6

 酷く狼狽えた。だってユリウスが悲しそうな顔をするから。


「俺は、おまえとの出会いを特別だと思っている。おまえがこの国を出ると言うのなら、着いて行きたい。おまえが元の姿に戻ると言うのなら、その側に置いて欲しい」


 ユリウスは願うようにそう言ったけど。


「できないよ、ユリウス。そんなこと——できない」


 ユリウスの肩を押して、腕の上から飛んで地面に立つ。一歩、二歩と後退り、ユリウスの寂しげな顔を見つめている。


「できないのなら、俺を喰ってくれ」


「なぜ? ——なぜ、そんなことを言うの? 僕は、アルの想いが重くて逃げたいくらいなんだよ? なのにユリウスの想いまで抱えなければならないの?」


 ユリウスがどうしてそう言うのかわからない。ユリウスは誰もが羨む竜騎士の、しかも一番高い位にいる。いずれ王女と婚姻して、王族の一員になる未来が待っている。なのになぜ? ユリウスの感情は凪で、喜びが極端に欠けている。


「俺に想いなどないよ。妹の仇は自分で取ったし、血の繋がる者はもういない。俺はただ、おまえの側にいたいだけだ」


「どうして?」


 僕はだって、人ではないよ。ユリウスを喰べたって契約する訳でもないから、ただの食事だ。何かが残る訳じゃない。今だってアルの死に際の想いがあるだけで、身の内にある想いと会話をしている訳じゃない。ただ、その時に見合った情報を、身勝手に引き出しているだけ。


「ユリウスは幸せだろ? この先も」


「俺が幸せ?」


 ユリウスの手が握り込まれて、震えている。


「本当にそう思うのか?」


 知らない。ユリウスの中の秘密を聞きたくない。


「ユリウスは竜騎士長で綺麗な人と婚姻して、子供をつくり、育てて、命を繋いで行く、人だ。僕に喰われて良い人じゃないだろ?」


 雰囲気に飲まれて涙が流れる。なぜ? なぜ泣かないといけない? 自分の心さえも見えない。


「俺は、おまえに出会って、やっと死ねると思った。おまえが俺を殺してくれるのだと安堵した。おまえにとって人など餌に過ぎないのだろう? 俺を喰うなど簡単じゃないのか?」


 ユリウスが近づいて来て、涙を指先で拭ってくれる。ぼやけた視界でユリウスを見上げたら、軽く口付けされて、混乱する。


「——わからない、僕の口は人も喰うし、魔物も喰うよ。なのに口付けするとか……」


「可愛いと思ってはだめか?」


「ダメだよ——それに、僕は可愛くないよ。この体はアルの姿だ。本当の僕は違う」


「見目ではない、おまえが可愛い」


 息が詰まる。どう言えば良い? 僕は僕の王のものだ。そこは変えられない。そう思うだけで裏切っている気さえするのに。


「だめか?」


「——ダメだよ、無理だ」


 ユリウスを見つめていると、ユリウスの想いに引き寄せられそうで、背中を向けた。そのまま去ろうと思ったら、背中から抱きしめられた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る