第26話 人情家



 ずぶ濡れになりながら街道を重い足取りで進むカユード。ガルシア家を追い出されて約1年。遂に彼は生まれ育った故郷、『朱雀街しゅじゃくがいガナード』をも出た。もう二度と帰って来ることはないだろうと思いつつ。


 いつの間にか雨は止み、西からの陽が今日の終わりを告げている。


(この道に繋がっている街ってどんな所だったかな・・・・・・・・・)


 呆然と少し先の未来について考える。

 ―――今日の宿は?

 ―――食事は?

 ―――明日からどうやって生きていく?


 様々な疑問が生まれては消え、生まれては消えを繰り返した。カユードの頭は酷く混乱しており、簡単そうに思える疑問の答えすら出なかった。


 だが、考えがまとまらなくても腹は減るし、眠くもなる。いっその事死んでしまえば楽になるとも考えるが、そこまでの勇気はない。所詮自分は半端者なのだと自嘲するカユード。


 そんなカユードの耳に不穏な声が聞こえてきた。


「あっ! ヤベェ!」


 その声が聞こえたと思ったら、黒い影が一直線にカユードへ向かってきた。その黒い影に気付いたカユードはそれを凝視した。


 それは猪であった。


 しかも、ただの猪ではない。鋭牙猪ファングボアという魔物であった。ニル大陸全土に幅広く生息しており、人や家畜を襲う厄介な存在である。体長は1メートル程あり、その鋭利な牙で対象を一突きにする。


(―――魔物!)


 カユードは瞬時に体を翻し、最小限の動きでその鋭牙猪ファングボアを避け、脇に差していたファルシオンソードで一閃した。


 カユードは鋭牙猪ファングボアを一閃したと同時に、それが少し宙に浮いて、飛んで来ていた事に気が付いた。さっきの声といい、この状況の理解に苦しんだ。


 すると、街道の横の茂み、鋭牙猪ファングボアが飛んで来た方向から大柄な男が現れた。


「クソッ! あのイノシシ何処まで飛んで行きやがった?」


 男はブツブツ言いながらカユードの方へ近づいて来る。


「おっ? オメェ冒険者か? こっちに鋭牙猪ファングボアが来なかったか?」


 カユードに気が付いたその男は気さくに話しかけてきた。剣を引き抜いているカユードを瞬時に冒険者と見立てたのであろう。


「あぁ、鋭牙猪ファングボアが飛んできたよ。もしかして貴方はこの鋭牙猪ファングボアを討伐中だったの? もし、一般人がいたら大怪我だったよ?」


 カユードそう言い、足元にある鋭牙猪ファングボアの素材であるボア肉を指差した。


「えっ? あぁ、悪い、悪い。ってかお前があのイノシシを倒したのか?」


「そうだよ。 これが素材のボア肉」


 カユードは言葉と共にボア肉をその男へと投げた。慌てて男はその放り投げられたボア肉を受け取った。


「じゃ、僕はこれで・・・・・・・・・」


 カユードは何事も無かったように街道を歩き始めた。


「おい! ちょっと待て」


「何?」


 カユードはその男の呼び止めに、鬱陶しそうな声音を隠そうともしなかった。


「まぁ、そう邪険にするなよ、なぁ? この先の街までまだ一日以上掛かる距離にある。今からじゃ到底間に合わねぇぞ?」


「・・・・・・・・・」


「俺はこれからここで野宿をする。さっきの詫びと礼を兼ねて、このボア肉をご馳走してやるよ! どうだ?」


「いや、僕は・・・・・・・・・」


「遠慮するなって! それにもうすぐ日が暮れて街の外は危ないからな! 一人よりも二人の方がいいだろ?」


 カユードは強引なその男に押し切られる形で渋々了承した。男はハーツと名乗り、カユードと同じく冒険者をしていると語った。

 ハーツは2メートル近い体躯に紫色のモヒカン頭をしている。腕と足は丸太の様に太く、肩肉も盛り上がり、胸筋もはち切れんばかりに膨れており、全体的に筋肉の塊みたいな見た目をしている。服装も急所を隠したのみの簡素な革装備で、腰回りには革製のフォールズのみと、革製のブーツと言う何とも男らしい服装をしている。


