第二章 冷徹残忍

第6話 城塞都市ツバル


 たまに思い出す幼いワタシはいつも泣いている。


 薄暗い光の届かぬ場所で、ほこりと泥と血と精液の匂いに塗れながら泣いている。


 そこは決して抜け出す事の出来ぬ牢獄のよう。


 看守はいない。だが、足が動かない。鍵を開けて扉を開くことが出来ない。


 幼いワタシはいつから泣いているのだろうか・・・・・・・・


 なんで泣いているのだろうか・・・・・・・・


 分からない。


 ただ、分かっている事もある。生きる事は絶望、希望などない。


 それでも私は生きている。分からない・・・・・・・・













 🔶













 ヴァルガルディス王国の南に隣接しているヴァモカナ小国。ヴァルガルディス王国と歴史的に深い繋がりがあるこの国は、決して国土は広くなく、ニル大陸の中でも下から数えた方が早いぐらい小さい国である。


 しかし、国土は狭くとも、国力が低い訳ではない。国土の大半を占める『灰と虹の森』がその理由だ。外観を灰色に染まったその広大な森は、多種多様な魔物が生息しており、その素材を求め多くの冒険者がこの森を訪れる。


 一般的にその土地毎には同系統の魔物が存在し、他系統の魔物は存在し辛い。例えば、火属性を有する魔物と氷属性を有する魔物は共存出来ない。また、ツンオク寒冷地帯みたいな寒い場所には地属性を有する魔物を代表に他系統の魔物はその土地を住処にし辛い。


 しかし、『灰と虹の森』は他系統の魔物が共存し、多系統の魔物の生態系が築かれている。理由は不明だが、人々にとってそれは些細な事でしかない。多系統故に、魔物の素材の種類も豊富に取れ、他の地域では珍しい魔物も多く存在すると言われている。


 一方で、『灰と虹の森』は一辺通りの攻略法は通じず、対応力が求められる。駆け出しの冒険者や少数パーティーは基本的に森へ入る事は推奨されていない。最低でも4人パーティーでベテラン冒険者が2人は必要である。


 その攻略の難しさにも拘わらず『灰と虹の森』には多くの冒険者が訪れる。一攫千金を夢見る冒険者にとってその程度のリスクはリスクとは呼ばない。


 そして、その冒険者達が集うのは、国土の狭いヴァモカナ小国の唯一の街『城塞都市ツバル』。街の周りを立派な城壁で囲まれたその街は魔物の侵入を寄せ付けない。過去、『灰と虹の森』から魔物が溢れ出た記録は無いが、街には当然非戦闘員も住んでいることから、住人の安心を得る為、高い城壁が建てられていた。


 城塞都市ツバルは『灰と虹の森』とそこを訪れる冒険者で成り立っていると言っても過言ではない。その為、街の殆どが冒険者用の店だ。武器屋、防具屋、魔法店、素材屋、酒場、宿屋、公衆浴場、娼館等。様々な店が軒を連ねている。


 その内の一軒。看板には『トーヴ酒処』と書かれている。店内は荒くれ者が集まる冒険者達にしては騒がしくなく、比較的静かであった。魔物が多種多様である様に、冒険者も多種多様である様だ。


 ヴァモカナ小国全体が穏やかな気候と土地であり、農作物の栽培に適しているが、国民の殆どが何かしら『灰と虹の森』に関わる仕事をしていて、農作物は殆ど他国からの輸入に頼っている。しかし、肉好きの冒険者の為に生鮮食品である肉類は自国生産せざるを得ず、牛をメインに放牧を行っている。


 『トーヴ酒処』もその例に漏れず、豊富な牛肉料理がある。香辛料をふんだんに利かせたシンプルな焼料理。青野菜と一緒に煮た牛肉スープ。お湯で煮たオーツ麦の上に薄切りの牛肉と紅玉玉ねぎを甘辛ソースで炒めた物を乗せ、豪快に一緒に食べる丼物。どれも上品な冒険者が訪れる『トーヴ酒処』の客を満足させる料理であった。


 その店内の真ん中のテーブルで食事をしている冒険者パーティーがいる。男2人に女2人の組み合わせ。極々一般的である。フルプレートアーマーを身に着けた戦士風の男の声が聞こえてくる。


 その男は金髪のロングヘアーに目鼻立ちがハッキリとした美丈夫である。体躯も一般的な冒険者にしては華奢な見た目をしているが、立ち居振る舞いから並の冒険者では無い事が窺える。テーブルの横には豪華な装飾が施された鞘とそれに納られた両刃剣、銀色に輝いている派手な楯が立て掛けてあった。


「ツクヨが仲間になってくれて本当助かったよ。なぁ、ウィル?」


 金髪の美丈夫がウィルに話を振った。ウィルと呼ばれた男は藍色の魔法使い用のローブを身に纏い、頭にはローブとおそろいのトンガリ帽子を被っていた。先ほどの美丈夫程ではないが、端正な顔立ちをしている。


