第21話 それぞれの道

 

 

 アルとノイは密かに世界の危機を救っていたが、誰もそれを知る由が無かった。ツクヨもそんな事実に興味が無かった。世界とは自身の知らない他所の他人のおかげで成り立っているのかもしれない。


 そんな世界の中心の舞台であった『グレグラ火山』から少し離れた寒さ厳しいツンオク寒冷地帯のロフィートの街。その街の冒険者ギルドの裏手にある『イル・サンサーナ神殿』の一室。テーブルには羊乳を温めた物が一杯に注がれたコップが二つ並べられていた。


 その内の一つを赤毛の男が口を付け、冷えた体を温めた。向かいに座っている女はその様子を静かに見守り、自然と口から言葉が零れ出た。


「ノーヴァ兄さん。相変わらずね。この街に帰って来て暫く経っているのに、今日やっと私に会いに来てくれた」


「すまない、ノトゥーラ。暫く魔物討伐に忙しくて訪ねる暇が無かったんだ」


「ううん、分かってる。ノーヴァ兄さんぐらい強い冒険者は貴重だからね」


 ノトゥーラもテーブルの羊乳入りのコップを両手で優しく持ち上げ、口を付けた。薬味と一緒に煮込んだとはいえ、羊乳の独特の臭みは完全に消えていなく、少し口内から鼻腔にかけて不快な空気が流れた。


 兄妹は暫し、久しぶりの再会の感動を静かに分かち合った。


 しかし、楽しい気な雰囲気から一転。ノトゥーラが静かに少し声のトーンを落としてノーヴァに問い掛けた。


「ノーヴァ兄さん・・・・・・・・・・ まだノーリィ姉さんを追いかけてるの?」


「――――ノトゥーラ、アイツの事を姉と呼ぶな」


 ノーヴァは静かに、しかし、力強くノトゥーラを厳しい表情で見つめた。


「ご、ごめん。でも、もうあの人を追いかけるのを止めたの? この街に帰ってきたって事は、ね?」


 ノトゥーラの顔が少し明るくなり、期待を込めてノーヴァに再び問い掛けた。


「いや、俺はまだ諦めていない」


「じゃ、どうしてこの街に帰って来たの?―――――っまさか?!」


「そのまさかだ。アイツがこの国に帰って来た。しかも、事もあろうにこの街の近辺で目撃された情報が俺の元に入ってきた」


 ノトゥーラは口元を手で押さえ、悲痛に顔を歪ませ視線をテーブルに落とした。ノーヴァはそのノトォーラの表情を見て、心が締め付けられる思いがした。


 ノトゥーラは視線をノーヴァに戻し、躊躇いながら、言葉を紡いだ。


「―――――やっぱり、ノシーラには伝えないの? あの人の事は?」


「あぁ、アイツの事はノシーラが生まれる前の事だ。余計な心配をさせる必要はない。俺が全て片付ける」


 ノーヴァの瞳は遠くを見据えている。ノトゥーラは全て一人で抱え込もうとするノーヴァが心配で仕方なかった。


(もう叶わない夢かもしれないけど、ノーリィ姉さんが私達の元へ帰って来て、家族四人で仲良く暮らせる日が来ることを願わずにはいられない・・・・・・・・)


 夜のロフィートの街は今日も冷え込んでいる。それは人々の気持ちまで凍えさせるような氷獄から吹く地獄の風のようであった。





 🔶





『グレグラ火山』の山道には殆ど草木は生えておらず、岩肌が剥き出しになっている。その殺風景な雰囲気と火山からの熱風により、冒険者の精神を削っていく。職業加護を授かった人からすると山道をただ登るのは容易い。しかし、そこに魔物が加わると厄介である。


