第6話:前から!? 後ろから!?

「んっ……カコちゃん……前はダメだよ」


 その日、1年C組の『生ける伝説』『ミナミの龍』こと僕、高梨亮はいつもより30分ほど遅れて部室へやって来た。

 理由は至極簡単。

 6限目の古典でうっかり爆睡してしまったら、授業どころか帰りのホームルームが終わっても誰も起こしてくれなかったのである。


 教室では相変わらずの孤高のボッチだ。

 

 とにもかくにもまだ多少寝ぼけている頭のまま、同好会の部室へと向かった。

 ちなみに帰るという選択肢はない。

 当たり前だ。教室どころか学年さえ違うあんず先輩と一緒にいられるのは、昼休みと放課後のふたつのみ。その貴重な機会をみすみす逃してなるものかッ。

 

 もっともあんず先輩の傍にはいつだって羽後先輩がいて、彼女と一緒にいるとどうしても僕の最強伝説という誤解が解消されるどころかますますエスカレートしていく。

 でも、それはあんず先輩と一緒の時間を共有する為には必要な代償だと考えるしかない。

 それよりもむしろ羽後先輩が同じ女の子という立場を利用して、あんず先輩への過剰なスキンシップの方こそ問題だ。

 今日も僕がいないのをいいことに、変なことをしてなければいいんだけど……。


「んっ……やっぱりダメぇ。前は……前はダメだよぉ」


 と言っている傍からあんず先輩の艶めかしい声が、部室前の廊下に漏れ聞こえてきた。


 え、ちょっと待って。

 あのふたり、一体何を……。


「前はダメか? んじゃお尻から」


 お尻!?

 ちょ、羽後先輩! あんた今、お尻と言いましたか!?

 

 お尻。

 すわなち臀部。

 もしくはケツ。

 上半身と下半身を繋ぐ部分で丸みがあり、特に女性のそれは男性を惹き付ける部位のひとつだ。

 

 そんな女性のお尻が好きな人のことを、俗に「お尻派」と言う。

 

 彼ら曰く「そもそも四足歩行をする動物のメスにとって、目線の高さにあるお尻こそがオスを惹き付ける最大のフェロモンであった。しかし、人間は二足歩行することで目線が上がり、結果おっぱいがお尻の代役を務めるようになったのだ。すなわち『おっぱい』なんてのは『お尻』の代用品に他ならないんですよ! ビバ、お尻! 女性のケツよ、永遠なれ!」と、女性のおっぱいをこよなく愛する「おっぱい派」を煽ることに余念がない。

 

 人間の歴史とは戦いの歴史、それはすなわち「お尻派」と「おっぱい派」の闘争史であったと言っても過言ではないだろう。

 

 で、僕はその二大政党のどちらかに属しているのか?

 実はこれが結構悩ましい問題である。

 これまであんず先輩のおっぱいに言及するばかりで、お尻には何の関心の示さなかったのにと思われるかもしれない。

 確かにあんず先輩のおっきいおっぱいは素晴らしい。グレイト。ワンダフル。夢がいっぱい詰まっている。


 が、さりとてお尻に全く興味がないというわけではない。

 あんず先輩の大きすぎも小さすぎでもない、きわめてとてもいい感じのお尻もまた魅力的なのだ。


 スカート越しでも分かるキュートな桃尻。

 ああ、出来ることなら触ってみたい。揉んでみたい。

 くそう、羽後先輩が羨ましいィィィィィィィ。


「あうっ! お尻もダメぇ……」


 あんず先輩の甘い声が再び聞こえてきた。

 と、その時、僕の脳裏に電撃が走る。

 

 そう言えばこのふたりはなんと言っていた?

 最初は前がダメで、だったらお尻がどうとか言ってなかったか?

 

 噂で聞いたことがある。

 なんでもお尻の割れ目の最深部にある穴は排泄だけでなく、実は挿入も可能だと。

 しかも座薬とかじゃなく、あんなものやこんなものまで入れちゃうことがあるのだと!!

