第4話:笑顔の価値は
16歳。女。高校二年生。
身長は163センチ。体重は勿論トップシークレット。ただスラっとした体型をしているから、身長の割には軽いと思う。あんず先輩みたいな立派なものもお持ちじゃないし。
実家は驚いたことにお菓子メーカー・羽後株式会社を経営している。
本来はおせんべいやおかきといった和菓子を細々と販売していたこの会社、しかし、去年出したチョコレートコーティングしたチョコおかきが空前の大ヒットを記録。今や誰もがその名を知っている一流メーカーになった。
つまり、羽後先輩は結構なお金持ちのお嬢さん、というわけだ。
が、羽後先輩という人は知れば知るほど「お嬢さん」という言葉からかけ離れている。
子供の頃からおてんばな性格で、毎日喧嘩に明け暮れる日々。小、中学とほとんど学校に出ず、一部では少年院にいたのではと噂される。
それでも何故かうちの高校に進学できたものの、入学初日にして校内をシメテしまう暴力は健在。
羽後が通った後にはぺんぺん草も残らない、羽後の周囲一メートルに入った者は即死すると皆に恐れられ、付いたあだ名が『練馬の夜空を駈ける一筋の流れ星』!!
「……って、つまりは羽後先輩も僕と同じぼっちってことじゃないですか」
「うるせぇ! お前と一緒にすんな!!」
「しかも小・中学も少年院なんて行ってなくて、ただ友達いなくて登校拒否だっただけなんでしょ? ベテランぼっちすぎません?」
「だって仕方ねぇだろ! みんな怖がってオレに近づこうとしなかったんだから!!」
羽後先輩と知り合ったその日の放課後。
僕たちは同好会の部室でダベっていた。
ちなみに昼まではあれほどあんず先輩のファンクラブの人たちから嫌がらせを受けた僕だけど、その後は一切何もされていない。
代わりにクラスメイトたちが「あいつ、あの羽後先輩と握手してたらしいぞ」「やべえよ、つまんない関西人じゃなくて怖い関西人だった」とひそひそ話をするのが聞こえてきた。
なんでもすでに「関西を仕切っていた伝説の龍」とか言われているらしい。
ああ、もうクラスに友達を作るのは絶望的だ……。
「でもよ、あんずだけは違った。あんずだけはこんなオレを怖がらず、受け入れてくれたんだ」
「えへへー。カコちゃんの持ってくるお菓子、美味しいからねぇ」
「ちなみにおふたりはどうやって知り合ったんですか?」
「アレは丁度一年前のことさ。俺はうちの新商品開発部長から『学校のお友達に配って感想を聞かせてくださいよ』と無理矢理渡された企画段階の菓子を持って、放課後の旧校舎の中庭で途方に暮れていた」
「ぼっちにキツいこと頼むなぁ、その人」
「会社の人にオレがぼっちなのはナイショにしてたんだ。で、どうしようもないから中庭に埋めて捨ててしまおうと地面を掘っていたら、あんずが旧校舎の窓からこっちを見ていた」
「なるほど。想像がつきます。涎、垂らして見てたんですね」
「ひどいよぅ、高梨君。あんず、涎なんて垂らさないよぅ」
「先輩、僕のメロンパンの時も涎出てましたよ?」
「ウソだぁ」
「ウソじゃないですよ。ねぇ、羽後先輩?」
「ああ、オレの時もたぷたぷ垂らしていたな」
でしょうね。というか、あんず先輩、自覚なかったんだ。
「まぁ、それであんずにお菓子をあげて、オレたちはめでたく結ばれたってわけさ」
「えっと、友達が出来て嬉しいのは分かりますが、それで百合に走るのは極端すぎると思いますよ、羽後先輩」
おそらく友達になってくれるのなら、相手がどんな人であったとしても羽後先輩はその人に尽くしまくったことだろう。
そういう意味ではまだあんず先輩が相手で良かった。
「ところであんず先輩と羽後先輩以外に同好会の会員の人っているんですか?」
「ううん。いないよ。あたしたちだけー」
「この一年間、あんずに近づこうとするクズ虫どもは全員オレが闇に葬ってきたからな! もちろん高梨もそのひとりになる予定だった。が、お前だけは特別に俺の舎弟になることで許してやろう。よかったな!」
「ありがとうございます」
でも、舎弟じゃなくて後輩だけどなー。
「よかったねー、高梨君。じゃあ新入部員も加わったところで、早速本日の活動をするよっ! カコちゃん、お願いします」
「おう、心得たッ!」
威勢よく答えた羽後先輩が鞄からタッパーを取り出す。
うっすらと見えるその中身は……えっと、芋けんぴかな?
