第2話:あんず先輩と不思議な部活
僕、
男。15歳。高校一年生。
身長は168センチ。体重は50キロ。
趣味は
「頼む、桜木花道! 僕にその根拠のない自信をくれ!」
その教室を前にして、僕はつい有名バスケット漫画の主人公に祈りを捧げた。
『あんずの部活に入って一緒にお昼ご飯を食べようよー!』
昼休みの屋上で、あんず先輩から部活に誘われた。
正直、嬉しかった。
クラスでの友達作りに失敗した僕としては、こうなればなんとしてでも部活に入って友達を作るしかないと思っていた。
が、これといって入りたい部活がなく、中学も三年間ずっと帰宅部な僕としてはどうにも入部するきっかけが掴めない。
せめて勧誘でもされればとは思うものの、身長に比べて体重がずっと軽い僕は見た目通りのキャシャ男で先輩方のお眼鏡にはかなわないらしい。
なので声のひとつもかけられないまま今日まで来てしまった。
そこへあんず先輩のあの一言。
まさに僕にとっては天国からのクモの糸だったわけである。
なんとしてでもここは入部を決めたい。
が、突然の勧誘、そして何よりもあんず先輩の凶暴すぎるおっぱいに脳のキャパを取られてしまい、何の部活か聞くのを忘れてしまった。
わが青春、痛恨の悔やみだ。
もしバリバリの運動部だったらどうしよう?
中学でずっと帰宅部だったことから分かるように、僕の運動神経は決して良いとは言えない。
体育の授業も存在を消すようにしている。
マラソン大会当日に高熱を発するのは得意中の得意だ。
でも、仮に運動部だったとしても入部する覚悟が僕には出来ている!
何故なら友達作りも重要だけど、やっぱりあんず先輩との関係をなんとしてでも築きたかったからだ。
ただの不良少年だった桜木花道が春子さんの為に天才バスケットマンを自称したように、キャシャ男の僕もあんず先輩の為ならエリートスポーツマンになってやろう!
幕ノ内一歩の生まれ代わり、それが僕!(幕ノ内一歩、死んでないけど)
大空翼の生まれ変わり、それも僕!(翼君も生きてるけど)
猿野天国の生まれ変わり、それだって……いやこいつはいいか(そもそも最近の人はミスフル知らないだろうし)
とにかくそんな不退転の覚悟で今、僕はあんず先輩の教室の前に立っている。
さぁ、あとは勇気を出して教室の扉を開け――
「あ、高梨君だー!」
「うぉっ! せ、先輩?」
「じゃあ早速部室に行こうねー」
「え? いや、ちょっと待って。まだ心の準備が……」
2年C組の扉の前で立ち尽くしているとあんず先輩がいきなり出てきて、僕の腕をふにょんとその胸に抱え込んで歩き出した。
おおう、すげーやわらけー! まさに右腕ヘブン状態! ってそうじゃない、いやちょ待って、まだ入部するとか言ってないー。
しかし、そんな僕の抗議も空しく先輩は僕を引っ張っていく。
ああ、やばい。下駄箱で外靴に履き替えて向かう方向は、まさしく運動部の部室棟!
ダメだ、このままでは僕の高校生活が朝練と厳しい上下関係と訳の分からない根性論に埋め尽くされてしまうーッ。
「……ってあれ、あんず先輩、部室棟を通り越しましたけど?」
「うん。あんずたちの部室はこっちなんだよー」
そして連れていかれたのはなんとも趣のある、ぶっちゃけて言えばオンボロな旧校舎。
何故取り壊されていないのか不思議なぐらい、今時珍しい板張りの廊下をぎゅうぎゅうと鳴らせて辿り着いたのは――。
「調理実習室?」
「うん。正確には旧調理実習室だけどねー」
「ということは、運動部じゃない?」
「そりゃそうだよー。あんず、お兄ちゃんと違って運動ニガテだもん」
まぁ、そりゃそうでしょうね。お兄さんは知らないけど、あんず先輩は胸にそんな立派なものを付けているんだから。
走る時とか重そうを通り越して痛そうだもん。
「なるほど。そうだったんですね!」
「高梨君、なんか急に元気になったね?」
「そうですか? いや、僕はいつだってこんな感じですけど。で、料理実習室ってことは料理部ですか、あんず先輩?」
巨乳美少女ではあるものの、その前に「ぽんこつ」と「食いしん坊」がつく先輩のことだ(おまけにおっぱい神)。料理部ってのは最初から考えてしかるべきだった。
が。
「ううん。あんずの部活はね、その名も『あんずの食品格付けチェック同好会』って言うんだよ」
「え? えーと、それって何する部活です?」
「よくぞ聞いてくれました、高梨君! この部活ではね、あんずがこの世の中の色々なものを食べて格付けを決めるという、とても高尚な活動をしているんだよー」
「は、はぁ」
高尚、かなぁ?