 ゴッツ一行はそんな『グレグラ火山』の山頂付近まで登って来ていた。アルとノイの依頼で溶岩蜥蜴ラージサラマンダーが残した巨大な溶岩の塊を回収しに来たのだ。


 ゴッツは荷運び用の人手を数人と護衛用の冒険者を雇っていた。それだけの費用コストを掛けてでも回収したい素材であった。


 実際のその巨大な溶岩の塊を見たゴッツは驚嘆の声を漏らした。


「すげぇなぁ、実際間近で見ると、その迫力に圧倒されるぜ・・・・・・・・・」


「なぁ、ゴッツさん。これって何に使えるんだ?」


 荷運び役の男の一人がゴッツに声を掛けた。


「あぁ、これは主に武器に使われるか、鍛冶店の工房の炉に用いられる。素材自体が高温すぎて一般の魔法アイテムに転用するのは難しい」


「へぇ~、そうなのか」


 男は質問した割には興味なさげにゴッツの答えを聞いていた。


「特に炉に使いたい素材だな。武器の素材によっては溶かしにくい物もあるが、これがあれば大概の素材を加熱加工出来るからな! これがあれば魔法の武器、防具も製作出来るぜ!」


 ゴッツは興奮気味に説明しているが、質問した男はゴッツの熱に押され、若干顔を引きつらせている。恐らく、質問した事を後悔しているのだろう。


「よし! 野郎ども! 早速これを持って下山するぞ! 道中油断するなよ! アルとノイの報告では山道でも魔物が出たそうだからなぁ!」


 ゴッツは男達に指示をし、荷運び様の魔法の布の上に巨大な溶岩の塊を乗せ、その布の両端の太い丸太を持ち上げて運び出した。


 山頂付近は人間には過ごしやすい気候であったが、下山するにつれて、火山からの熱と運んでいる真横にある溶岩の塊から発せられる熱によって、男達は大粒の汗を掻きながら、苦痛に顔を歪めていた。


 先導しているゴッツだけは涼しい顔をしていた。荷運び役の男達は一様にゴッツを恨めしそうに睨んだが、誰も文句が言えなかった。





 🔶





 『ザラス鍛冶店』は今日も客の入りが悪い。外観も内観も見栄えが悪く、商品を乱雑に陳列しているなど論外であった。しかし、ここの店主はそんな事は微塵も気にしていなかった。


 しかし、そんな堅物である『ザラス鍛冶店』の店主ジョーには最近良い事があった。その事で彼は少し浮足立っており、その為意欲的に鍛冶作業に取り掛かっている日々を過ごしていた。


 そんな中、いつものタイミングで『ザラス鍛冶店』の扉の鈴が鳴った。ジョーはそれを聞いて、少し嫌な予感がした。


「ジョー、今日もお客さん全然入ってないじゃない? その内閉店しちゃうわよ?」


「またか、サラ。お前の方こそ店はどうしたんだよ? すっごい繁盛しているって聞いてるぞ? そっちに行かなくていいのかよ?」


 ジョーは来訪者がサラだった事に驚かなかった。彼女は連日『ザラス鍛冶店』を訪れていたからだ。そして、浮足立っていた気分に水を差す人物でもある。


「あっちは大丈夫よ、優秀な後輩達に任せてるからね。それに今や私は職業加護『大錬金術師』になったからね♪」


 サラーシャは右の人差し指と中指のみを立てて、Vの字を作った。


「はぁ~、それはおめでとうさん。 その『大錬金術師』様がこんなボロ鍛冶店になんの用で?」


 皮肉たっぷりに返答するジョーであるが、先のサラーシャの発言がジョーには嫌味にしか聞こえなかったし、耳にタコが出来るくらい何回も聞いていた。


「いや~、職業加護の『戦士』から『鍛冶師』になれたジョーのお店がどうなってるか気になってねえ~」


 ジョーは念願の職業加護『鍛冶師』になれたのだったが、サラーシャがその上の『大錬金術師』になった事が気に入らないのであった。


「クソっ、馬鹿にしやがって! ―――――俺は商売の才能はねぇよ。いくら職業加護が『鍛冶師』になったからってそんなにすぐに客なんて来るかよ!」


 ジョーは更に不貞腐れる。それを見たサラーシャは観念し、語気を強めた。


「もう! 分かったわよ! この際だからはっきり言うわよ! ―――――私と一緒にお店をやらない?」


「はぁ? お前何言って・・・・・・・・・」


 ジョーは呆気に取られたが、言葉を言い淀んだ。サラーシャはいつになく真剣な顔していたからである。


鬼火プラズマのカイトシールドを使ってアルが活躍すればジョーと私の評判も上がるし、それに一緒に魔法の武器を製作してそっちにも興味が沸いたし、今まで製作していた魔法アイテムは別に何処でも作れるけど、武器、防具に関してはそうはいかないから・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・」


