第27話 追憶の欠片 終
ガルシア家の裏手にはだだっ広い何もない空間が広がっている。そこには草木は生えておらず、地面は年中の雨によりぬかるんでいる為、修練場としてはあまり相応しいとは言い難い。
しかし、ガルシア家にとって魔の
空はすでに曇天に覆われ、太陽の光は地上に薄く届くのみ。
その地上ではリューザとカユードがぬけるみの真ん中で正対していた。少し離れた位置にマリィとミュドーがこの仕合の行く末を固唾を飲んで見守っていた。
二人の手には木剣は握られていない。リューザは自身の愛剣である
当然、それは真剣である。
それを見たマリィが狼狽える。リューザに対してもはや悲鳴に近い言葉を発しているが、
「マリィは黙っていろ!」
とリューザは一喝した。マリィの方へは目もくれず、ずっとカユードを見据えている。
カユードも観念し、腰に差していたブロードソードを正面に構えた。ごく一般的なそのブロードソードは剣身にフラーが入っており、より軽量化されている。
もはや二人の真剣勝負は避けられない。マリィは祈る気持ちで二人の兄の姿を見る事しか出来ない。悲痛に顔が歪む。傍らでは深刻な表情でミュドーも事の成り行きを見守っている。
まだ
「カユード・・・・・・・・ 殺す気で斬り掛かってこい! でないと―――――死ぬぞ」
リューザはカユードを強く睨みつけ、冷たく言い放った。カユードはその瞳から目を逸らしたくなるのを必死に我慢した。
金色の剣身がカユードへ向けられる。曇天模様の所為で薄暗く、まるで白黒のモノトーンかと思わせるその周りの景色に、その剣身の一筋が異彩を放ち、際立っている。
長めの剣身を軽々振るうリューザ。彼は扱い慣れた
それを見たカユードは自ずと肩に力が入り、強張る。両足を適度に開き前後に構え、腰を少し落とし、何とか動けそうだとカユードは思った。
リューザはまるでカユードの準備が整うのを待っていたかの様に、カユードへ向かって跳躍した。右手に握られた
リューザはそれを横に大きく薙ぎ払った。が、踏み込みは深くなく剣尖がカユードに届く程度であった。
カユードはその斬撃に少し反応が遅れたものの、何とか後ろに飛び退いて凌ぎ、兄の次の行動に警戒した。
リューザは先ほどの攻撃を避けられる事は想定内であった。大きな隙も作らずに、大振りな攻撃など当たるはずもない。それに大振りな攻撃の後には大きな隙が生まれる故、反撃をされない為に、大きく踏み込んではいなかった。
リューザはその後もロングソードとブロードソードのリーチ差を生かし、大きく踏み込まず、小振りで素早い斬撃を繰り返し放った。カユードはそれらを足を動かし、時には、ブロードソードの
終始好戦的な態度を取っていたリューザではあるが、その立ち回りは至って慎重である。謹厳実直な彼らしく不用意なリスクは取らない。しかし、今日のリューザはいつもと少し違っていた。彼にはリスクを背負う覚悟があった。
リューザとカユードの攻防はミュドーやマリィにとって珍しいモノではなかった。攻めるリューザ、防戦一方のカユード。これでは何時まで経っても決着がつかない。
リューザは覚悟を持って、ある考えを行動に移した。
今まで一定のリズムで連撃を繰り出していたリューザが急に、
カユードはその攻撃を後ろに飛び退いて避ける余裕がないと思いつつ、上段から大きく振りかぶった重い一撃を自身の剣でいなす事も難しいと考えた。
刹那の時の中で無意識に体を翻し、その斬撃を避けた。リューザは少し前に体の重心が浮き、大きな隙が出来た。
(斬り込んで来い!)
リューザは心の中でカユードを叱咤した。
カユードにとっては又とないチャンスであった。腕を切りつけ、戦闘不能にするだけでいい。ガルシア家には専属の『治癒師』が居る為、大きな怪我を負わせなければ問題なかった。しかし、カユードはその一歩が踏み出せなかった。
リューザもミュドーもこの仕合の意味を明言していない。カユードがリューザに勝ったからと言って、カユードの立場が良くなったりする保証はない。しかし、そんな損得勘定抜きにして、カユードはその一歩を踏み出すべきだった。
リューザはそんなカユードの葛藤の瞬間を待つほどお人好しではない。カユードの想定より早くリューザの次手が飛んできた。
右手のみで振り下ろした
ロングソードはその特徴として剣身が他の剣よりも長く作られ柄も長くなっており、両手で扱う事出来る様になっている。リューザはこの時すでに職業加護『上級戦士』であった為、その恩恵から片手でも余裕で扱えたが、両手だと更に力と速さが増した。
一瞬の反撃の隙を逃したカユードはそのリューザの両手の斬撃に的確に反応出来なかった。何とか自身のブロードソードでカードしたが、
折れた剣身が宙を舞う。空高く舞い上がったそれは鋭角な弧を描き地面へと突き刺さった。
乾いた大地に刺さる心地よいサクッとした音ではなく、湿った大地は鈍い音だけを残した。
―――――終わった。
真剣勝負で剣が折れれば最早仕合継続は不可能である。その鈍い音をその場の全員が聞いた時、全ての終わりを悟った。
―――――ポツ、ポツ、ポツ
気が付けば雨が降り始めていた。緩やかだった雨脚は瞬く間に大雨へと変わった。その雨水は四人の全身を余すと事無く濡らしている。
頭頂部に落ちた雫は額を伝い、顎先へと流れ―――やがて地面へ吸い込まれていった。
リューザは傍らで呆然としているカユードを蔑んだ瞳で一瞥し、背を向けた。
「お前は・・・・・・・・また逃げたな。ガルシア家の恥さらしがっ!お前の顔など二度と見たく無い!出ていけ!今後一切ガルシア家の敷居を跨ぐことは許さん!」
リューザの怒号が響き渡った。雨で濡れた空気にも拘わらず、その声はマリィとミュドーにもハッキリと聞こえた。
一瞬何かを考える素振りを見せたカユードであったが、屋敷の玄関へその重い足を向けた。
カユードが去った後も、リューザとマリィとミュドーはその場で立ち尽くしている。マリィは湿った声で何度も、何度も、『お兄ちゃん』と呟いた。それは雨と一緒に地面へ吸い込まれていき、本人に届くことはなかった。
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