5

 王城の北にある山脈の中に、竜の宿舎がある。そこには結界が張ってあって、視覚や感覚から隠す作用もあるらしく、僕の感覚でもあるとわかって見なければわからない。


 朝、ユリウスに起こされて、眠いままぼんやりしていたら、顔を洗われて、着替えをさせてくれた。


「手のかかる王子だな」


 ってユリウスに言われて、頭をグリグリされたけど、それもまた何故だか嬉しくて、暖かく感じる胸を押さえた。


 ユリウスが着せてくれた服は、竜騎士見習いが着る服らしい。胸ポケットには、ユリウスを示す徽章がある。それは丸く切った赤い生地に黄色い縁かがりがあって、中央に黒竜が描かれているものだ。これを着ていれば、ユリウスの保護下の者で竜騎士見習いだとわかるそうだ。それは僕をユリウスが保証してくれているという意味もあり、王城内、竜施設での身分証代わりになるらしい。


 朝食は肉が出た。

 焼いて塩味のみの牛の肉は、程よく脂が乗って美味しい。向かい合わせで食べているユリウスの前にはスープやパンもある。あと野菜。僕は野菜が苦手。そういうの、ユリウスは僕に聞かなくてもわかっているみたい。朝から肉を出すユリウスはすごく好き。


「フォークもナイフも使えるのだな」


「僕を何だと思ってるの?」


 これでも僕は僕の国の王様と食事をしたりするよ。王様は僕が肉ばかりを食べるから、見ていると胸が苦しくなると言って、あんまり一緒に食べてくれないのだけど。


「人の作法は知らないが、食の作法は分かるのか? 歪だな」


「知らないよ。僕を呼ぶのは僕が許す存在だけだからね。嫌な所へは行かないよ」


「なるほど君はやはりワガママ王子なのだな」


「うん、そうかもね」


 果物は好き。酸っぱいのより甘いのが好き。口の周りがぐちゃぐちゃになるくらい熟れたのが好き。


 食事を終えるとユリウスの準備を待って、一緒に部屋を出た。ユリウスの部下が廊下で待っていて、僕を見て不可解な顔をしているけど、ユリウスは何の説明もなく僕を隣に置いて歩き出す。


 僕の後ろを、というかユリウスの後ろを着いて来て、今日の仕事内容を報告し、それについてユリウスが相槌を打ったり、訂正したりしている。その内容を僕が聞いて良いのかな? と思いながらも、ユリウスが何も言わないから良いかってことにした。


 裏庭に出ると竜が5頭いる。先頭はユリウスの相棒の竜で、ユリウスを見てほわっとした雰囲気になったのだけど、僕を見て、まだいたのかって言って来た。


 後ろの竜が、誰? 誰? とか言っててうるさい。


「どこまで聞こえるの?」


 ってユリウスに聞いた。


「グレイヴの声だけだ」


 って、わざわざ身を屈めて耳打ちされた。耳がくすぐったくてビクッてなる。聴力良いんだから、そんなに近づかなくても聞こえる。周りに聞かせたくなかったのだろうけど、不意打ちはやめて欲しい。


「僕の説明は?」


「服だけでわかる」


 なるほど。


「グレイヴがお前を乗せるのは嫌だと言っている。どうする?」


 グレイヴを見上げると、フッと視線を外された。後ろの竜も。竜には僕が何なのかわかっている。わかっているから乗せたくない。こんなんで竜騎士になれる?


「……走るから、いい」


「行き先はあの山脈の中央部だが?」


「知ってる。大丈夫、半刻もかからない」


「へえ、半刻もかけずにあそこまで走れるのか。しかも結界の意味も為さないと?」


「ダメ?」


「いや、俺としては問題ないが、人としてはどうかと思うが?」


「じゃあ、どうすれば良いの? 人と同じように何刻もかけて山を登って行けば良いの? それで結界に邪魔されて、入れて〜って?」


 ユリウスは意地悪だ。すんなり許してくれたら、誰にも見つからないように行けた。咎められたから、これが人と違う行動だと改めて考えてしまった。僕の中のアルが悲しんでいる。そうすると僕も悲しくなる。


「悪い、いじめ過ぎたか? グレイヴ」


 ユリウスがグレイヴを呼ぶと、グレイヴが背を低くした。グレイヴの、仕方がないという声が聞こえる。


 ユリウスに抱きかかえられて、驚いている間にグレイヴの背に乗っていた。

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