ちなみにあんずはトップ十位に入っているぞ」

「マジで!?」


 片や誰からも恐れられる番長格、片や食欲旺盛なポンコツおっぱい神、どちらも勉強は出来ないと思っていたのに……。

 いや、僕だって普通はそこまでひどくはないんだよ? ただあんず先輩と知り合ってからはどうやって先輩の気を惹こうかばかり考えるあまり、授業をろくすっぽ聞いてなかっただけで。

 

 さすがにトップ三十とかは無理だけど、普通に勉強すれば赤点を回避できるだけの学力はあるはずなんだ、僕には!

 

「ふえん。夏休みの間、高梨君と遊べないなんて、あんず寂しい……」

「いやいや、待ってください、あんず先輩。まだみっつめの赤点を取ると決まったわけでは」

「ほぉ。では何か勝機でもあるのか、高梨?」

「……ないです。まったく、ないです」

「終わったな。まぁオレたちがお前の分も夏を満喫してやるから安心しろ」

「何が安心なんですか!? 助けてくださいよぉ!」


 こうなったら自尊心も何もない。僕は帰ろうとする羽後先輩の足元へしがみつき、涙目で見上げた。

 と、チラリと視界に何やら白いものが……これはまさか、羽後先輩のパンツ!?

 え、白なの? なんか意外。

 

「おい、どさくさに紛れて何を見てやがる?」

「何も見てません。お願いです、先輩。助けてください」

「嫌だ。ウソつきに教えることなんて何もない」

「だったら正直に言います。パンツが見えました。はい、じゃあ勉強をうわぁ蹴らないでお願い!」


 正直に答えたのになんて仕打ちだ!

 

「カコちゃん、可哀そうだから助けてあげようよぅ。高梨君、困ってるよ?」

「オレはパンツを見られたんだが?」

「カコちゃんだっていっつもあんずのパンツを覗き込んでくるよぉ」

「なんだって!? おのれ、許さんぞ羽後先輩!」

「うるせぇ! 今のお前が怒れる立場か!」


 そう言って再び蹴りを入れてくる羽後先輩。やめて、ヤクザキックはやめて!

 

「カコちゃん、そんなに蹴ったら高梨君が赤点を取る前に死んじゃうよぅ」

「いや、どうせ生きていても赤点を取る奴だ。ここで潔く死んだ方がいい」


 さらに羽後先輩がゲシゲシと踏んでくる。

 ううっ、僕はこのまま踏み殺されてしまうのか。

 碌な青春も送れないままミジメに、赤点すら取れずに死んでいってしまうのか……。


「ってちょっと待って! まるで赤点を取るのが当たり前みたいに言わないでくださいよ!」

「あ、復活しやがった」

「よかった、高梨君生きてた! これで赤点が取れるね!」

「だから赤点は取りませんって! てかお願いですから助けてください!」


 こうなったら最後の手段、僕は男らしく土下座を決めた。

 お願いです、この哀れな後輩にどうかお慈悲を!

 

「……ったくしょうがねぇなぁ。おい、あんず、高梨の勉強を見てやってくれ」

「うんっ! それでカコちゃんはどうするの?」

「オレは秘策を用意してくる。それまでは任せたぜ、あんず」

「りょーかい! あんず、高梨君に試験のイロハを叩き込むよ!」


 頭上から二人のそんな会話が聞こえてきた。

 やはり持つべきは頼りになる先輩だ! 感謝。圧倒的感謝! 

 感極まった僕は顔を上げて、


「先輩、ありがとうございますっ! あ、ピンク……」


 お礼と共に今度は白とは別に薄いピンク色のパンツもちらりと見えたことを、素直にも白状してしまった!

 

「が、とりあえず高梨は一度殺しておこうな、あんず」

「うん。お願いするよー、カコちゃん」


 次の瞬間、羽後先輩のあげた足が僕の顔面にめりこんだ。

 

 

 

 

 おまけ。

 

「頑張れば全教科40点は取れるんですよ、僕はっ!」

「よくそれでうちの高校に入れたねぇ、高梨君」

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