第17話:水着を買いに行こう!

「あ、高梨君だー」


 日曜日。

 何か面白いマンガでもないかなと駅前のブックオフへ向かう途中、ばったりあんず先輩と出くわした。


 おおっ、私服姿の先輩は初めてだ。

 ひまわりを連想させる鮮やかなオレンジ色のワンピースに白いサマーカーディガンを羽織い、左手にはかごバッグ。

 うーん、控えめに言って可愛いすぎる! 100点満点!

 

「高梨君もー、ぺろぺろ、お買い物に来たの―?」


 そして右手に持ったソフトクリームを舐めている辺り、実にあんず先輩らしかった。

 

「はい。期末試験も近いから参考書でも買おうかと思って」

「おおっ、さすが高梨君! 勤勉な後輩を持ってあんずも鼻が高いよぅ」

「それであんず先輩は何を買いに来たのですか?」

「はい! あんずはね、水着を買いに来ました!」

「水着……」

「うん! 修学旅行の時にね、去年の水着を着て沖縄で泳いだんだけど、サイズがきつくてねー。だから新しいのを買おうと思って」

「サイズがきつく……」


 それってやっぱりおっぱいのことですよね。この前、また大きくなったとか言ってたし。

 にしても、水着かぁ。ううっ、一緒にこのまま買い物デートしたいんだけど、水着となるとさすがにダメだよなぁ。

 

「そうだ、高梨君も一緒に水着を選んでくれないかな!?」

「え、いいんですか!?」


 やった! さすがはあんず先輩、話が分か――。

 

「いいわけないだろ!!」

「あ……春巻選手も一緒だったんですね」

「ああ。一応言っておくがあまり大きな声で俺の名前を呼ぶな。周りに気付かれるとマズい」

「そうですね。じゃあお兄さんと呼ぶことにします」

「誰が貴様のお兄ちゃんだーっ!」


 深々と帽子を被り、目にはサングラス、口にはマスクという実にそれっぽい格好をしたプロボクサー世界チャンピオンの春巻葦人さんが、目立ちたくないと言いながらも自ら大声をあげて激昂した。

 見た目といい、もしかしたら本当は正体バレしたいんじゃないか、この人。

 

「お兄ちゃん、うるさいよぅ。それにどうして高梨君も一緒じゃダメなの?」

「決まってるだろう! あんずの水着姿をお兄ちゃん以外の男に見せるなんて言語道断だ!」

「高梨君ならこの前、学校であんずの水着姿を見たよ? スクール水着だったけど」

「なにぃ!?」

「それにお兄ちゃんのアドバイスは何の役にも立たないんだもん。どんな水着を選んでも『あんずは裸が一番よく似合う』ばかりなんだから」

「ちょ、あんず、それは……」

「この歳で裸で泳ぐなんてあんず出来ないよぅ」


 ……ミスター・ストイック、相変わらずのエロシスコンでなによりです。

 

「ところで合宿場ってなんですか?」

「お兄ちゃんね、今度の試合に備えて海で合宿してるんだよ。それであんずも夏休みにそこへ遊びに行く予定なんだー」

「おおっ! 今度の試合と言うと、強敵・メキシコのトルティーヤ選手とですね! 頑張ってください、応援してます!!」

「ああ、ありがとう。だがショッピングに同行するのは許さん」


 お礼を言いながらも顔をぷいっと背けるチャンピオン。そんなー。

 

「対応が大人げないよぅ、お兄ちゃん」

「大人げなくなんかない。今のはスリッピング・アウェーの練習だ」


 ウソつけ。

 

「もう。高梨君、お兄ちゃんなんか放っておいて一緒に行こ」

「え? で、でも」

「大丈夫大丈夫。お兄ちゃんはあんずに甘いんだから」


 そう言って僕の右手を握り、走り出すあんず先輩。

 僕も引っ張られてその後に続くけど……背後から感じる凄まじいプレッシャーにどうも生きた心地がしなかった。




 当然だけど、一人っ子の僕に女の子と一緒にショッピングなんて経験はないわけで。

 ましてや女の子の水着コーナーなんて入ることはおろか、見ることすらも初めて……あ、すみません、嘘つきました。見たことはあります。遠目からチラチラッと「え、別に見てませんよ? 偶然視界に入っただけですよ」って感じを装って。

 だって僕だって思春期の男の子だもん! どうしても薄い布切れが気になるじゃないですかっ!


 だけど今、僕はその禁断のコーナーへと足を踏み入れ、色とりどり、様々な種類の水着を堂々と見ている。

 これでもかとばかりに見まくっている。


 具体的に言うと、3時間も見せられている……。


「やっぱりこっちの方がいいかなぁ」


 あんず先輩がフリルのついた花柄のビキニを身体に合わせて、僕の意見を求めてくる。

 

「……はい。可愛いと思います……」

「だよねー。でも、あんずももう高校生だし、もっと冒険してもいいかもー」


 そしてどう答えたところで、あんず先輩の探求心は終わりを見せることがなかった。

 最初に水着コーナーへ踏み入れた時は、男モノと違ってその品揃えの豊富さに感動したものだけれど、今となってはむしろ堂々と一種類で勝負する気概を見せいって言いたくなる。


 あまりにも多すぎだ! 

