11

「楽しかった!」


 深夜の闇に紛れてユリウスの部屋の、外続きの庭に現れたら、警戒したユリウスに阻まれ、僕の姿を確認して、ユリウスは警戒の意志を解いた。


「普通に帰って来い、驚くだろう」


 血に濡れた服を脱がされて、お風呂に連れて行かれる。ああ、これは初日にされたアレだ。洗い布で全身を洗われ、ユリウスも一緒に湯の中に入っている。なんかもう慣れて来た。むしろ安心するのかもしれない。


「怪我が無くて良かった。——少し、心配していた。いくらお前が強いと言っても、一人で行かせるのはどうなのかと」


「別に? 一人の方が慣れてる」


「——そうだろうが」


 ユリウスが頬を撫でて来て、びっくりして振り返った。そこには慈しむみたいなユリウスの視線があって、こんなの僕に向けられたことがない。こういうのは母親が子にするものだろ? 僕に親はいない。いたのだろうが、知らない。


「見た目は幼いけど、中身はそうでもないからな」


 恥ずかしさを覚えて視線を戻した。

 僕は強い。

 この世に生きる全てのモノの上位に入るくらいに強い。だから心配はいらないし、敬われる存在であっても、慈しまれる存在ではない。


「人は見目に惑わされるものだ」


 ユリウスの重みが頭に乗る。スリッと頬を寄せられ、髪に軽く口付けされた。


「人とは厄介な生き物だな」


 見目に騙されてどうする。しかもさっきまで魔物を殺し、肉を喰らっていた。血塗れの姿を見ただろうに。


 ユリウスに大切にされると身の内のアルが喜ぶ。それと同時に哀しむ。どうしてアルではなく僕が愛されているのかと。アルの愛されなかったという哀しみが身を蝕むと、僕の目にも涙が流れる。


「泣いているのか?」


 ユリウスに顎を取られ、振り向かされ、涙を拭われている。


「これはアルの哀しみだ。僕ではない」


「——そうか」


 アルの中の哀しみを晴らしてやりたい。

 新たに芽生えた感情に、支配されるのはすぐのことだった。


「行かなきゃ」


「どこへ? まだ自分の竜も見つけていないのに?」


 ユリウスにそう言われると悩むけど、でも。


「ユリウスはここにいるだろ?」


「——グレイヴに捨てられなければ?」


 戯けて言うユリウスを見て笑った。良かった、いつも通りに笑えた。


「僕がこれからすることは、ユリウスを敵に回すことになるかもだけど、——でも僕は戻って来るよ。僕の存在はアルの憂を晴らす為だからね」


 ユリウスの手が僕の頬に触れる。


「法を犯すのか?」


 ユリウスの手から逃れ、立ち上がる。


「僕は僕の好きなことをするよ? 法は人の法だろ?」


 ざぶざぶと湯を蹴って歩き、湯を囲む岩を超えると、適当に体を拭い、街歩き用に用意してくれた簡易な服を来て、もう一度、ユリウスの前に立つ。


「大丈夫、うまくやるよ。だって竜に好かれないとダメだからね」


 立ち上がったユリウスに手を差し伸べられ、その手のひらの下に頭を差し出す。くしゃくしゃに髪を撫でられ、嬉しく思う。


「俺にお前を捕らえさせるな」


「うん、行って来るね」


 心配そうに笑うユリウスに別れを告げて、ユリウスの庭壁を跳んで行った。

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