 ジョーはサラーシャがそんな提案をしてくるなんて露ほども思っていなかったので、回答に困って、固まってしまった。


「そ、それにアルとノイが溶岩蜥蜴ラージサラマンダーの溶岩の塊の一部をここの炉の強化の為にくれるんでしょ? なら、尚更私みたいな優秀な『大錬金術師』が必要でしょ?」


 サラーシャは少し恥ずかしそうに頬を朱色に染めながら共同で店をするメリットを並べた。


 ジョーはその重たい口を開いた。


「分かった。サラがそこまで考えているなんて思わなかったけど、サラの提案は理にかなっている。だたし、俺に金はないぞ?」


「はぁ~、女々しい男ねえ。それじゃ先行き不安だわ・・・・・・・・・」


 サラーシャはジョーの発言に肩をすくめた。


「なっ!? お、お前が提案して来たんだろ? 何が、「先行き不安だわ」だ! それに自分で優秀とか言って恥ずかしくないのかよ?」


「う、五月蠅いわねぇ! 実際あなたより優秀だし!」


「―――――ぐっ、何も言い返せねぇ・・・・・・・・・」


「とにかく、共同経営は了承してくれたって事でいいんだよね? お金の事は心配しなくていいし、外装や内装ももっとお客さんが来るように私がアレンジするからね!」


「―――――もう好きにしてくれ」


 ジョーはサラーシャの押しの強さに遂に観念した。近い内に温泉の街『プベツイン』に新たな魔法鍛冶店が一世風靡するであろう。





 🔶





 ルビー色の宝石が生クリームの上で輝いている。ノイはそれを満面の笑みとキラキラした瞳で見つめている。


 ノイが見つめているそれは苺のパフェ。この地域で採れたそれ以上でもそれ以下でもない苺がそれの上に乗っている。


 アルとノイは温泉の街『プベツイン』の大通りに面している四差路の角のテラス席に座っていた。


 ノイはその宝石が乗っている至福の食べ物を一口含み、その表情を破顔させた。


「ん~~~~~。 ―――――最高っ」


 ノイは頬を朱色に染めながら恍惚の笑みを浮かべていた。アルはそんなノイを微笑ましく見守っている。


 今この瞬間を生きるノイと違ってアルは世界の行く末について憂いていた。


(地竜リュドウグラの言葉は相当に重い。厄災に関しても、あの全身白ずくめの男の言葉にしても・・・・・・・・・分からない事が多すぎる。ノイの話では『魔人』についても語られていたらしい・・・・・・・・・ 俺は今後どうすべきなのか? ―――――俺は果たしてノイを守り通す事が出来るのか?)


 アルが思考の海へ深く潜り、答えなど出るはずもない自問自答を繰り返す。すると、視線を落として考え更けているアルの目の前にノイの顔が至近距離で現れた。


「アル君? 何難しい顔してるの? 折角の休みをそんな顔で過ごすなんて勿体ないよ?」


 ノイは常に心休まらないアルを心配して声を掛けた。アルの目の前に生クリームが乗ったスプーンが差し出されていた。


「これすっごく美味しいよ。食べてみて!」


 ノイはそのスプーンをアルの口元へ押し付けた。アルは相変わらず強引なノイに呆れつつ口を開いて、そのスプーンを頬張った。


 アルはそれをノイの優しさと一緒にしっかり噛み締め、


「あぁ、ありがとう。ノイ。美味しいよ」


 アルは素直な気持ちをノイに伝えた。アルはこんな平和な一時が永遠に続く事を願った。このノイの笑顔を守りたい。失いたくない。アルは改めて強い決心をした。


 ノイもアルとの何気ない幸せを嚙み締めつつ、この時が永遠に続く事を願わずにはいられなかった。


 ノイはもう一度アルに微笑みかけた。この世に永遠に変わらない物事など無いのかもしれない。しかし、アルはその笑顔が永遠のモノに思えた。





 🔶





 白い影は自らの居場所に戻っていた。今回の『グレグラ火山』の戦闘には考えさせられるモノがあった。しかし、白い影はある程度それに納得していても、このままで済ませる気はなかった。


