5

 竜の名は教えてもらえず、仮名でソラとした。鱗は黒に近い灰色で、虹彩は金色。瞳孔が縦長で、光を当てるとしぼむ。


 ひとまずソラのことはナイショにして、次の日の夕刻、グレイヴに乗せてもらって、ユリウスの部屋に戻った。


 気分によってユリウスの部屋か見習い宿舎で寝ている。ユリウスも僕の気分に合わせてくれて、強要はされない。されないけど、ユリウスの部屋に行くと当然のように湯船につかる。ユリウスの膝に座っても定番だ。


「今、竜を手に入れられたら、建国記念日の飛行演舞に出させてくれる?」


 飛行演舞とは、建国記念日の祭典行事で、王族が城のバルコニーに出て挨拶をする際、上空を飛んで祝福をする行事だ。


 建国記念日は毎年あるが、今年は建国500年に当たるらしく、いつもより派手な演出になっている。


「竜たちを管理するのはグレイヴだ。俺たち竜騎士は乗っているだけさ」


「そうなの? じゃあ、グレイヴの許可がいるってこと?」


「それに俺はその日、グレイヴに乗らない。その日は、王女のエスコートを頼まれているからな」


「え? そうなの?」


 なんだろう? とても嫌な気分になった。

 立ち上がり、ユリウスの側から離れ、体を拭いて室内に戻る。ユリウスが心配そうに追って来たけど、お構いなしに外着を身につけ、庭から外に出て、王城を後にした。


◇◇◇


 グレイヴの許可がいるとか、聞いてない。


“どうした? 何か怒っているのか?”


 竜は便利だ。まだ騎士に報告していない竜だから、好き勝手に呼んで背に乗っても咎められない。でも街の上空を飛ぶのは問題になりそうだから、いつもの湖へ行く。


「竜騎士になるにはグレイヴが認めないとダメらしいよ。ソラ、言うこと聞ける?」


“えー無理かな。だって俺の方が強いよ? グレイヴに負ける気がしない”


「グレイヴに勝ったら、ソラが竜騎士長の竜になる?」


“人の決め事は知らないけど、グレイヴは群れのおさだ。グレイヴに勝った竜が長になる”


「なる気ある?」


“ないね”


「だよね」


 はあってため息を吐く。

 ごろんって横になって、今日も綺麗な空を見る。星が流れて落ちて行く。


「僕はこの国を乱しに来た訳じゃないから、竜の長の交代なんて面倒ごとは起こしたくないよ。僕、あと何年生きれば良い? アルとの約束が重荷になって来てる。もっと簡単に終えられると思ってた」


「それをどうして出会ったばかりの竜に告げる?」


 見ればグレイヴが来ている。あまりの静かな登場に、驚いて起き上がった。


「ユリウス?」


 ソラが警戒して飛び立つ。

 ソラの代わりに地に降りたグレイヴは、ソラに対して威嚇して見せたが、追う気はないようだ。


「おまえは俺をなんだと思っている?」


「……何って」


 そう聞かれてもわからない。

 僕はアルの願いを叶える目的でここにいて、その願いを叶える為の手段がユリウスだ。


 ユリウスを見上げていたら、抱きしめられていた。僕は体が小さいから、ユリウスの胸にやっと届くくらいの背で、それがとてももどかしい。


「ユリウス?」


「俺から逃げるな」


 ああ、それは前に言っていた、グレイヴが僕を逃がすなって言ったから?


「逃げていないよ?」


 僕が好き勝手に行動するのは、いつものことだ。その行動を監視されるのも、付き纏われるのも大嫌いなんだけど。


「そんなに重荷なら、俺が殺してやろうか?」


 それはどういう?


「おまえのこの体はアルを模したものだろう? グレイヴが言うには、今の生を終えれば、元の姿に戻る、違うのか?」


 ああ、そういうことか。


「確かにそうかもしれないけど、僕の中の心残りになるよ。それがいずれどう変化するかわからない。それは怖いから、約束は約束だ。せめて想いは遂げさせてあげないと」


 ギュッと抱きしめられてる。ユリウスの腕の中は温かい。


「お前がグレイヴに乗れば良い」


「なに?」


「飛行演舞の時だ」


「どういうこと?」


 腕でユリウスの胸を押して、見上げる。ユリウスの辛そうな表情が見えて、胸がキュッてなった。


「あんな野良竜に乗せるくらいなら、グレイヴの背を貸そう。それでおまえの中のアルが想いを遂げられるのなら、大したことではない」


「そんなこと、して良いの?」


 グレイヴが薄らと笑む。後ろ頭を撫でられて、脇下に手を入れられて、抱き上げられた。腕に乗せられると、ユリウスが下になる。


「竜騎士を辞めれば良い」


 見上げられて笑まれる。堂々とした態度に僕の方が驚いた。


「えっと、だって、王女様をエスコートするってことは、ユリウスって王女様の婚約者じゃないの? 竜騎士だから許されてるんでしょ? そんなに簡単に辞めるとか、僕の事情にそこまで付き合わせる気はないよ?」

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