第20話:合宿場にやってきました!

「あんず、お兄ちゃんがいなくなっても元気に過ごすんだぞ?」


 あんず先輩のお兄さん・プロボクサーの春巻葦人さんが、妹を力強くハグしながら囁く。

 それを僕たちは隣に立って見ていた。

 もしこの場に報道関係者が立ち合わせていたら、シャッターを切らずにはいられないいいシーンだと思う。

 が、ここはお兄さんが使っている秘密の合宿場。静かな環境と、綺麗な海が自慢の、小さな町だ。

 だからマスコミなんていない。それにもしていたとしても完全にシャットアウトされることだろう。

 

 だってこんなシーン……あのミスター・ストイックことスーパーバンタム級の絶対王者が妹の巨乳に顔を埋めているところなんて、誰にも見られるわけにはいかなかった。

 

「俺も色んな世界チャンピオンを見てきたがな」


 僕の隣で同じく呆れ顔で見ていたジムの会長さんがぼそりと呟く。

 

「葦人ほど妹のおっぱいで強くなったチャンピオンは知らねぇ」

「いや、普通は妹のおっぱいで強くなったりはしないと思うんですけど!?」

「知ってるか、小僧。あいつはな、あんずちゃんのおっぱいを揉むと落ち着いた気分で試合に臨めるんだ」

「はぁ」

「だが今回は海外での試合。さすがにあんずちゃんを連れて行くわけにはいかねぇ。……多分、試合は荒れるな」

「え? まさかチャンピオンが負けるかもしれないんですか!?」


 今回の対戦相手はメキシコのトルティーヤ選手。世界ランク二位の強敵とは言え、春巻選手の圧勝というのが世間の前評判だったけれど。

 

「いや、あんずちゃんのおっぱいを長期間揉めない飢餓状態に陥った葦人はまさに野獣。対戦相手を病院送りにしなきゃいいんだが」

「そっちですか!」


 底知れないお兄さんの強さは勿論だけど、そこまであんず先輩のおっぱいに依存している状態にびっくりだよ。

 

「葦人、そろそろ時間だ。行こう」

「ま、待ってくれ。もっとあんずのおっぱい分を補給しないと」

「ダメだ。これ以上は飛行機の時間に間に合わなくなる。おっぱい分はもう十分だ。行くぞ」」

 

 そう言うと会長さんはお兄さんの首根っこをむんずと掴み、文字通り引きずるようにして連れて行った。

 

「あ、あんずーーーーーーーーーっ!」

「お兄ちゃん、試合頑張ってねー!」


 絶叫するお兄さんに、あんず先輩がエールを贈って見送る。

 そうだな、僕もファンを代表してひとこと言っておこう。


「お兄さん、テレビで応援してますからー!」

「うるさい! 誰がお兄さんだっ! 貴様、もしあんずに何かしたらただではすまさんからな、覚悟しろよーーーーーっ!」


 その言葉を残し、お兄さんは黒塗りの高級車に収納されて遠くへ旅立っていった。

 うーん、ファン代表の一言だったんだけど、お兄さん呼ばわりは苛立たせるだけだったかな。ま、どうでもいいけど。

 

「……あんずの兄貴って色々とアレな人だったんだな」


 この一連のやりとりをボケーと見守っていた羽後先輩が呟く。

 一応、羽後先輩もあんず先輩のお兄さんがボクシングの世界チャンピオンなことは知っていた。が、あんまり興味はなかったらしく、これまで深く追及してこなかったらしい。 

 まぁ、そんな世間的に注目度の高い人物が、よもやかくも深刻なエロシスコンだとは普通思わないよな。

 

「そうですね。まぁ、羽後先輩もあまり他人のことは言えないと思いますが」

「それも全部、あんずのおっぱいのせいだな」

「あんず先輩のせいにしないでくださいよ」


 お兄さんも羽後先輩も自分の理性をコントロールできていないだけなのに、何を言ってるんだか。

 その点、僕は違う。

 理性がちゃんと働き、社会性ストッパーが機能している。

 決してヘタレというわけではない。

 

「んじゃ、お兄ちゃんも行ったことだし、あんずたちも早速行こうよ!」

「え? 行くってどこにですか?」

「決まってるよ、高梨君! 海だよ、海! あんずね、実は家から水着を着てきたんだー!」


 突然、あんず先輩が着ていたTシャツに手をかけると、大胆にも脱ぎ始めた!

 

 うおおおおおおおおおおっっっっっっ!!!!!!!!

 黄色いビキニによって覆われたあんず先輩のたゆんたゆんおっぱいがぷるん、いや、ぶるんっと凶暴なまでの揺れと共に現れた!!


 しゅ、しゅ、しゅごい!


 なにこれ、しゅごいとしか言いようがない。

 制服姿のあんず先輩や、私服姿のあんず先輩、さらにはスクール水着姿のあんず先輩のおっぱいも見たことはある。

 だけど今なら分かる。アレは本来の戦闘能力を抑えた状態だったんだ!

 本気を出したあんず先輩のおっぱいの戦闘力は……な、なにぃ、スカウターが壊れただと!?


 まさか、信じられん!


