第29話:割れるのはどっちだ!?
あんず先輩と付き合うことになった!
一晩経った今でも何だか信じられない。夢でも見ているのではなかろうか。
が、夢ではないのは分かっている。
だって昼間にあれだけ遊んだのに、昨夜は興奮するあまり全然眠れなかったもん!
だって、あのあんず先輩と付き合えるんだよ?
付き合うってのはつまりはそういうことで、あんなことや、こんなことまでしちゃうかもしれないんだよ?
しかも! しかもだ!
僕はそれをリアルに想像出来る! 出来てしまう! だって昨夜、僕はお風呂であんず先輩のあんなところやこんなところまで見てしまったから!!
こんなの眠れるわけないじゃないですか。
ええ、昨夜何度トイレに行ったか、もう数えきれないですよッ!
てことで布団の中でもよもよしていうちに朝を迎えてしまうと、小日向さんがいきなり襖を開いて「朝やでー。ご飯出来てるさかい、はよ起きやー」と起こしに来た。
いまだ興奮しているものの、さすがに徹夜明けで眠い目を擦りながら昨夜の宴会場へと向かう。
「あ、高梨君、おはよー」
その廊下でばったりとあんず先輩に出会ってしまった!
「え? あ、あんず先輩、おはようございます……」
「うわぁ、目の下にすごいクマが出来てるよ、高梨君。昨日はよく寝れなかったの?」
「まぁ、はい」
「また世界平和とかを考えてたの? それはとても偉いけど身体を壊すほど考えちゃダメだよ。だって高梨君はあんずの彼氏なんだから!」
彼氏! ああ、なんていい響き!!
「ふあああ。よく寝た。おう、おはよう、おふたりさん」
彼氏という言葉の響きに感動していると、廊下を曲がって羽後先輩も姿を見せた。
あ、やばい。あんず先輩と付き合えるってことに浮かれてて、すっかりこの人のことを忘れていた。
どうしよう。下手にあんず先輩と付き合えることになったなんて話したら何されるか分からないぞ。
ここは慎重に、上手く伝えなくては……。
「あ、カコちゃん、おはよう! あのね聞いて、あんずね、高梨君と付き合うことになった!」
あんず先輩、それ言っちゃダメぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!
「へぇ、そうなんだ。よかったな、あんず」
へ?
「うん!」
「よしよし。じゃあ早速朝ご飯を食べに行こう」
え? え? あれ、もしかして歓迎されてる?
「わーい! 朝ご飯! あっさご飯!」
「おいおい、いくら嬉しいからってはしゃぎすぎて転ぶなよ」
いやぁ、まさかこんなあっさりと了承してくれるなんて思ってもいな――。
「で、高梨、これは一体どういうことか説明してくれるか?」
振り返った羽後先輩の顔はまさに鬼の形相だった。
「とりあえず朝飯食べ終わったら海に行こうぜ。久しぶりにキレちまったよ」
「あ、はい……」
終わった……。僕の人生、終わった……。
ざっばーん。
波の音が聞こえる。
ざっばーん。
しかもすごく近くで。
ざっばーん。
それどころか僕の顔が時々水没してしまうんですけどっ!
そう、僕は今、波際の砂浜に顔だけ出して埋められていた。
昨夜のことについて羽後先輩に話をしたらいきなり締め落とされて、気が付いたらこんな状況になっていたんだ!
「いや、ちょっと羽後先輩、これマジで洒落にならない!」
「は? 洒落であんずと付き合い始めた、だと?」
「そんなこと言ってうわっ! ……っぷはっ! ちょ、マジでこれ、溺れますって!」
「ああん!? あんずとの恋に溺れただとぉぉぉぉぉ!?」
「だーかーらー、そんなことは言ってませんってー!!」
こんな時に自分の生死を握っている人を煽れるような根性は持ってないよ、僕ッ!
「いいか、高梨。お前は殺されても仕方がないことをやった。その自覚はあるか?」
「先輩の言いたいことはわかりますけど、恋愛ってのは本来自由なもので」
「知るかっ、そんなもん! お前はやっちゃいけねぇことをやったんだ! そのオトシマエは付けてもらうぜ!」
「オトシマエって、これ、立派な殺人ですよっ!」
「ふん。うるせぇ奴だな。ちょっと黙っていやがれ」
羽後先輩がすたすたと僕に近づいてきたかと思うと、目の前でしゃがみ込んで後ろ手で何かを取り出した。
え、それって僕の海水パンツ? ってことはもしかして僕、砂の中でフルチンってこと?
いやん、恥ずかしい!
なんて思っていると、先輩はその海水パンツで僕の口を塞いでしまった!
「
「はっ! まだ鼻で息が出来るだけマシだと思え」
思えるかっ!
てかちょっと本気でこれ洒落にならないっ!
「高梨、オレはこれでもお前のことを気に入ってたんだゼェ。だから今回の裏切りはとても残念、実に残念だァ。殺しても殺したりねぇ」
「
「だがよぅ、オレだって鬼じゃねぇ。少しはお前にもチャンスってのをやろう」
「
「これからここに目隠ししたあんずを朝陽が連れてくる。スイカと一緒にな。そうだ、海と言ったらやっぱりスイカ割り。こいつをやらねぇとなぁ」
「
「つまりお前の処分はあんずに任せるってわけさ。もし、あんずが無事スイカを割れたらお前を許してやろう」
「
「が、スイカじゃなくてお前の頭を勝ち割るかもしんねぇな」
「
なんてことを考えるんだ、羽後先輩! 鬼か、あんた!?
