第7話 右大蟹【ラージシザークラブ】

 


 記憶の中の幼いワタシはまた泣いている


 汚くボロボロの木で出来た小屋に幼いワタシと男がいる。


 男は幼いワタシの手を乱暴に掴み、小屋の奥へと連れて行く。


 雑巾を手に持ち、汚れた床を泣きながら拭く幼いワタシ。


 傍らでは男が仲間の男と言い争っている。


 その怒鳴り声が怖くて、幼いワタシは震えている。


 泣いても何も解決しない。でも、涙が溢れてくる。どうしようもなく溢れてくる。


 幼いワタシはどこにいるのかも分からない・・・・・・・・


 を拭いているのかも分からない・・・・・・・・


 分かっている事は、ダレもワタシの手を優しく触ってくれない・・・・・・・・













 🔶













 『灰と虹の森』の3番の入り口にロイ一行がいる。『灰と虹の森』は何処からでも入る事が出来るが、冒険者用の目印として幾つか番号を書き記した看板を杭で打ち込んでいた。待ち合わせにも使えるし、多少の攻略の助けにもなる。


 3番は比較的水属性の魔物が出やすいとされている。ロイ達にとっては都合が良かった。


 ロイとウィルとライラが3番に到着して間もなくツクヨもパーティーに合流した。


「よし!! 全員揃った事だし、早速出発しよう!!」


 ロイが先陣を切って、皆を先導する。ロイがこのパーティーのリーダーを担っている為だ。新参者のツクヨもロイに従う。ロイはドンドンと森奥へと進んでいく。


 すると、目の前に超躍兎スーパートビウサギの群れが現れた。超躍兎スーパートビウサギは体長30~40センチの魔物の中では比較的小さな部類になる。しかし、後ろ脚が異常に発達しており、跳躍力とそのキック力は侮ることは出来ない。ロイは皆に指示を出す。


超躍兎スーパートビウサギは統率がとれるような魔物じゃないから、みんなそれぞれ各個討伐で頼む。ただし、ライラはウィルの援護を頼む。危なくなったり、状況が一変するような事があったら直ぐに知らせるように!!」


 ロイの指示に皆頷き、従う。バラバラに襲ってくる超躍兎スーパートビウサギをそれぞれの戦闘スタイルで対応した。


「はああああぁ!!」


 高速で跳躍してくる超躍兎スーパートビウサギを躱しながら、短剣で超躍兎スーパートビウサギの首を切り刻んでいくライラ。彼女の職業加護は『スカウト』である。魔物の追跡や、奇襲攻撃を得意としているが、素の戦闘能力も高い。特に敏捷性が高く、超躍兎スーパートビウサギの様な防御力が高くない魔物の相手は得意であった。


 ライラは超躍兎スーパートビウサギの死骸の山を築いていき、それらは気が付けば小さく霧散していった。その隣で、同じく短剣で超躍兎スーパートビウサギの相手をするウィルがいる。彼の職業加護は『魔法使い』だ。『魔法使い』はその戦闘スタイルは大味であり、超躍兎スーパートビウサギの様な小型の魔物を複数相手にするのは得意ではなかった。彼が真価を発揮するのは中型以上の魔物相手である。


「ありがとう、助かるよ。ライラ」


「いいってことよ! その代わり大型が出たらウィルに任せるわよ!」


 そう言うとライラはウィルにウインクした。ウィルとしてもそれは承知の事だ。


「フンッ!ハッ! よっと!」


 余裕の表情で次々と超躍兎スーパートビウサギを討伐していくロイ。彼の職業加護は『戦士』。攻守に共に優れ、小型から大型まで対応可能な万能型だ。ロイは周りの超躍兎スーパートビウサギを討伐し終えると、ツクヨが気になり、彼女の元へ向かおうと振り向こうとすると、


「こっちは終わったわ」


 そこにはツクヨがいた。彼女は周りの超躍兎スーパートビウサギを討伐し終えたらしい。ロイは少しツクヨの討伐の早さに驚く。


「お、おうぅ、そうか、随分早いな。怪我は無かったか?」


「大丈夫。向こうのライラとウィルも討伐し終えたみたい」


 ロイがツクヨの指差した方を見ると、ライラとウィルもロイ達の元へ向かっていた。周りには超躍兎スーパートビウサギは見当たらず、全て倒し終えたようで、ロイは少し安堵する。


(それにしても、ツクヨの討伐の早さが気になる・・・・・・・・ 一応パーティー加入の際に、少し剣を交えたが、俺とそこまで実力差があったとは思えないが・・・・・・・・・ 前回の討伐遠征でも特に目立った事は無かったはずだけど・・・・・・・・ 偶々彼女の周りだけ超躍兎スーパートビウサギが少なかったのか?)


