3

 何者だって聞かれても、どう答えて良いのかわからない。


 やっぱり竜に好かれるのは無理みたい。


 城壁を越えて、竜の気配がする方へ向かった。綺麗に刈り込まれた生垣の道を越えて、女神の像が立つ噴水を通り抜け、丸いアーチを描く渡り廊下を進み、城の裏手へ行く。


 城の真裏には教会があって、その左右に四角い建物が建っている。さらに奥へ進むと動物のにおいがして来て、飼葉を納めた建物や馬小屋があった。馬には興味がない。あの子も気にしていないみたい。


 竜の居場所は王城の城壁内にはなく、北の山脈の中にある、湖の畔なんじゃないか。竜が王城裏に降りるのは、竜騎士を城に送るためで——城の裏庭に簡易な竜止めがあって、そこに一頭の竜がいた。鱗の色は月明かり程度の明るさでは判別出来ない。大きさはどうなのかな? 思ったよりも小さなと思うのは、屋根の上から見下ろしているから?


 城の廊下の屋根に乗り、中庭の芝生の上に座って眠っている竜を見下ろしている。今は気配を消しているから竜も落ち着いているけど、消したままでは近づけない。


 どうしたものかと考え、辺りをキョロキョロ見回したけど、人の姿は見えない。


 うーんと考えて、わからないから、竜の前に飛び降りてみた。


 ビクッと体を振るわせた竜が首を擡げる。的確に僕の位置を把握して咆哮をあげようとしたけど、静かにってお願いした思念が伝わったみたい。


「竜騎士になりたいんだけど、どうしたら良い?」


 竜の鼻先が僕の頭の上にある。

 フースーと匂いを嗅がれて、くすぐったい。僕の目から涙が溢れた。僕の中のアルが泣いている。


“人を喰ったか”


 竜ってそういうの、匂いでわかるの?


「僕はアルだよ。竜騎士になりたい人だ。竜に気に入られたら竜騎士になれるって聞いたから、君、僕を気に入らない?」


“何の為に、なぜ竜騎士を望む。おまえは人ならざる者だろう”


 ううん、と首を振る。


「僕はアルだよ。アルの望みを叶えるのが僕の使命さ。だから竜騎士になるよ」


「それはどういうことかな?」


 僕の背後から声が聞こえる。

 とても落ち着いていて、大人の男の低い声で、僕は気配を読んでいたから驚きもしなくて、ただ振り返った。


「この竜の契約者? 僕はアルだよ」


「俺はユリウス・ローデンシュタイン、この竜の相棒で、竜騎士の長を賜っている」


 竜騎士長だというユリウスは、僕から距離を取って足を止めた。本能的に僕を警戒しているみたい。それは正解なんだけど、今はただの人でアルだ。犬を食べたのがまずかったかな?


「竜騎士長さんって、竜に好かれて竜騎士になったって聞いたよ? ほんとう?」


「うん、まあ、そうだな。だが元は一般騎士だ。さほどの夢物語ではないよ」


 僕から距離を取ったまま竜に近づいたユリウスは、竜の首筋に手を当てて、竜を労っている。目を細めた竜の表情が柔らかく見えた。


「良いな〜どうやったら竜騎士になれるの? 学校は行きたくないんだ。じっと座ってるの、出来ないし、剣を持つのも苦手」


 僕は困ったと伝える為に首を傾げた。


「人を害する気はないのか? 見たところは普通の子供だが、どうにも信用できん」


「うん、大丈夫、僕はアルだよ。アルが人として死ぬまで、僕はアルだよ」


 ユリウスは、その青く澄んだ目で僕を見つめて来て、竜と視線を合わせてから、もう一度、僕を見た。


 そうか、ユリウスはすごいね。人と竜は会話が出来ないと思っていた。ユリウスは今、言葉に出さず、竜と会話をしていた。僕がどういう存在か、どう扱ったら良いのか、何が最善かを。


「わかった。まずは見習いからだ。アルを気に入る竜が現れるかどうかはわからないが、まずは竜の世話をしてみると良い」


「うん、それは良いね。気に入ったよ」


 僕がそう言うと、ユリウスは近づいて来て、手を差し出して来た。


 握手かと思って手を出したら、上腕に座らせるように抱え上げられてしまったよ? これは初体験。視線が高くなって面白い。


「竜舎へは明日行こう。今日は私の部屋の寝台を貸すよ。風呂は? 入る習慣はあるのかい?」


 乗せられたまま王城の廊下を進んで行く。


「なぜ乗せられてるの?」


「ん? グレイヴが、俺の竜が、君を逃すなと言うものだからね」


「逃げないよ?」


「ああ、そうだね」


 ユリウスに僕を下ろす気はないらしい。城の中に入ると、警備の兵とか侍女だとかが働いていて、ユリウスが僕を抱えているのを見て驚いているけど、それを飲み込んで廊下の縁に寄り、視線を下げて通り過ぎるのを待っている。


 みんなユリウスが怖いのか、動かずにじっとしていて、ユリウスの姿が遠くなってやっと動き出す。人の作法はわからない。もしかして覚えないとダメなのかな? それはものすごーく面倒だ。

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