 いや、しかし、お乳首様は水着で隠されているとはいえ、おっぱいのおよそ三分の一ほどが水着から露出しているこの状態ならば当然か!

 ああ、なんて雄大な膨らみ、なんと豊潤な質量感! その柔らかさは未確認だが、もしやつきたての餅すら凌駕するのではあるまいか!?

 そして中央に鎮座する魅惑の谷間よ。僕もそこの住人になりたいっ!! 胸の谷の梨高として、その肌色の野に降り立ちたい!!

 

「どうしたの、高梨君? ぼぅとして」

「あ、いえ、すみません。ちょっと世界平和について考えてました」

「さすが高梨君! あんずはこれから遊ぶことしか考えてなかったよー」

「あはは、それほどでもないですよー」

「高梨、前かがみでなに偉そうにしてやがるんだ、お前?」

「うるさい、黙りやがれですよ、羽後先輩! てか、なんで撮影してるんですか!?」


 いつの間に取り出したのか、気が付けば羽後先輩がスマホを構えて動画撮影していた。

 

「何言ってやがる? ここに来たのはこれが目的だろうがっ!!」

「違いますよ! あんず先輩の食事リポートを撮りに来たんでしょ!」


 それは一週間ほど前、夏休みに入る直前のことだ。

 珍しく盃位生徒会長が手ぶらで部室にやって来たかと思うと、いきなり夏休み明けに行われる文化祭のことについて話してきた。

 なんでも文化祭であんずの食品格付けチェック同好会の出し物として『小料理屋・盃位』なるものをやりたいらしい。


 勿論、これに羽後先輩が反対した。

 盃位生徒会長と羽後先輩は、我が校の光と闇と呼ばれるだけあってやっぱり仲が悪い。

 特に羽後先輩は生徒会長の言うことには反射的に反対するのがデフォになっている。


 そしてその時に羽後先輩の口から出たでまかせが『春巻あんずの突撃! 文化祭のお店ごはん!!』という企画だ。

 なんでもあんず先輩が文化祭で出店している各クラスや部活のお店に突撃取材して、リポートするという内容らしい。

 あんず先輩はファンクラブがあるほど人気があるし、『あんずログ』も好評だ。そんなあんず先輩がリポートすればその場で盛り上がるのは勿論のこと、口コミでの集客も見込めるからお店側にもメリットは大きいだろう。

 

 が、その提案を盃位先輩が一笑に付すのも当たり前と言えば当たり前だった。

 だってあんず先輩の評価って「おいしい」か「とってもおいしい」しかないもの。

 そりゃあ羽後先輩の会社の人たちにはその笑顔だけで十分な評価なのかもしれないけれど、リポーターとしては語彙不足も甚だしい。

 

 そこでどちらの企画を採用するか競争することになった。

 と言っても生徒会長の腕は確かなので、焦点はあんず先輩がちゃんとリポートを出来るかどうかの一点だけだ。

 かくして「豪華な食事ならあんずの語彙も増えるに違いない」との羽後先輩の一言で、どこか旅行して現地の美味しい料理のリポートを撮影することに決定。「だったらお兄ちゃんの合宿場にみんなで行こうよ。あそこのお魚料理は絶品だよっ!」とあんず先輩が提案し、渋るお兄さんをなんとか説得してやって来たのだった。

 

 ちなみに旅費は同好会の予算から出ることになっている。

 それゆえに一泊二日の強行軍だけど、タダであんず先輩と(おまけに羽後先輩も。生徒会長は忙しくて欠席)旅行できるんだ、贅沢は言うまい。

 

 もっともあんず先輩のお兄さんが急遽早めに試合のある国へ入国しなくちゃならないことになり、僕たちの到着と同時に合宿場を離れなくちゃいけなくなったのは実に気の毒だった。

 すみません、お兄さん。

 代わりに僕があんず先輩とのバカンスを思い切り楽しませてもらいます!

 

「これでいいんだよ。まぁ、食事リポートのメイキング映像みたいなもんだ」

「全然違うと思いますけど!?」

「うっさいなぁ。細かいことは気に……おっと、見ろ、あんずが下も脱ぐぞ!」


 言われてあんず先輩の方へ振り返り、一瞬ドキっとした。

 下に水着を着ているのは分かってる。だからホットパンツを脱いでも現れるのは水着であって、下着ではない。ましてや生まれたままの姿なわけがない。

 なのにどうしてだろうね、なんかズボンを脱ぐシーンって妙にそわそわする。

 それに隠れている面積はホットパンツの時とほとんど変わらないにもかかわらず、水着姿になるとさらに興奮しちゃうの、なんでだろうね?

 

「じゃああんず、先に行ってるからねー!」


 水着姿になったあんず先輩が合宿場のプレハブ小屋から飛び出していく。

 僕は遠ざかっていくあんず先輩のお尻を見ながら、改めて海へやってきて良かったなと実感していた。

 


 

 

 おまけ

 

「ドッキリ映像満載! あんずのお料理レポート夏旅行編、ポロリもあるかもよメイキングDVDは絶賛予約受付中!」

「そんなの売り物にしちゃダメでしょ! ところで値段は幾らなんです?」

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