 ロイが少し思考の海へと潜る。絶命した魔物は総じて小さくなって霧散し、跡形も残らない。特に超躍兎スーパートビウサギは素材となる物を残さないので尚更、ロイの疑問は解けなかった。


「あ~あぁ、超躍兎スーパートビウサギは素材が手に入らないから、ただ疲れただけねぇ。ねぇ?ロイ?」


「あ、あぁ、そうだなぁ、ライラ。でも、これも『灰と虹の森』を攻略する上では避けては通れないことだからねえ」


 ライラの問いかけにより、ロイはツクヨに対する疑問の解決を諦めた。ロイは皆に少し休憩するよう提案し、皆もそれに同意したので小休憩を取ることにした。


 時間は正午頃。森の中だが太陽が真上に昇っているのが木の葉の隙間から窺える。帰りの時間も考慮しなければならず、今の所明確な収穫が無い事に焦るロイ。リーダーであるから、皆の命を優先する事を考慮するのは当然として、その上で報酬の事まで頭を回さなければならないのが、リーダーであるロイの頭の痛い悩みであった。


 しかし、焦るロイとは裏腹に時間はゆっくりではあるが、確実に進んでいった。





 🔶






 ヴァモカナ小国はその特性上、周りの国々との貿易が盛んに行われている。その為、各国の国境付近から城塞都市ツバルまでの街道は綺麗に整備され、荷物を運ぶ馬車が安全に通れるようになっている。


 その安全なヴァモカナ小国の南の国境付近のとある場所。灯台下暗し、得てしてこういった場所は犯罪組織の隠れ蓑にされ易いのである。


 薄暗い一室に小太りの男が豪華な椅子に腰掛けている。部屋の装飾は悪趣味な物で、見る者が見れば吐き気を催すかもしれない。それらの悪趣味な装飾の一画に大量の酒が並べられた棚があった。大麦を蒸留して作られた多種多様なウイスキーだ。銘柄がそれぞれ違い、この男がウイスキーに強いこだわりを持っている事が窺い知れる。


 ふと気づくと、その部屋にはその小太りの男だけかと思えば、部屋の角に1つの人影が浮かんだ。


「ボアの旦那。例の女に接触してきた」


「そうか、ご苦労。では、次の任務を授けよう」


「1ついいか? 何故接触する必要があった?」


「う~ん? あまり詮索されるのは嫌いだが、信頼を築く意味合いで答えてあげよう。ただの私の趣味だよぉ」


「・・・・・・・・趣味?」


「そうだ。ただ何も知らずに殺されるんじゃなくて、私が背後に居ると知って、後悔しながら死んで欲しいぃんだよぉ。グフフフ」


 ボアと呼ばれた小太りの男は気持ち悪い笑みを浮かべた。その人影は彼の答えを理解する事が出来なかった。


「所で、君の名前はなんて言ったかな? いや、製造機号コードネームか?」


「『クロ』だ。覚えてもらう必要もない」


 その人影は『クロ』と名乗った。全身黒ずくめで表情は窺えない。


「まぁ、そう言うな。これから長い付き合いになるかもしれないだろ」


「話を逸らして悪かった。次の任務の依頼はなんだ?」


「そうだね。まず、これを受け取ってくれたまえ」


 ボアがそう言うと片手を差し出して、あるモノをクロに渡した。


「これは?」


「それはある錬金術師に作らせた特性の霊薬だよ。効果は魔物の狂暴化だ」


「狂暴化? そんな事が可能なのか?」


「あぁ、君もある錬金術師の噂を聞いたことがあるだろう? 帝国でマッド・アルケミストと呼ばれ、死刑になる寸前で逃亡したあの男の事を・・・・・・・・」


「―――――何? ラス・コニラか?」


「そうだよ。通称『死のラス』。彼の霊薬の実験にされた被験者は数知れずだよ」


「なるほど。お前がその被験者を提供していたってわけか」


「フフン。鋭いねぇ。まぁ、私の事業を知っていれば誰でも分かる事だけどねぇ。さぁ、無駄話はこれぐらいにして、早速あの女を始末しに行ってくれ。その注射器は対象に打ち込むだけで大丈夫だよ。刺さった後は魔法で勝手に中の霊薬が魔物の体内に入る仕組みになっている。君の腕なら余裕だよねぇ?」


