10

「大丈夫か?」


 グレイヴから飛び降りたユリウスに問われる。グレイヴもまた、聞こえない声で心配を伝えて来た。


 僕は両手を握り締めて耐えている。肩が震えているから、我慢していることを悟られていると思う。


「僕、偉いだろ?」


 振り返ってユリウスを見て、笑おうと思ったんだけどな、上手く笑えた気がしない。


「……向こうの深い山中に魔物が巣食う谷がある。あそこだったら誰に咎められることなく発散出来よう」


 ビクッと体が揺れる。

 ユリウスは甘いな。この姿の僕にそれを許してしまって良いの? 誰にも見られないからと言っても、僕が魔物を殺して戻っても、今まで通り接してくれる?


 ユリウスがスッと袋を渡して来た。

 何だろうと手に取ると、袋の中は歪んだ空間になっている。これは質量関係なく、一定の空間に物を閉じ込めておける装置だ。


「高い素材や食える肉は持ち帰って来い、金は必要だろ?」


 ニヤリと笑まれた。

 拍子抜けだ。ユリウスは僕の怒りの発散場所を呈しただけじゃなく、利益も要求している。これには参った。僕を便利な道具扱いするの? 思わず笑ってしまった。笑ったら、怒りの殆どが晴れていたけど、久しぶりの獲物狩りだ。せっかくお許しが出たのだから、楽しもうかな。


「行って来る」


 ユリウスが結界に隙間を作ってくれて、そこへ向かうまでは人のように走って、抜けた先からは能力を発揮して駆けて行く。


 向かうは北の方角にあるという魔物の谷。


 この世には魔物が巣食う地点がある。人が発見し、見張っている地点もあるし、急に発達して現れる地点もある。


 ユリウスが示したのは谷だ。深い谷であれば、見張られている地点でも、隠れて討伐は可能だ。より良いのは地下にある地点だが、国が管理している場所は簡単に明かされない。それは良い素材の出現場所と同意であるからだ。


 貴重な素材が出る地点は限られる。

 ユリウスが示した地点がどれほどのものかはわからないが、国の秘密を明かしたことに変わりはなく、甘いけど、許されている気もして、気持ちが逸る。


 地点には見張る為の施設が併設されている。頑丈な造りの建物で、山肌から見えている部分は少ないが、きっと地下に広く造られているのだろう。入り口も小さく、ドアが閉まっている。でもセンサーが多く張り巡らされ、銃口が谷に向いていることもわかる。


 僕は慎重に罠の在処を察知し、抜け道を探して進んだ。もちろん人の目に察知されない速度と、感知されないように気配を消して。


 谷にも結界がある。

 結界は瞬時に穴を開け、入れば動物の悪戯程度の認識にしかならない。本来なら黒焦げになるか失神するかなのだろうけど、ぼくだったら無傷で中に入ることが出来る。


 暗い穴の中に入って息を吐く。

 僕にとって注意すべきは人で、魔物にだったら幾らでも襲われたって良い。むしろ都合が良い。腹も適度に減っているし、久しぶりの狩に気が逸る。

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