第5話 炎と笑顔と別れの歌


 街の中央区画に位置する冒険者ギルドの裏手に存在する建物。それは優美で、壮麗な外観をしている『イル・サンサーナ神殿』であった。冒険者ギルドと密接な関りがある事から同じ区画に建てられる事が多い。宗教的要素が強く、人々のお布施で成り立っている。


 その『イル・サンサーナ神殿』の中の一室にアルとノイは居た。先日受けた怪我と霊薬の副作用を治療しに来たのであった。


 主に職業加護の『治癒師』を授かった者が『イル・サンサーナ神殿』に従事しており、人々の治療を行っている。一応『魔法使い』でも治療は行えるが、治療の精度は『治癒師』より悪い。


「はい、これで治療は終わり。よく頑張ったね」


「・・・・・・・・」


 女性の『治癒師』は子供をあやすようにアルへ語り掛けた。子供扱いさるのが嫌なアルは平静を装ったが、少し顔が赤い。こういった場面をノイに見られたくなかった。


「アル君。黙ってないでお礼言いなさいよ? それに顔が少し赤いよ?」


「あ、ありがとッ・・・・・・・・」


「うん、うん。いい子、いい子」


 頭を撫でてくるこの女性『治癒師』をアルは苦手と感じている。慈愛に満ちた笑顔をアルに向けてくるが、普通の人ならご褒美になるのだろうが、アルにとってはどうも居心地が悪かった。礼を告げたのでそそくさと立ち去ろうとした。


「もう!待ってよ!アル君。 ごめんねぇ、ノトゥーラさん。また来るね!」


「はい、はい。何時でも来てねえ~ 待ってるわよ~」


 ノイの快活な挨拶に、柔らかい口調で返事をするノトゥーラであった。


 『イル・サンサーナ神殿』を後にしたアルとノイはロフィートの街の人通りが多い大通りを並んで歩いている。何方ともなく話し掛けた。


「依頼も順調に熟せていたけど、アル君って先の事とかって考えていたりする?」


「う~ん。漠然と金を稼ぐしか考えてなかったけど、強くもなりたいし、他の街に行って経験を積みたいぐらいしか考えてないなぁ・・・・・・・・ 最終的には帝国に行くのも良いかもとは考えている」


「帝国か・・・・・・・・ ちょっと遠いねぇ。じゃさぁ、私の行きたい所に行ってもいい?」


 隣で並んで歩いているノイが下から覗き込むようにアルを見つめた。


「な、なんだ? 行きたい場所があるなんて初耳だなぁ」


「うん、ちょっとねえ」


「で? 何処なんだ?」


「このロフィートの街から西方向の『グレグラ火山』の麓にある『温泉の街プベツイン』って所。アル君、知っている?」


「『グレグラ火山』ってグレーターリュドウグラ火山か?あまり知らないなぁ・・・・・・・・」


「えっとねぇ、その街は温泉が有名で、『グレグラ火山』の山道に幾つか洞窟があるみたいで、そこに魔物が巣くっているらしいの。だから、温泉に浸かりながら、魔物討伐でお小遣いも稼げて、私達の経験も積むことが出来るの。どう?いいでしょ?」