「あぁ、本当にそうだな、ロイ。ライラと3人パーティーでは『灰と虹の森』の攻略も思うように進められなかったからな」


「そうねえ・・・・・・・・ 初めはこんな華奢で何処かのお嬢様みたいな綺麗な子、戦力になるかなぁって不安だったけどね」


 最後にライラがロイとウィルの意見に同意した。彼女は深緑色を基調にした布製の軽装に腰に短剣、背中に弓と矢筒を装備していた。銀色のセミロングヘアーに吊り上がった眉尻に高い鼻先、控えめに言っても美人な顔立ちをしていた。


 ライラはロイの隣にピタリと肩を寄せてテーブルに座っていた。その向かいにウィルが座り、その隣にツクヨと呼ばれていた話題の中心人物が座っていた。


「そう言ってくれるのは有難い。けど、あまり馴れ合うつもりはないから、今回の報酬を頂戴」


 ツクヨがにべも無く言い放った。彼女は黒一色の装束に身を包んでおり、その装束はツクヨの体のラインに沿ってピタリと丁度のサイズである為、動きやすそうだ。腰にこの地域では珍しい黒い刀を帯刀している。髪も綺麗な黒色のロングヘアーで後ろ髪は腰の手前まで伸びている。端正な顔立ちをしており、見る者を魅了するような妖艶な雰囲気を醸し出しているが、瞳の奥が酷く冷たく感じられる。


「あぁ、まぁ、追々仲良くしていこうよ。はい、これが報酬だ」


 ロイはツクヨに金銭の入った布袋を手渡した。それを受け取ったツヨクはそのまま店を後にした。ライラはそんなツクヨの立ち去る背中を見ながら呟いた。


「あの子不愛想よねぇ・・・・・・・・ 戦力としては申し分ないとは思うけど、私仲良く出来るか分からないわぁ~ ロイ」


「う~ん。まぁ、気長に待てばいいんじゃないか? 戦闘面で問題があれば追い出せばいいけど、あんなに可愛くて強い子は滅多にいないと思うからねえ、勿体ないなぁ。けど、俺はウィルに期待しているけどなぁ?」


「・・・・・・・・」


「そうねぇ。ロイには私がいるけど、ウィルも結構イケメンなんだし、積極的にいけばあの子もあなたに靡くかもしれないわよ」


「そうなれば、戦力的にも、みんなの絆的にもこのパーティーはもっと上へといけると思うんだ。だから、ウィルにその気があるなら、頑張ってみてくれないか?」


「・・・・・・・・・分かった。善処してみる」


「はぁ、 ウィルってイケメンの割には女性関係疎いよねぇ。同じ女性としてウィルの援護射撃もするから頑張ってねえ」


「・・・・・・・・」


 ウィルはまたも無言の返事をした。ウィルは色恋沙汰を苦手としていたからだ。逆にロイは女たらしで、イケメンの彼に声を掛けられ靡かない女性はいなかった。以前はそのせいでよく問題を起こしていたが、今はライラ一人に落ち着いている。


 ロイとウィルとライラは雑談をしながら、残りの料理を食べ進めた。





 🔶





 城塞都市ツバルは日が暮れた後も賑わいを見せている。超光米搗蟲スーパーヒカリコメツキムシの光袋を光源とした街灯が街道を明るく照らしている。通りゆく人々は重たい鎧を着ていたり、腰や背中にそれぞれの武器を携帯している。


 その人ゴミを縫う様に歩を進めるツヨクの姿があった。足音を殆ど立てないその軽い身のこなしは一朝一夕で身に付くものではない。ツクヨは徐に大通りから路地裏へと入った。


 その路地裏は陰鬱な雰囲気で、人があまり立ち入りそうになかった。ツクヨはその路地裏の途中で歩を止めた。


「いい加減出てきたら? さっきから気付いてるわよ?」


 ツヨクが闇へ話しかけた。すると、そこからぬるりと人影が現れた。


「わざわざこんな人通りの少ない所に入ってくれるなんて親切なヤツだ」


 その人影が不敵な笑みを見せる。全身黒ずくめで顔はハッキリと分からないが、声からして男である事が分かった。


「何の用? ワタシはアナタに恨みやお礼を言われる覚えはないのだけど」


 ツクヨにはその男に見覚えが無かった。しかし、黒ずくめの男は気にせず続ける。


「この前、オマエに拠点を1つ潰された奴隷商のボアの旦那からの依頼だよ」


「ふ~ん。アイツそんな名前だったんだ。それでワタシを殺しに来たの?」


「いや、俺にオマエを殺せるだけの腕前はない。ただ、忠告しに来ただけだ。変な正義感振りかざしている痛い女の子へのね。あんまり調子に乗っているようだと痛い目を見るよ?」


「はぁ、何か色々勘違いしているみたいだけど、言い訳するのも面倒ねぇ。ワタシも降りかかる火の粉は払うわよ?」


「いずれ分かるよ」


 そう言うと黒ずくめの男は闇へ溶け込んでいった。ツクヨは男が消えていった闇をジッと見つめ男の気配を感じなくなると、大きく溜息をついた。






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