13

 このバカバカしい行いに、どこまで付き合えば良いのか考える。全てを潰すことは容易い。だけど奴隷たちに咎はないし、正攻法とは言えないけれど、奴隷を正しく使う者も存在する。ユリウスのように自力で運命を切り開く者も。


 いつかは裁かれるべき行為だとは思うけど、僕には関係がない。これは僕の国の話ではないし、ここで僕が全てを壊せば、国の迷惑になるかもしれない。


 とりあえず、買われておこうと思う。ひとまず目星は立った。気配も覚えた。アルには悪いけど、もう少し待ってもらう。


 奥に連れて行かれて、高そうな服を着せられ、別の棟へ連れて行かれた。


 部屋に通され、焼印の用意がされているのを知る。その奥に僕を買った男がソファに座り、赤く芳醇な香りのする酒を飲んでいた。


 女が接待をしていて、男が焼印を用意していたのだけど、彼は人払をした。


 僕の腕に嵌められていた手枷を外して、男も女も、彼に敬う態度を示して、部屋を出て行った。


 笑える。

 いったい幾ら払ったの? それとも形だけ?


「そんなに僕が欲しかったの?」


 そう言うと酒を飲んでいた手が止まり、困った表情がこちらを向く。


「俺に敵対するという意味はこれか?」


「まさか、違うよ、普通に人を殺して、ユリウスに追われる立場になるのかな〜って思ってたのに、なんだろう、これ?」


 ゆっくりユリウスに近づいて、目の前に立った。


「僕に焼印を押す?」


 そうしたらユリウスとお揃いで、アルと一緒になるよ。


「しない、俺にはできない」


 残念、お揃いじゃないね。


「幾ら払ったの?」


「肉を1年分くらいかな」


「肉を買いなよ」


 勿体ない。肉だったら僕が食べたのに。

 ユリウスが小さく笑い声を出した。


「アルが谷から持ち帰った獲物の三分の一だ。大した金額じゃないよ」


 え? 勿体ない。肉、食べたい。


「僕のことは? 買ってどうするの?」


 ユリウスに近づいて、膝の上に向かい合わせで座る。何を言うのか楽しみだった。


「別に、何も。——ただ、買った者の身を守ってやっただけだ。アルは買った相手が俺ではなかったら、喰ってただろ。俺だったら一発殴られるくらいで済むかと、ね」


「一発殴ったら死ぬよ?」


 ユリウスの胸ぐらを掴んで、至近距離で見つめる。なんだろう? 笑えて来るよ?


「……そうか、では小突く程度にしてもらおうかな」


 至近距離の僕に怯むでもなく、自然に、受け入れるようにして、困った顔をしている。うん、やっぱりユリウスは豪胆だ。人にしては珍しい。


「なんだか嬉しい、なぜかな?」


「さて、どうかな。俺の死期は延びたのだろうか」


 少し力を入れただけで、ユリウスの襟から胸元までのボタンが弾けた。見えたのは掻きむしった痕と黒揚羽蝶。


「これ、アルと一緒だよ」


 黒揚羽蝶を舐め上げると、ユリウスが肩を揺らした。


「……そうか、アルもローデンシュタインの奴隷だったか」


 掻きむしった跡も舐める。痛むのか、ユリウスが小さく息を飲んでいる。


「これ、奴隷を意味しているんだと思ってた。そうか、この家を示すものだったんだね」


「残念なことに、俺は当主の奴隷で、今は当主の養子だ」


「よくあること?」


「いや、珍しいな。俺が当主の気に入りで、戦いに向いた体と力を持っていたからだ。運が良かったのかもな」


「辱めた相手を父と呼ぶのに?」


 そう言ってユリウスを見れば、諦めがそこにあった。


「……アルが羨ましい」


「喰って欲しい?」


 ユリウスの目を見つめる。

 ユリウスは熱っぽい視線で返して来た。


「おまえに喰われたい」


 アルと同じように、僕に喰われて想いを託したいと? ふふって笑ってしまった。そうしたらユリウスは傷ついた顔をする。


「ダメだよ、ユリウス。僕はユリウスが好きだからね、僕の帰る場所でいて欲しいよ。——だから、ね」


 ユリウスの胸に指先を這わせた。傷による炎症の熱は引き、ザラザラとした焼印の凹凸もない、滑らかな指触りになった。


「僕の印を付けても良い?」


 ユリウスのシャツをはだけ、ユリウスの承諾なしに、首筋を舐め、歯を立てた。

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