 

 おい、羽後先輩! あんず先輩のお尻に一体何をするつもりだ!!

 ナニを入れちゃうつもりだ!!!


「くっくっく。悪いなあんず、お尻でイカせてもらうぜ!!」


 羽後先輩のイジワルそうな声に続いて、あんず先輩の「あ、ああ……ダメェェェ」と嬌声が聞こえてきてはもうダメだった。


「ちょっとお尻でイクって神聖なる学び舎でナニをやろうとしているんですか! 僕にも見せてください!!」


 我慢しきれず旧調理実習室の扉を勢いよく開く。

 するとそこには予想通り、パンツを下ろされたあんず先輩のお尻に羽後先輩がナニかを突っ込もうとする秘密の花園が広がって――なかった。

 

「むごっ!?」


 羽後先輩がチョココロネをお尻からかぶりつきながら、驚いた顔をして僕を見上げてくる。

 

「あ、高梨くんー、今日はちょっと遅かったねぇ」


 そんな羽後先輩の対面に座ったあんず先輩が、振り返りながら僕に笑いかけてきた。

 

「はい。ちょっと先生の手伝いをしていたら遅くなりました」

「そうなんだー。先生にお願いをされるなんて頼りにされているんだねぇ」

「いえ、真面目な生徒として当たり前のことですよ」


 僕は机に鞄を下ろすと、さてどこへ座ろうかなと思案し始める。

 

「おい」


 あんず先輩の横……は、さすがに馴れ馴れしすぎるか。


「おい、高梨!」


 かと言ってあんず先輩の対面には羽後先輩が陣取っているし。邪魔だなぁ、この人。

 

「おい、無視すんなコラ!!」

「なんですか、羽後先輩? チョココロネ、まだ食べきってないでしょう? ものを食べてるのに話しかけてくるとか行儀が悪いですよ?」

「さっきなんであんなに慌てて部室に入ってきた?」

「え? そうでしたっけ? 普通でしたけど?」

「あと尻がどうとか」

「すみません、ちょっとアイフォンのSiriで検索をしていたもので」

「見せてくださいとかも言ってたよな?」

「ちょっと何言ってんだか分かんない」

「ウソつけ、この野郎!!」


 羽後先輩が急に立ち上がってきて、僕にヘッドロックをお見舞いした。

 顔に羽後先輩の小さな膨らみが押し当てられるも、苦しみが勝ってちっとも嬉しくない!!

 

「お前、何やヤラしい妄想してただろ! 違うか!?」

「し……してません」

「しかも言葉から察するに、オレがあんずのお尻にあんなことやこんなことを……」

「ご……誤解です。て、てか、く……苦しい。死ぬ……もう……やめて」

「あんず! ダメだ、高梨がエロの暗黒面に落ちてしまった!!」


 え、エロの暗黒面ってなんだよ……。

 そんなの……あんず先輩のおっぱいを揉みまくってるあんたに……言われたくは……。

 

「え? あんずのお尻?」


 あんず先輩がびっくりした様子で立ちあがると、たったったと部屋の片隅に立てかけられた鏡へと走っていく。


「よ、よかったー。スカートが破れてパンツが見えちゃっているのかと思ったよー」


 何度も念入りに鏡でチェックしては、ほっと顔を綻ばせるあんず先輩。

 

「高梨くん、カコちゃん、安心して! あんずのお尻は無事だったよー」


 そしてくるりと回転してこちらに背を向けたかと思うと、あんず先輩は両手を腰に押し当ててフリフリとスカート越しのお尻を振ってみせてくる。

 

 ああ……なんて可愛いんだ、あんず先輩。

 先輩、おっぱいだけじゃなく、おしりまで最高です……。

 

 急速に失われていく意識の中で、僕はただただあんず先輩を褒めたたえるのだった。

 

 

 

 

 おまけ。

 

「ちなみにあんずはチョココロネを横からかぶりつく派ですー」

「そんな食べ方あるの!?」

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