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 これでも前よりはずっと良かった。

 あいも変わらずすることは男へのとぎで——それでも相手は一人だけだし、清潔にしてくれるし、温かくて美味しい食事が日に二度も出る。


 10歳で性奴隷に落とされてから、何年が経ったのか。栄養の足りない生活をしているからか、体の成長があまりない。病魔のせいかもしれない。ついには両足が動かなくなり、用を足すにも補助具を使って、曲もしない膝を苦労して動かし、不恰好な姿で往復しなければならない。その姿を見た使用人は嫌な顔をし、コソコソと陰口を言っている。


 旦那様は優しい。

 旦那様が近くにいる時は、用が足したい素振りをすると、旦那様が黒服の男に目配せをする。その視線を受けた黒服の男が、僕を抱き上げて御不浄へ連れて行ってくれる。


 旦那様の前で漏らされたら厄介だと愚痴を言いながら、御不浄での扱いが汚いモノであっても、旦那様の前で不恰好に歩かないで済むだけマシだった。


「声はまだ出ないのかい?」


 夜の伽の間に、旦那様はそんなことを言う。喉からは息遣いが出るだけで、可愛らしく喘ぐことはできないままだ。そんな時の旦那様は少し残念そうで、僕は早く声が出したくてたまらない。


「よくはならないねえ」


 これもまた旦那様の口癖で、僕の病魔が蝕んで行くのを心配してくれているようだ。


 でも使用人は僕を嘲笑う。

 あれはお前の具合が悪いから、いつ捨てようかと算段されているのさ、と。

 でも僕は信じない。僕はきちんと努めている。旦那様がいいように、いいと思ってもらえるように、はしたないことも喜んでしている。


 ——僕はついに腰まで動かなくなって、寝台でお漏らしをした。


 侍女が僕を寝台の下に落とし、衣服を剥ぎ取り、黒服の男を呼んだ。異臭に顔を顰め、鼻を袖で覆った男は僕を外へ連れ出すように指示を出し、井戸の脇で水を被せられた。


 冷たくてハフハフ息を吐いて震える。

 座ることさえ出来ない僕は、水を含んで泥になった地面に倒れ、涙を流した。


 ——旦那様


 声にならない思いは届かない。

 僕は大きな川のふちに捨てられた。


 僕は川に落ちた。

 裸で川原に倒れ、泣いているよりも、いっそ死のうと思ったからだ。


 川の流れに身を任せ、歪んだ景色を見ながら、悔しさに泣く。


 懸命に生きた。

 病魔に侵される前だって生きるのに必死で、殴られても蹴られても、ひとつのパンを手に入れる為、温かな寝床を手に入れる為に生きた。


 いつかは何者かになれると信じて、目の前の死と向き合い、抗い続けた。


 ——僕の生は、何にもなれず、何も生み出さない、無だった。

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