「あら? シワスじゃない? どうしたの? 自慢の白い外套がボロボロよ?」


 白い影改め、シワスに声を掛けたのは、何処か妖艶な雰囲気を醸し出している美女であった。しかし、それと同時に隠し切れない程の歪なナニカが溢れ出ていた。


「―――――ムツキか。 オマエのしょうもない依頼のお陰でとんだ目にあった」


 シワスは恨めし気にムツキを睨んだが、内心そんな事はどうでもいいと思っていた。シワスの懸念事項はそんな事ではなかった。


「な~に? アナタ程の実力者に熟せない事なんてあるの?」


 ムツキはさも当然と言い放った。そのムツキの物言いに対してもシワスは冷静に返した。


「地竜に遭遇した。そして、恐らく、その加護を受けた者達と刃を交えた」


「へぇ~、地竜ね。それで? ちゃんと仕留めて来たんでしょ?」


「いや、その者達に阻まれ、こんな恥ずかしい醜態を晒した」


 シワスは自身の体全体を晒すように、両手を広げた。それを聞いたムツキは驚愕した。


「多勢に無勢って訳? アナタ程の実力者を退ける存在は看過できないわね」


 ムツキもシワス同様に険しい表情になる。シワスは『深淵の使徒アビスワン』の中でもトップクラスの実力があった。それは他の優性機号ナンバーズも認める所だ。


「今回はこんな醜態を晒したが、次にヤツらに会ったら、今回の借りはきっちり返すつもりだ」


「期待してるわよ。ワタシ達には重要な使命があるのだから。―――――それよりも今はそのボロボロの外套を脱いだら? 新しい予備があるわよ」


 シワスはムツキに促され、着ていた外套を脱ぎ捨てた。素肌が露わになった彼のその背中には大きな十字の傷が背負われていた。それは過去の深き業なのか? それともこれから起こる不吉の表れなのか? それは誰にも分からない。ただ、彼らは歩みを止めない。この世の万物がそうである様に。





 🔶





 向かいからの風、後方からの風。何処かへ続く街道には縦横無尽の風が吹き荒れていた。そんな街道には誰もいない、一人の人物を除いては。


 かの人物は黒い装束に黒い艶やかな長い髪、脇には漆黒の鞘に納められた刀を携えている。白面に覆われたその顔には何処か物悲し気な雰囲気を纏っていた。


 ツクヨには明確な目的はない。


 ただひたすらに歩みを止めない。


 彼女はアルとノイと出会って何かを感じた。


 それは彼女が求める答えな様な気がする。


 地竜リュドウグラの言葉をひたすらに反芻する。


 ―――――を救う者が現れるであろう


 それの意味は正確に理解出来ない。


 ただ、生きる事に希望がなかったツクヨにとってそれは大いなる意味を持つ。


(ワタシは何処から来て、何を成し、何処へ行くのだろう・・・・・・・・・・)


 漠然と考える。縦横無尽に飛び交う風の如し、ツクヨの心は行き先を失っていた。ただし、絶望はしていない。絶望の先に未来などない事を知った。

























 あとがき


 これにて第三章完です。ここまで読んで頂きありがとうございます。


 第一章と第二章を合わせた文字数を超える第三章になりました。


 第四章はいつもの如し、新キャラです。


 アルとノイとツクヨは登場しない予定です。


 伏線をばら撒くのは楽しいですね。それらが線で繋がる時など至福の時です。


 全部回収出来るとは限らないですが(^_^;)


 それでは第四章でお会いしましょう。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る