 このままじゃああんず先輩、いつまで経っても決められないぞ。僕もいい加減、疲れてきた。

 

「ふん、疲れで足がふらついているな。所詮お前などあんずの買い物に付き合える器ではなかったのだ!」

「そう言うチャンピオンはよく平気でいられますね」

「当たり前だ。長いラウンドを戦う持久力、集中力を鍛えるトレーニングだからな、これは」


 マジか。女の子とのショッピングってそこまで過酷なものだったのか。

 

「それにあんずがどんな水着を選ぶのかを考えると楽しみで仕方がない」

「はぁ。でも、本当はすっぽんぽんがいいんでしょ?」

「そうだな。しかし、あんずが悩んだ末に辿り着いた水着は、俺に見せる為だけに選び抜いた逸品だ。それはそれで尊い」

「あ、言われてみればそうだったですね」


 なんだか真面目に付き合うのが馬鹿らしくなってきたなぁ。

 飽きてきたところだし、そこらへんの適当な水着でもオススメして終わらせてやろうか。

 

「おっ、ちょうどこんな所に宇宙服みたいな潜水服が! おーい、あんず先うぐぐぐぐぐ!?」


 先輩を呼ぼうとしたら後ろからお兄さんにスリーパーホールドを喰らってしまった。

 

「ごほごほっ! ちょ、いきなり何をするんですか!?」

「それはこっちのセリフだ! お前は一体何を考えているんだ?」

「いえ、あんず先輩に似合いそうな潜水服があったので……あ、すみません、マジの殺意を飛ばすの勘弁してください」

「ったく。もしお前が一般人じゃなかったらボディに一発食らわしてるところだぞ」


 お兄さんが僕を拘束から解放しつつも、脇腹に拳を押し当ててくる。

 勿論痛くはない。でも全身の毛がぞっと粟立った。

 

「すみませんでしたっ!」

「分かればいい。いいか、これからはもっとよく考えてから行動しろ」

「はいっ!」

「お前はまだ若いから仕方ないのかもしれないが、人生もボクシングも常に先を見据えた行動が重要なんだ。例えば今さっきお前は水着とも呼べないシロモノをあんずに勧めようとしていたが、もしそれをあんずが気に入ってしまったらどうなっていたと思う?」

「え? さすがにそれはないでしょう?」

「もしもの話だ。もしもあんずがアレを気に入った場合、当然試着をすると思うのだが、それを見てお前は楽しいか? 嬉しいか?」

「あ……」

「そうだ! ちっとも楽しくないだろう! お前なんかがあんずの水着姿を見ようだなんておこがましいにもほどがあるが、特別に今回は許してやると言っているのだ。そのうえでお前はあんずのどんな水着姿が見たい?」

「そ、それは……」

「言っておくが、あんずに提案する前にまずは俺の審査を通らねばならんぞ。なんせ今回の水着は俺と一緒に泳ぐための水着なのだからな」

「な、なるほど……」


 つまりは僕が見てみたくて、さらにはお兄さん好みの水着を選べというわけか。

 お兄さんの理想の水着……それはすっぽんぽんなわけだけど、さすがにこれは無理だろう。

 となると予想されるのは、露出度の高い水着! ほとんど裸に近い、いやむしろ裸よりもエロいような水着こそが求められるのではないだろうか勿論僕も見てみたいっ!

 

「……分かりました。では、あそこにあるマイクロ水着なんてどうでしょう?」

「ふっ。理解したようだな」


 気が付けばお兄さんとがしっと握手を交わしていた。

 

「ではあんずに言ってこい。このマイクロ水着こそが兄の喜ぶ、否、あんずに一番似合っていると」

「はいっ!」


 僕はお兄さんから手渡されたマイクロ水着を持って、いまだ水着の海の中から最高な一枚を選び出そうとしているあんず先輩の元へと急いだ。


 ふふっ、あんず先輩、ダメですよ、ダメダメ。

そんな水着では先輩の魅惑のボディ、たゆんたゆんなおっぱいを輝かせることは不可能です。

 それが出来るのは、そう、このマイクロ水着だけ!

 必要最低限なところだけを隠したこのエロ水着こそが最適にして至高!! いやん、あんずのわがままボディがはみ出ちゃうぅ! ポロリしちゃうかもしんないよぅーってワクワク感がもう男としては最高なわけで……。

 

 って、あれ。

 冷静に考えたらこんなエロいのをオススメしたら僕、嫌われるんじゃないの?

 

「あれ、高梨君、どうしたのその水着」

「え? あ、えーと、これはその……そう、お兄さんがこれにしろって」

「えー、ないよぅ、そんなエロいのー。ちょっとお兄ちゃん、変なのオススメしないで!」

「なっ!? いや違うぞあんず。それはそいつが選んだやつで……」

「高梨君はそんなエッチな子じゃないもん。だよねー、高梨君?」

「勿論ですよ」

「お、お前、マジでぶん殴ってやろうか!!」


 お兄さんが猛烈に突進してくるも、あんず先輩がすかさず間に入って守ってくれた。

 しかも「お兄ちゃんのスケベ」って言葉をカウンターで叩き込んで、チャンピオンあえなくノックアウト。膝からフロアに崩れ落ちた。

 危ない危ない、僕もあと一歩でああなるところだった。


 かくして僕はそこからさらに二時間ほどあんず先輩の買い物に付き合わされたのだった。

 

 

 

 

 おまけ。

 

「あんずのサイズに合うのがないから取り寄せになるってー。じゃあ帰ろっか」

「ウソでしょう!? 試着シーンないんですかっ!?」


 *お楽しみはもう少し後で。

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