 ハーツはすぐに野宿の準備をし、ボア肉を焼き始めた。幾つかのブロックに切り分けられたそのボア肉はみるみる内に美味しそうな匂いを放ちだした。


 ハーツはボア肉にかじり付きながら真剣な表情でカユードへ喋りかけた。


「なぁ? カユード。さっきは少し惚けた振りをしちまったけどよ。さっきのイノシシとの戦い誰から教わった?」


「えっ? 誰って・・・・・・・・・・」


 カユードはハーツに自分がガルシア家の人間だった事は伏せている。剣術は父のミュドーに教わったがそれを教えるかどうか憚られた。


「近所の人に剣術を少し習ったぐらいかな」


 カユードは何とも曖昧な返答をした。


「違う。剣術云々じゃない。早すぎて剣筋なんて俺には見えなかったが、あの身のこなしと魔物への正確な急所への一撃。よっぽど目が良くないと出来る事じゃない」


「違うよ。単純に僕に勇気が無いだけで、逃げながらなら辛うじて反撃出来るだけさ」


 カユードは悲し気に自分自身を卑下した。カユードにとって戦いとはまだ怖いモノであった。


「ただ、昔は何に対して剣を振るう事すら躊躇っていたけど、冒険者になってからすぐくらいにお節介と言うか、何と言うか、めちゃくちゃな人に少しだけ戦い方を教えてもらったけどね」


 カユードは自然と自分の身の上話をハーツに語った。ハーツの男らしく豪快で、おおらかな性格がそうさせているのかもしれない。


「へぇ~、そいつは何てヤローだ?」


「えっ? あっ! 名前を聞くのを忘れてたなぁ」


 カユードの言葉にハーツは吃驚顔で呆れた。


「いや、その人とにかくめちゃくちゃで、爆炎魔法で僕の事を本気で殺そうとしてきて。避けるのに必死だったからね」


 カユードはその当時を思い出し、感慨深い表情を浮かべたと思ったら、すぐに心底嫌そうな表情を浮かべた。


「爆炎魔法か・・・・・・・・・・」


 ハーツは小さく呟いた。


「うん。多分一週間ぐらいしか一緒に居なかったけど、とにかく本気で殺さるかと思ったよ。逃げながらでもいいから攻撃しろ、とか色々言われたなぁ。まぁ、そのおかげで多少戦えるようになって、冒険者家業を出来るようになったんだけどね」


 カユードは久しぶりに人と多くを語って少し上機嫌になった。彼は『朱雀街しゅじゃくがいガナード』の冒険者ギルドに居た頃は、とにかく目立たない事を意識していた為、何処のパーティーにも所属せず、極力人と接触していなかった。


 カユードはこのハーツと言う男に少し興味が沸いた。


「ところでハーツの獲物は何だ? 見たところ剣の類は見当たらないけど・・・・・・・・・」


「あぁ、俺はこれだ!」


 ハーツは腰の裏あたりから何かを取り出した。


「これは『龍貫』って言う、ナックルダスターだ。これで殴ればどんな魔物も一撃よぉ」


 ハーツがカユードに見せたそれはナックルダスターの類で、拳全体を包める程の大きさがあり、金属で出来ているのか、革製で出来ているのか分からい位、表面は硬いが、装着し易く、動き易いように柔らかい特殊な感覚があった。


「曰く、竜をも屠れる事から『龍貫』と呼ばれているらしいが、竜種なんてのは伝説の存在だからこれの名前の由縁を証明する事は出来ない。が、俺は信じている。ガハハハ」


 ハーツのその豪快で、屈託のない笑顔につられて、カユードも少し笑った。彼は笑ったのなんて何時ぶりだろう思った。


 カユードとハーツは互いに他愛もない会話を楽しんだ。夜の暗闇が深まっていくと共に、初対面の二人だが、自然と仲が深まっていくのを感じた。

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