「まぁ、高梨君もやってみて」
そう言うと先輩は旧料理実習室に入ると手ごろな椅子に座って、その対面の席へ座るよう僕を手招きする。
言われるがままに座った。おそらくはもう使われていない教室だろうけれど、意外と座り心地のいい椅子だった。
「そこは一流部員が座れる席だよ。今日は仮入部だから特別に座らせてあげるー」
「はぁ、それはどうも」
「では早速行くねー。今日のお題はこちら!」
じゃじゃんとあんず先輩が効果音を自ら口にすると、手にしていたバッグから何かを取り出した。
「こ、これは!?」
「ふふふ。そう、これは今日発売の新しいお菓子です!! 登校時にコンビニで買ってきました! ふんす!」
「えっと、それでどうするんですか?」
「これを今から食べます」
「それから?」
「そしてその味を審査しますー」
「……なるほど」
自分で言っておいて何がなるほどなのかは分からない。というか、これ、本当に部活動なのか?
「いい? じゃあどうぞ」
先輩がお菓子の封を切って、その空け口をこちらに差し出した。
ちなみにポテチだ。
言われるがまま手を袋の中に突っ込み、一枚を摘まんで口に運ぶ。
「あ、審査結果はまだ言わなくていいからねー。では、あたしもひとつ」
あんず先輩がその可愛らしい口にポテチを運ぶ。
しゃりしゃりと噛み砕く心地よい音。途端に先輩の頬が弛み、大きな瞳がにへらーと緩んだ。
「うん、うん、なるほどねー」
「何がなるほどなんですかね、先輩?」
「ふふふ。それは後のお楽しみだよ。では高梨君の審査結果を聞こうかな?」
「えっと、そうですね。美味しかったです。濃厚な味付けの割には結構さっぱりしていて、これなら最後まで飽きずに食べられそうって言うか。いや、上手くは言えないんですけど」
「正解! おめでとー!」
いきなりあんず先輩が抱きついてきた!!
やったぜ、本日二度目、今度は全身でおっぱいヘブン状態!!!
って、そうじゃねえ!!
「え、先輩、ちょっと意味が分かんない」
「いやいや、さすがは高梨君! この味が分かるなんてたいしたものだよぅ」
「そうなんですか? ちょっと自分では分からないんですけど。というか、コンビニで堂々と売られているわけだから、そりゃあマズくはないと思うんですけど」
「またまたご謙遜をー。憎いよ、このぉー」
僕から離れたあんず先輩が、中腰のまま両手の人差し指を僕に向けて前後へ動かす。
すごいな、マラドーナ以外にこんな動きを実際にする人いるんだ?
「はぁ、とりあえずその、ありがとうございます。で、あんず先輩の評論をお聞かせいただきますか?」
「ふふふ。それを聞いちゃう、高梨君?」
「はい、是非」
「では」
あんず先輩が自分の席に深く腰掛ける。おっぱいは机の上。ごほんと咳ばらいをひとつした。
「とってもおいしい!」
「はい、美味しかったですね。それで?」
「とってもおいしい!!」
「だからそれは分かりました……って、まさかそれだけですか!?」
「うん? これ以上に何か必要?」
「いや、それを僕に聞かれても困るんですけど」
おい、ウソだろ。ここは『口の中へ入れた途端に広がる香ばしさ。複雑な味の共演。噛みしめば噛みしめるほど味覚を刺激し、さながら地上の楽園が我が口内に出現したような快楽が』とかなんとか言うもんじゃないの?
「でね、この結果をネットにあげるの。これが部活内容だよ、高梨君」」
「あ、そうなんですね」
「ちなみに『あんずログ』って言うんだよ。おかげさまで友達から大好評をいただいておりますー」
「それは良かったですね」
ははは、と僕とあんず先輩の笑い声が部室に響き渡る。
てか、同好会とか言っていたけど、これ学校に認められている活動なのかな?
おまけ。
「『あんずログ』の審査結果はふたつ。『おいしい』か『とってもおいしい』だよ」
「まるで両津勘吉みたいな評価基準ですね、先輩!」
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