「主に温泉目当てな気もするけど・・・・・・・・」


「ぐぅっ、いいじゃん! 帝国に行くならどっちにしても西に進まないといけないんだし!!」


「まぁね・・・・・・・・・」


 アルは少し逡巡するが、答えはすでに決まっていた。


「いいよ。行こう。珍しくノイが事前に情報も調べてくれているみたいだし」


「ヤッター! じゃ、善は急げ。早速お世話になったこの街の人達に挨拶して、出発しよう?」


「はい、はい。相変わらず行動が早いなぁ・・・・・・・・」





 🔶


 ―――『イルルギャラ魔法店』



「ありがとうなぁ、世話になった。ばぁさんの霊薬のおかげで助かったよ」


「フンッ。礼を言われる覚えはないねえ! アンタは商品に対する対価を支払った。ワシはその対価を受け取った。ただそれだけの真っ当な等価交換だよ」


「それでも礼を言わせてくれ。ばぁさんのおかげで大切な人を守れた。受け取らないのはアンタの勝手だ」


「相変わらず屁理屈を捏ねるねぇ。まぁ、今は気が向いたから受け取ってやるよ」


「あぁ、ありがとう」





 🔶


 ―――『西区-中央広場』


「おっ、いつものお嬢さん。聞いたよ。この街を出て、新たな場所へ旅立つんだろ?」


「そうなの! お兄さん達の演奏を聴けなくなるのは寂しいけど、また聴きに戻ってくるよ!!」


「うん、うん。そう言ってもらえると僕らも嬉しいよ。それに、僕たちの歌はもう君の体の一部だよ。これからの旅のお供に一緒に連れて行ってあげてよ」


「うわっ、気障っぽいセリフ。フフフ、でも、ありがとう。またねぇ」





 🔶


 ―――『冒険者ギルド受付』


「アル君とノイちゃんが居なくなると寂しくなっちゃうなぁ・・・・・・・・ ここって暑苦しい男共ばかりだから、癒しがなくなっちゃうわ、はぁ・・・・・・・・」


「まぁ、まぁ。その内ノシーラさんにも良い出会いがあるよ?」


「ちょっと!余計なお世話よ!! フフンっ、良いわよねえ、ノイちゃんは! アル君がいるもんねぇ♪」


「ちょ、ちょ、ちょっと、何言ってるんですか!!! ノシーラさん!! アル君とは・・・そんなん・・・じゃ・・・ない・・・よぉ・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・?」





 🔶


 ―――『雪月家』


「トトッツさん。本当~~~に『雪月家』にはお世話になりました。また、戻ってくるねえ!!」


「あぁ、いつでも戻っておいで!君達はあまり世話も掛からなかったから、私も旦那もすごく助かったよ。本来なら駆け出しの冒険者ってのはもっと要領が悪いモノなんだよ?」


「へぇ~、そうなんだ。あまり、実感ないなぁ・・・・・・・・」


「ノイはもっとアルに感謝しなよ!面倒事は多分彼が全部やってくれていたんだと思うわよ?」


「そうだなぁ、大体俺がやったかなぁ・・・・・・・・」


「えぇぇぇ~? そうなの? ごめん・・・・・・・・ で、でも、普段から感謝はしてるよ?」


「あぁ、分かってるよ。ノイ。これからも宜しくな」


「うん!!」


「―――――本当に良いカップルだねぇ・・・・・・・・」


「「―――――ッ」」


 こうしてアルとノイはお世話になった人達に笑顔で別れの挨拶を済ませ、新たな目標に向かって、新天地へ旅立つのであった。


 彼らはまだまだ駆け出しの冒険者であるが、それだけにこれから大いに成長する余地が残されている。そして、世界の広さをまだ知らない。















 🔶












 ―――アルとノイがロフィートの街を旅立ってから数日後



 ロフィートの街の冒険者ギルドの前に一人の男が立っている。少し厚手の革の外套に身を包み、フードを被るその隙間から真っ赤な髪の毛がチラッと窺える。このロフィートの街の気候にしては薄着に感じられるその男は冒険者ギルドの扉に手を掛け、中へと入って行った。


 受付ではノシーラが複数の男の冒険者の相手をしていた。


「そこで俺が颯爽と駆けつけて、仲間の窮地を救ったって訳よ!!」


「へ、へぇ~~、そうなんだ~~~、すごい~」


(何回同じ話するのよ、このおっさんは!!)


 男の自慢話を苦笑いで対応するノシーラ。心の声が漏れそうであった。


「おい!おっさん!! ノシーラが困ってるだろ!」


 すると、後ろから声が聞こえた。そこには先ほど赤毛の男がいた。話を邪魔されたそのおっさん冒険者は赤毛の男の肩を掴もうとした。


「おい、おい。邪魔してくれてんじゃねぇぞ。にいちゃん。怪我するぞ?」


「ん? ちょっと待って!!」


 ノシーラが2人を止めようと声を荒げるが、時すでに遅し。赤毛の男はそのおっさん冒険者の手首を掴み、投げ飛ばし、横にあったテーブルへ叩きつけた。


「―――――ッ!!!!!!!!!!」


 その場に居た者全てが驚く。そのおっさん冒険者は見た目が身長2メートル近く、体重100キロ程もありそうな体躯であった。それが軽々と宙を舞ったのであるから当然である。その拍子に赤毛の男の顔を覆っていたフードが取れた。その場に居合わせた1人の冒険者が叫ぶ。


「おい!あいつ見たことあるぞ!! 確か『爆殺のノーヴァ』じゃないか? あの真っ赤な髪が何よりの証拠だぜ!」


「―――――ッ!!!!!!!!!!!!!!」


 その場に居た者がまたもや驚きの反応を見せるが、さらに、


「もう!! お兄ちゃん!! すぐに喧嘩するのやめてよ!!」


「―――――ッお兄ちゃん?????????!!!!!!!!!!!」


 二度あることは三度ある。その場に居た者は驚き過ぎて、それ以上反応出来なかった。赤毛の男の名は『ノーヴァ』。『爆殺の』渾名を持つ一流冒険者だ。


「ん? なんだ? ノシーラが困ってると思って、助けたつもりだが・・・・・・・・」


「いや、確かにちょっと困ってたけど・・・・・・・・ ってそうじゃない。大丈夫?」


 ノシーラは飛ばされたおっさん冒険者へ駆け寄った。気絶しているが大した怪我は無さそうであった。同じパーティメンバーにその男を預ける。そのパーティメンバーも仲間の仕返しをしようという気にはなれず、それ以上ノーヴァには絡みには行かなかった。