「あぁ、それぐらいなら造作もない。では俺は失礼する」


「あぁ、良い報告を期待して待っているよ」


 ボアはその小太りな体躯を深く椅子に沈め、下卑た笑みを浮かべながら、物静かにウイスキーを飲み干した。





 🔶





(クソッ! 運がないなぁ・・・・・・・・)


 ロイは心の中で嘆息した。目の前の状況と、今日の『灰と虹の森』攻略の成果の悪さに嘆いた。ロイ達一行の目の前には大きなカニがいた。『右大蟹ラージシザークラブ』である。


(こんな魔物見たことも、聞いたこともないぞ)


 右大蟹ラージシザークラブは右手のハサミが異常に発達しており、爪だけで長さ3メートル程ある。右手のハサミのリーチが長く、『戦士』であるロイは中々懐に入り込めずにいた。刀を扱うツクヨも同じ状況だった。


 遠距離攻撃が出来るライラとウィルも苦戦していた。ライラの弓では右大蟹ラージシザークラブの堅い外殻は貫けず、弾かれてばかりだ。このパーティーの中で最高火力であろうウィルも相手が水属性の為、有効打に欠ける。


 ウィルは水属性と氷属性の魔法が使える。彼の水属性魔法は攻撃は勿論の事だが、補助魔法としても優秀であった。仮に、右大蟹ラージシザークラブが水属性の攻撃をしてきたら、ウィルの魔法で吸収する事が出来る。しかし、右大蟹ラージシザークラブはバリバリの脳筋であった。


 なおかつ、ウィルは氷魔法が水魔法より苦手であった。大きな隙が出来ればウィルの使える中での最高火力の氷魔法を唱えるが、苦手な氷魔法は燃費が悪く連発が出来なく、無駄撃ちは出来ない。ウィルは何とかロイとツクヨに大きな隙を作って欲しいと頼んでいた。


(このままじゃ後手に回ってばかりで、皆共倒れになる可能性があるなぁ・・・・・・・・・・ まぁ、俺の身体能力ならいけるだろう!)


 ロイは意を決して、皆に指示を出す。


「俺がヤツの懐に飛び込んで隙を作るから、それに合わせて特大の氷魔法をお見舞いしてくれ! ウィル!!」


「あぁ、任せてくれ!!」


 ウィルの頼もしい返事を聞いたロイは一気に駆け出した。ツクヨが右手のハサミの注意を逸らしてる間に、ロイは右大蟹ラージシザークラブの懐へ潜りこんだ。


(よし!やった!! これでヤツの足を切りつけて体勢を崩せば、大きな隙が作れる)


 無事に懐へ潜り込めた事に安堵したロイの耳にライラの叫び声が聞こえる


「ロイ!! 危ない!!! 左上よ!!!!」


 ロイがその叫び声を理解する時には既に遅かった。右手のハサミより短い左手のハサミがロイの頭上まで迫っていた。


 右大蟹ラージシザークラブは右手のハサミで中距離攻撃をし、それを搔い潜って来たターゲットを左手のハサミで仕留めると言う常套手段を持っていた。ロイはこれにまんまと嵌ったのである。


(クソッ! 間に合わない)


 楯を構えようとするロイだが、間に合いそうにない。しかし、右大蟹ラージシザークラブの左手のハサミは寸前の所で軌道を変え、ロイの右の地面を抉った。


 状況が理解出来ないロイ。そのロイの状況を俯瞰的に見ていたライラ。ロイの指示で特大の氷魔法に集中していたウィル。


 ウィルは右に大きく傾いた右大蟹ラージシザークラブを見て、氷魔法を唱えた。


「アイシクルランス!」


 中サイズの複数の氷の槍が右大蟹ラージシザークラブへ向かっていく。右に大きく傾いた右大蟹ラージシザークラブはそれを避ける事が出来ず、直撃した。硬い外殻を貫かれた右大蟹ラージシザークラブは右手の大きなハサミだけを残して跡形も無く霧散した。


「や、やったのか? ど、どうなったんだ?」


 酷く混乱したロイにライラが駆け寄り優しく声を掛けた。


「大丈夫だよ、ロイ。あの蟹はウィルが仕留めてくれたよ」


「流石ロイだな。おかげで俺の氷魔法を外す事無く当てる事が出来た」


「えっ? あ、あぁ・・・・・・・・」


 ロイの混乱した頭ではウィルの言っている事が理解出来なかったが、適当に相槌を打った。目の前に残された右大蟹ラージシザークラブの右手のハサミの異様さも相まって、奇妙な雰囲気がロイ達一行に流れた。


 ライラはロイを抱きしめながら怪訝な視線をツクヨに向けるのであった。





 

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