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ユリウスが人を殺したというのは噂だけだ。さすがに人を殺せば、その気配がその者の中に残る。人同士ではわからないものも、僕にはわかる。
前任者がいたのは、実際に交代しているのだから本当だろう。じゃあ、無垢な白竜を待つよりも、今の竜騎士を蹴落とす、なんて悪巧みをする人はいないのだろうか?
湖で水汲みをしながら、今日もまた見習いたちと話をする。最近は僕に慣れたのだろう、みんなの中に僕が混じっていても、それが当たり前として受け入れてくれている。
「先輩の竜を奪わないのかって?」
うーんって考えるような素振りを見せたのはフレイムだ。18歳の男爵家の次男。金髪碧眼の美形だが、一般民と一緒に働いても文句も言わない、貴族出とは思えない平等な男だ。
「先輩もそれは警戒してるよ。だから手入れや世話も自分でしてるだろ? 見習いは柵の中にも入れないよ」
「そういう例もあったってこと?」
「まぁ、竜騎士って言っても人だからね。病気にもなるし怪我もするよ。竜の機嫌を損ねて捨てられる例もあるようだし。そういう時は見習いの中から交代候補を出すとか」
「なるほどね」
やはり竜と人との絆は、さほど強くないってことだ。でもユリウスとグレイヴは違う。意思の疎通が出来ているから、契約的な要素が大きいのだと思う。
「じゃあさ、僕があの竜に乗ったら、竜に乗る権利が僕に移るってことかな?」
「やめてくれよ?」
近くで聞いていたアーティが身を震わせている。隣にいたフレイムも頷いて苦笑いだ。
「みんなそれぞれ家族もいるし、生活がある。竜を奪われたら生きて行けなくなる。それが怪我や病気なら諦めもつくけど……そんな恐ろしいこと、軽く言うなよ」
「ごめん、言いすぎた」
僕はこの世の仕組みに組み込まれていないから、普通の人の感覚がわからない。でもそうか、彼らが竜を必要とするのにも意味がある。ただの憧れなのは幼い子供、アルの想いくらいだ。
◇◇◇
久しぶりにユリウスの部屋で寝る。
いつものようにお風呂に入れられて、寝間着に着替えさせられ、ベッドの上で背中から抱きしめられている。
「みんなに怒られたよ」
「何を言ったんだ?」
大人の低い声が耳元ですると、ゾクッてなるから苦手なのだけど。
「竜騎士の竜を奪ったら、僕が竜騎士になれるかって聞いた」
「……それは、怒るだろうな。信頼を得たままでいたいと思うのなら、やめた方が良い」
「わかってるよ。ユリウスに迷惑はかけないから」
ユリウスの大きな手が僕の髪を撫でる。ゆるい動きが眠気を誘う。
「ユリウスの前任者は?」
ボクがそう言うと、ユリウスは僕を撫でる手を止め、僕を離してごろんと仰向けになる。お腹の前にあった手が離れて、拘束がなくなったぶん、冷える気がする。
「——死んだな」
うん、でもユリウスは殺していない。聞きたい? と問う視線が僕を見る。僕は聞きたいと言う意思を伝える為に、ユリウスの方を向いて、肩に手を置いた。
「俺は当時、一般の騎士として勤めていた。その頃の竜騎士長の評判が悪い事も知っていたが、なにぶん竜騎士は竜が選ぶ。周りがどう思おうがどうしようも無い」
「それはグレイヴだよね?」
「そうだ。グレイヴが言うには、竜騎士長の地位についた途端に性格が変わったらしいよ。何を勘違いしたのか、グレイヴの扱いもまるで奴隷のようだったと言っていた」
「奴隷?」
「鞭で躾と言って打つ、粗相をすれば餌を抜く、世話は他人に任せ、酒と女に溺れていた」
ユリウスは深い息を吐いた。
「俺の妹が娼館にいてね、彼に酷く扱われて、死んだ」
びっくりして起き上がり、ユリウスを見たら、泣きそうな顔を隠すようにそっぽを向かれた。
「妹がいたんだ」
ユリウスの悔しさが伝わる。でもゆっくり、怒りを抑えながらの声が続く。
「俺らは昔、奴隷で、俺は貴族に買われ、妹は娼館へ売られた。最初はずいぶん汚い仕事をさせられた。だが妹を救いたくて、のしあがってやった。のしあがり、やっと妹を迎えに行けると思っていた矢先、あいつに奪われ、殺されてしまった」
苦しい告白が続く。でもなんとなく理解した。
「ユリウスがそいつを殺す前に、グレイヴが殺したんだろ? それで秘密を契約とした——違う?」
びっくりした顔で僕を見たユリウスは、ゆっくり表情を崩し、いつものゆったりとした表情になった。
「契約事項は秘密なのだが、アルはさすがだな」
ゆっくり髪を撫でられるのが好きだ。ユリウスには幸せでいてもらいたい。
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