8

 建国記念日はとても良い天気となった。


 竜は民衆の前に姿を現さない。それは今が平和で、人同士の戦いがないからだ。竜は強さの象徴だが、優美な姿は憧れでもある。


 この日、竜の宿舎の訓練場に、着飾った竜騎士が集った。


 グレイヴを先頭に、位順に並んだ竜がいる。その最後尾に新たな竜が一頭付き、みんなが驚いているのも束の間、すぐに開始の時刻を迎えた。


 グレイヴの背にユリウスはいない。

 ユリウスは今頃、王城のバルコニーに立ち、王女をエスコートして、民衆に手を振っている。


 グレイヴが咆哮を上げ、飛び立つと、並んだ順番で続いて飛び立って行く。竜の間で統率が取れていて、竜騎士はただ乗っているだけなのだが、民衆には竜騎士が竜を操っているように映るだろう。竜騎士は夢も魅せる。強く美しい竜をも従える竜騎士がこの国にはあり、平和を守り続けているという幻想を抱かせる。それがこの竜の演舞の意味だ。


 ソラもグレイヴに従っている。

 ソラを口説くのに、国に連れ帰るという約束を利用した。ただ単に竜って便利だと僕が思ったからなのだけど、ソラも身の置き場所を探していたから、双方の利害の一致ということだ。


 空に色とりどりの紙吹雪が舞っている。日に輝き、ひらひらと舞っている光景を上から見下ろす。風を切り、円を描いたり、形作った位置で交差して飛んでみたりして、民衆を沸かせた。


 空中で止まり、翼で起こした風を民衆に浴びせ、子供たちの持つ風車を回す。とても面白い演出だなと上空から見下ろした。


 演舞を終える少し前に、グレイヴがユリウスを迎えに行けば、民衆の歓声が空に響く。


 王女に別れを告げたユリウスが、グレイヴに乗って僕の前を飛ぶ。僕の中のアルが泣く。それは竜騎士になった気分を味わえたからか、想いを遂げた為なのか、それとも、死んでしまったヒロイを想って悲しんでいるのか。わからないけれど、僕はこれでアルの想いを全て叶えてやれたと思っている。——これ以上は無理だ。アルの想いが一方的で、すべてではないと学んだ。アルの想いの全てを、僕が受け止めきれずにいる部分はある。


 僕はこの先の永い生の間、二度と他の想いを背負う約束はしない。人はやはり人で、全てが綺麗なままではない。アルの想いは、惹かれるほど美しかったが、事実は夢ばかりでいられない。


 竜の宿舎に戻れば、竜騎士見習いたちが祝賀会の用意をしていて、たくさんの料理と酒があり、竜から飛び降りた竜騎士は、ユリウスの許しを得て、祝杯をあげた。


 ユリウスはグレイヴと別れの挨拶をしている。僕は密かにみんなから離れ、ソラの待つ湖に向かった。


 その後をユリウスが追いかけて来る。


「本当に良いの?」


 ユリウスは僕に喰われることを望んでいる。


「俺は綺麗じゃない。おまえは喰えるのか?」


 ソラに二人で乗る。グレイヴより体格の良いソラは、グレイヴより強く、位も高いらしい。


「喰えるよ。でもアルの姿を手放したい。僕の国に帰って、アルの生を終わらせてからでも良い?」


 ソラが飛び立つ。軽く地面を蹴っただけで優雅に舞い上がった。


「それは良いな、アルの本当の姿を見てみたいと思っていた。これで心残りもない」


「うん、わかった。ユリウスを僕の国に案内するよ」


 僕の王がいる僕の国に。

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