喰ってやる代わりに願いを叶える約束をしたら思ったより面倒なんだけどどうしよう?
くまざき
何者でもない、無
1
貧民区の用水路から視線を遠くに馳せると、青い空を切り取るような美しい城が見える。天気の良い日は城がキラキラ輝いて、とても眩しく映る。
僕の手は汚れている。あの美しい城が羨ましくて手を伸ばすけど、美しい風景にはそぐわない自分の汚れた手が見えると、キュッと胸が苦しくなる。
用水路の奥から狭い穴に反響する声が聞こえ、水を踏む足音が近づいて来る。
「行こう、アル」
一緒にいたヒロイが叫んだ。
仲間がいた筈なのに、先に逃げて行ったのか、ここには僕とヒロイしかいない。
「もう良いよ、ヒロイ、置いて逃げて」
「バカ! できるかよッ!」
ヒロイは優しい。
左足が不自由な僕の手を取り、一緒に走り出そうとしてくれる。でも無理だ。いつだってヒロイに助けられ、ヒロイに甘えている。
僕はふるふると首を振る。
ヒロイ、君はこんな所で燻っているような人じゃない。まだ10歳の僕らには出来ないことがたくさんある。でもヒロイ、君にはこんな何もない場所から抜け出し、高みに昇る力がある。
「僕のぶんも生きて、ヒロイ、ごめんね」
「アル!」
ヒロイに掴まれた手を振り払い、暗い用水路へ向かい歩く。
僕らを追って来た人達の声が近づいて来る。振り返れば悔しそうな顔のヒロイがいて、だけど僕を見限るように踵を返し、走り去って行く。
それで良いよ、ヒロイ。
君は僕の出来ないことができる。早く走ることだって出来るし、重い物を運ぶことだって出来る。好きな女の子を守ることだって。
——何にだってなれる。
手を伸ばした先に小さくなるヒロイの背中がある。僕を掴むのは孤児を捕まえる悪いヤツらで——僕はきっと売られて行く。
僕はただ、目を閉じた。
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