「ああ、お前の頭を勝ち割って驚き嘆くあんずの姿が目に浮かぶなぁ。『ううっ、ごめんね、高梨君。あんず、こんなことをしちゃったらもう高梨君の彼女の資格なんてないよね。これからはカコちゃんの女として生きていきます』『ああ、いいぜ、あんず。オレが可愛がってやる』。うん、完璧なシナリオだ!」
「
「おっと、あんずがやって来たぜ」
言われてみると目隠しをした水着姿のあんず先輩が小日向さんに連れられてやってくる。
両手に大きなスイカを抱えて、口元をにっこりと緩ませてとても嬉しそうだ。
「あんず、昔からスイカ割りってやってみたかったんだ!」
「そうかそうか。じゃあスイカをこっちに渡して、代わりにこれを握るんだ」
げげっ! スイカと入れ違いであんず先輩に手渡されたそいつは、羽後先輩が修学旅行で買ってきた木刀じゃないか!
生徒会に取り上げられたはずなのにどうして!? というか、そんなもの持ってきてたの、この人!?
「よーし、スイカを置いたぞ。じゃああんず、俺の言う通りに動くんだ」
「うん!」
スイカを僕から一メートルほど離れたところに置いて、羽後先輩が指示を飛ばす。
ウキウキとその声に従って歩き始めるあんず先輩……って、いや違う違う、こっちに来ないでぇぇぇぇ!!
「
「いいぞ、あんず、そのまままっすぐに来るんだ!」
「うん!」
「
「いいぞいいぞ。よし、そこで止まれ!」
僕の目の前で立ち止まるあんず先輩。
その顔は見えない。だって下乳で隠れているんだもん!
ああ、これが僕の見る最後の光景か。でも、ちょっと幸せかも。
「よし、思い切り木刀を振り下ろせ、あんずぅぅぅぅ!」
「分かった! って、うわん!」
その時だ。
大きな波が打ち寄せてきて、僕はあえなく水没した。
その水の中で僕は見た。あんず先輩が波に足を取られて尻餅をつくのを。
そして引いていく波に攫われて、あんず先輩の身体が、正確に言えば股間が僕の顔にどんどん近づいてくる!
むぎゅ。
あ、僕、もう死んでもいいかも。
「ふえええ、ころんじゃったー。ええっ、高梨君!? あんずのオマタでなにしてるの!?」
「
「あ、ダメだよ、高梨君! そんなところで話しちゃいやぁ」
慌てて股間を僕の頭から離すと、あんず先輩はフガフガしか言えない僕の口から海水パンツを外してくれた。
「違うんです、これは羽後先輩の仕業で! 先輩が僕を砂浜に埋めたんですよ!」
「カコちゃんが? カコちゃん、これって一体どういうこと?」
振り返るあんず先輩。視線を向ける僕。そして羽後先輩は、と言うと……
「ば、馬鹿な……。すっ転んだあんずの股間が高梨の顔に突っ込み、しかもその拍子で吹っ飛んだ木刀がスイカにヒットするだと!?」
目の前で起きたことがとても信じられないと呆けきっていた。
「あー、これ、いわゆるラブコメ時空って奴やなー」
そこへ小日向さんが苦笑しながら羽後先輩の肩をぽんぽんと叩く。
「ラブコメ時空……?」
「そや。どんなにピンチでも最後はちょっとエッチなハプニングが起きて凌いでしまうねん」
「なんてこったァァァァァァ!!」
羽後先輩が頭を抱えて砂浜にうずくまる。
悪は滅びた。
全ては愛の、ラブコメの勝利……と思ったんだけど。
「カコちゃん、どうしてこんなことをしたの?」
「あんずぅぅ、オレはどうしても……どうしてもあんずを奪った高梨が許せなかったんだぁぁぁぁぁ!」
「ほへ? 高梨君に奪われたってどういうこと?」
「だって、あんず、高梨の彼女になったんだろ? ってことはオレのことはもう嫌いになっちゃったんだろ?」
「ええっ!? あんず、カコちゃんのことも大好きだよ!」
「なんだって!? じゃあオレとも付き合ってくれ、あんず!」
「いいよー! あんず、カコちゃんともお付き合いするー」
……ナンデスト?
「いや、ちょっと待ってください、あんず先輩! それってどういうことなのでしょう?」
「んー、つまりあんずは高梨君の彼女で、カコちゃんの彼女でもあるんだよー」
「ええっ! そんなぁ!」
「んじゃみんなで仲良くスイカを食べようー」
そう言うと、あんず先輩は嬉しそうに波打ち際でゴロゴロしているスイカへ駆け寄っていく。
その様子を羽後先輩は呆然と、そして僕はいまだ砂に埋まったまま見守るしかなかった。
かくして僕と羽後先輩は彼女をゲットし。
あんず先輩は彼氏と彼女をゲットして。
僕たちの夏休み旅行は終わった。
(おまけ)
「……どうでもいいけど高梨、お前のアレ、小さすぎない?」
「小さくないですよ! 大きくなる時はちゃんと大きくなりますから! てか見ないでくださいよっ!」
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