 ノシーラはノーヴァに詰め寄った。


「相変わらずすぐに手が出るね。お兄ちゃん!! それに人の機微にも敏感なのか鈍感なのか・・・・・・・・ でも、おかえり! 随分久しぶりじゃない?」


「そうだなぁ・・・・・・・・ 何時以来だろう・・・・・・・・ ノトゥーラは元気にしているか?」


「うん。ノトゥーラ姉も相変わらずだよ。『イル・サンサーナ神殿』に居ると思うから後で会いに行ってあげてねえ。 それと、何か用事があって来たんじゃないの?」


「あぁ、この街の近くで水晶巨象クリスタルゴーレムが出たって情報をもらって急いで帰ってきた。今、西部地域で問題が起こっていて、こっちの方に実力のある冒険者が少ないそうだ。それに俺の魔法はこのツンオク寒冷地帯の魔物と相性も良い。だからだ」


「そうなんだ。やっぱり西部地域で何かが起こっているのね・・・・・・・・」


「あぁ、原因まではまだ分かっていないが、ロールズ砂漠の一部の魔物が巨大化している。それはそれで問題だが、とりあえず、水晶巨象クリスタルゴーレムの目撃場所を教えてくれないか? 早速討伐に行ってくる」


 ノーヴァはノシーラに水晶巨象クリスタルゴーレムの目撃情報を元にした地図を預かった。早速その場所へ急いだ。





 🔶





 一流冒険者ともなると身体能力も並の冒険者と比べて大幅に高い。目的の場所に30分と掛からず到着した。ノーヴァは森の中に不自然に存在する開けた空間の中央にある水晶クリスタルの塊の前まで来た。


「コイツが水晶巨象クリスタルゴーレムか・・・・・・・・」


 そう呟くと脇に差してあった両刃剣を引き抜き、その水晶巨象クリスタルゴーレムの頭部部分であると思わる所を軽く小突いた。すると、水晶巨象クリスタルゴーレムがその全体像を露わにした。


「でけぇなぁ・・・・・・・・・ 俺も初めて相手にするなぁ」


 ノーヴァはまた独り言を呟いた。この男は基本的にソロで冒険者活動をしており、独り言が口癖になっていたのである。水晶巨象クリスタルゴーレムが姿を現すと同時に、ノーヴァは距離を取った。


「爆炎!」


 ノーヴァは右手に握った両刃剣の切っ先を水晶巨象クリスタルゴーレムへ向け、呪文を唱えた。すると、その切っ先から小さく火花が散り、水晶巨象クリスタルゴーレムへとその火花の波が駆けて行った。


 その火花の波が水晶巨象クリスタルゴーレムの胸部に到達すると轟音と共に爆炎が発生した。すでにヒビが入っていた胸部への攻撃は水晶巨象クリスタルゴーレムへ大ダメージとなり、水晶巨象クリスタルゴーレムの上半身を穿ち、バラバラに砕けた。


「えっ? ・・・・・・・・・ 思った以上に脆い・・・・・・・・」


 ノーヴァは知らない。ノイの超音波魔法ですでに水晶巨象クリスタルゴーレムの胸部が見た目以上に大きく損傷している事に。アルが堅実な【性格】でなければあのまま倒せていた可能性すらある。たらればの話など特に意味を成さないが・・・・・・・・・


 ノーヴァは水晶巨象クリスタルゴーレムの残骸後から巨大な水晶クリスタルの原石を拾上げた。直径1メートル程もあるそれは相当な価値になる。ノーヴァはそのままロフィートの街へ帰還した。





















あとがき


これにて第一章完です。ここまで読んで頂きありがとうございます。


初めの数章はかなり短くなると思います。各キャラの紹介みたいな感じですから。


なので、次章は別キャラを中心に物語を進めます。アルとノイは出ません(^_^;)


アルとノイが比較的明るいキャラだったのに対して、次章のキャラは大分ダークになる予定です。


第二章を書き終えてから投稿する予定ですので、もしかしたら更新が滞るかもしれません。悪しからず。


では次章でお会いしましょう。さよなら、さよなら。









 

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