「ただの芋けんぴじゃねーぞ。うちの新商品開発部が作ったチーズイン芋けんぴだ。中にチーズが入っている」
「んー、なんだか味の想像がしにくいですね。美味しいんですか、これ?」
「それを今からあんずに審査してもらう!」
そう言いつつ先輩がさらに鞄から取り出したのは……ん、タブレット端末?
「なにするつもりですか?」
「Zoomであんずの審査する様子をうちの開発部員たちに見せるんだ」
「ええっ!? でもあんず先輩って碌な感想言えないんですよ?」
「ふっ、まぁ見てろって」
戸惑う僕を尻目に先輩が机に置いたタブレットを慣れた様子で操作すると、ほどなくしてスーツ姿のおじさんたちが並んで座っている会議室の様子が映し出された。
すると。
「おおっー! あんずちゃんー!!」
いきなりタブレットの向こうのおじさんたちが興奮した様子で立ちあがり、黄色い声を上げて懸命にこちらへ手を振ってくる。
「えへへー。よろしくお願いしまーす」
照れた様子であんず先輩がぺこりと挨拶した。
それだけで「おおおおーーーーーっ!!」とさらに歓声が上がる。
先輩、すげぇ人気だな。ちょっとしたアイドルみたいだ。
まぁ、でもそれはまだ分かる。
あんず先輩は可愛いし、おっぱいめっちゃ大きいし。
だけどそれと味の審査はまた別。何の参考にもならない感想を言われて、おじさんたちががっかりしなきゃいいけど。
「あんずちゃん、今回のチーズイン芋けんぴははっきり言って冒険作だ。ぜひ君の意見を聞かせてほしいっ!」
「はい! じゃあ、いただきまーす! ぽりぽり」
タッパーから一本取り出したあんず先輩が、ぽりぽりと可愛らしい口で咀嚼する。
そして。
「うんっ、とってもおいしい!」
目元を嬉しそうに緩ませて言った。
そこからさらに一本、続けてもう一本とチーズイン芋けんぴを次々と口へ運ぶ。
その姿、あたかもヒマワリの種を無限に頬張るハムスターの如し!
てか、どうやらこれ以上のコメントは出てきそうになかった。
えええええ?
もしかしたらさすがに今回はそれなりにまともなコメントが聞けるのかなと思っていたのに、これじゃあ前と同じあんず先輩節炸裂じゃないか。
これはさすがにおじさんたちもがっかりして――
「よっしゃー!!!!!!!」
「チーズイン芋けんぴ、大成功だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
ところがタブレットの向こうではおじさんたちがそれまで以上の歓声を上げて大喜びしていた。
中には涙を流しながら「部長、やりましたね!」「ああ、やった!」「チーズイン芋けんぴ、これは絶対に大ヒットしますよ!」と抱きついている人たちまでいる……。
「は? なんでなん?」
「ふっ。高梨、驚きのあまり関西弁になってるぞ。いいか、言葉に囚われるんじゃない。あんずの顔をよく見てみろ」
「え? えっと満面の笑顔でめっちゃおいしそうにチーズイン芋けんぴを食べてますけど?」
「それが答えさ。いいか高梨、言葉は万能じゃない。時にはその表情が言葉以上に雄弁に気持ちを語るンだよ」
「なるほど……で、羽後先輩、それって誰の言葉なんです?」
「うちの開発部長」
だろうね。歴戦のぼっち戦士である羽後先輩から出てくる言葉じゃないよなと思った。
「その部長がチョコおかきを販売すべきかどうか悩んでいる時に『オレの友達でチョコおかきをめっちゃおいしそうに食べる奴がいるぜ』って教えてやったんだ。そしたら是非その子と会ってみたいって。で、今回みたいにZoomで繋いであんずがチョコおかきを食べるところを見せたら『そうか、私たちに必要なのは商品を分析する言葉やデータじゃなかったんだ。この笑顔こそ私たちが追い求めるべきものだったんだ』って感激してな。それで思い切ってチョコおかきを商品化したら……」
「空前の大ヒットを飛ばした、と?」
「そういうこと」
「え、ちょっと待ってください。では、あの大ヒット商品・チョコおかきの成功の裏にはあんず先輩が絡んでいたってことですか!?」
「そうだ! さながらあんずは幸運の女神様ってとこだな。はっはっは、さすがはあんず、オレの嫁!!」
いや、先輩の嫁じゃないですけどねと思いつつもツッコミは入れず、僕はただただ美味しそうにチーズイン芋けんぴを食べるあんず先輩の顔を見ていた。
それはなるほど、言われてみれば見ているこちらも気持ちがほっこりしてしまうほど、すごく幸せそうな笑顔だった。
おまけ。
「いいかっ! 絶対にあんずちゃんを笑顔にさせる新商品を作るぞ!!!」
「おおおおおおおーーーーーっっっ!!!!!」
「あんずちゃーーーーーん!!!!!」
午前1時。深夜でも羽後製菓新商品開発部の士気は高い。
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