第25話 追憶の欠片 マリィ・ガルシア



 ―――――2年前



 ガルシア家ではカユードが職業加護を授かった時よりも大きな衝撃が走っていた。


 今日は末妹のマリィが職業加護を授かる日。マリィは父のミュドーと兄であるカユードの三人で『イル・サンサーナ神殿』いた。


 父と兄との間に会話はない。全てはカユードが職業加護を授かった日に壊れてしまっていた・・・・・・・・・・


 胸の前で両掌を合わせ、祈りを捧げていた『イル・サンサーナ神殿』の神父は驚嘆と共にマリィ達へ告げた。


「おぉ、素晴らしい。まさか最初から上級職業とされている『魔法剣士』を授かるとは・・・・・・・・ 流石はガルシア家の者だ」


 その神父の言葉に呆気に取られているマリィにミュドーが駆け寄った。


「す、凄いじゃないか、マリィ! 『魔法剣士』はガルシア家では初代の当主様以来二人目だぞ!!」


 ミュドーは小走りでマリィに近づき、喜色満面で褒め称えた。それもそのはずである。


 職業加護とは基本職とされている4つの職業『戦士』、『スカウト』、『魔法使い』、『治癒師』以外の職業を授かる事はまず無い。よっぽど才能に恵まれた者か、『創造神イル・サンサーナ』に寵愛を受けた者ぐらいしか存在しなかった。もっとも後者は人々の間では迷信に近いモノであるが。


 マリィ自身、それほど剣術が得意ではなく、才能に恵まれている方ではなかった。その為正直な話、周りの人達もそれほどマリィの職業加護の儀には期待していなかった。


 マリィは喜色満面のミュドーの傍らで複雑そうな表情を見せるカユードが目に留まった。


 マリィはミュドーの抱擁を振りほどき、カユードの元へ寄り、兄を見上げた。


「カユード兄さん・・・・・・・・・・」


 マリィは言葉に詰まった。苦しそうな表情を見せるマリィを見て、カユードは少し膝を曲げて、いつもの様に妹の目線に合わせ、微笑んだ。


「マリィ、おめでとう。今までの努力が報われたね。創造神様はちゃんとマリィの事を見てくれていたんだよ」


 この時ばかりのカユードの優しさはマリィには辛かった。だって、だって、とマリィはカユードの言葉に心の中で強く反発した。


(じゃ、カユード兄さんは? いつも誰よりも剣を振っている兄さんを、どうして・・・・・・・・どうして)


 憤りすら覚えた。しかし、そんな事を直接言えるはずもなく、マリィは必死に笑顔を取り繕って、ありがとう、兄さんと返事をした。


 これよりおよそ2年前。カユードは14歳の日に職業加護の儀を受けた。職業加護の結果は『スカウト』。もっとも恐れていたことが起こった。


 守護職を任された士族にとってそれは許される事ではなかった。それ以降カユードのガルシア家での立場は目に見えて悪くなった。父と長男であるミュドーとリューザは殆どカユードと関りを持たなくなった。侍女達も態度には出さないが何処かカユードに対して冷たかった。


 唯一マリィだけが、兄であるカユードと以前通り接していた。マリィには父と兄の様なガルシア家の為と言う使命よりもいつも優しくどんな時でも自分の味方になってくれたカユードの方が大事であった。


 ―――――そして更に一年の時が流れた





 🔶





 この日、ミュドーの執務室には長男のリューザ。次男のカユード。長女のマリィの四人が一同に揃った。こんな事は数年ぶりであり、マリィは内心喜びに溢れていた。


 マリィは父から見て、左前方に立っている。ミュドーの机にも近い位置におり、真剣な表情の中にも無邪気さが残った様な雰囲気があった。凛とした佇まいからは以前の様な弱気な態度は窺えない。


 そして、ミュドーの正面には、マリィと肩を並べる形でリューザが真っ直ぐ父を見つめていた。直立しているその姿勢から昔と変わらない彼の気質が窺えた。


 最後にマリィとリューザとは肩を並べず、一歩、いや、二歩ほど後ろに下がっているカユードがいた。彼はその猫背を父の前でも直そうともせず、視線は木目調の床を見ていた。


 ミュドーは三人の子供達の顔を一通り見渡し、その重い口を開いた。


「リューザ、マリィ、・・・・・・・・・・カユード。 よく集まってくれた。これからお前達に大事な話をしなければいけない」


 マリィは父の言葉を、固唾を飲んで待っている。リューザは変わらず仏頂面で待ち、俯いたカユードからは正確な表情が窺えなかった。


「俺も後数年すれば50歳だ。そろそろこのガルシア家の次期当主を決めなければならない。―――――今日はそれを俺の口から直接発表する」


 ミュドーは力強く子供達に告げた。しかし、マリィは表情を崩さないものの、内心では父の言葉に驚いていた。何故なら、マリィは次期当主は長男のリューザがなるものばかりだと思っており、こんな仰々しく発表する必要などないと感じた為だ。


 別に、絶対に長男がその家を受け継がなければならないと言う訳ではない。それこそ、強さを第一主義にしている士族の者達に生まれた早さなど関係なかった。


 マリィがそう思った理由は単純にリューザが自身より強いと思っているからだ。


(リューザ兄さんの方が剣術において私より強いし、それに、純粋な剣の扱いだけで言えば・・・・・・・・・・)


 そう思い、マリィはカユードの方へ視線を移した。リューザとカユードの模擬戦の成績は圧倒的にリューザが勝ち越している。いつも逃げ回るカユードをリューザが修練場の端まで追い詰めて、叩きのめしている形だ。


 しかし、マリィの目から見て、カユードが本気を出せばここにいる誰よりも強いと思っていた。だが、それと同時に、彼が戦いに対して臆病で本来の実力が出せていない事も分かっていた。


 まだ他の兄弟より幼いマリィには今日の集まりの意図がイマイチ掴めずにいたが、次の父の言葉で理解する。


「ガルシア家の次期当主は・・・・・・・・・・マリィだ!」


 ミュドーは真っ直ぐ険しい表情でマリィに視線を向けた。それを聞いたマリィは呆気に取られた後、目を見開いた。


「えっ、え、えええぇぇぇぇ?! わ、私?!」


「あぁ、そうだ、マリィ。お前は純粋な剣術ではリューザに劣っているかもしれないが、『魔法剣士』スタイルで戦えば、リューザよりも強い。これはハッキリと断言出来る。この件に関しては、すでにリューザもカユードも了承している」


 マリィは父の言葉を聞いて、すぐにリューザへ向き直った。彼は小さく頷き、マリィを安心させるように少し頬を綻ばした。


 リューザはマリィが職業加護『魔法剣士』を授かるまでは自分こそがガルシア家の次期当主であり、この家を支えていかなければならないと考えていた。


 しかし、マリィが自身より実力をつけ、強くなったなら話は別だ。南方守護職であるガルシア家を守るこそがリューザの願いであり、当主は一番強い者がなるべきだと言う考えであった。


 リューザは実力はあるものの、まだ少し危なっかしいマリィを裏で支えるとすでに気持ちを切り替えていた。


 マリィは兄の覚悟をその瞳から感じとった。しかし、マリィはリューザの双眸からカユードの猫背に視線を向けずにはいられなかった。


 マリィは一瞬カユードと目が合った。その双眸からはリューザと似たような覚悟が伝わってきた。


「マリィ、おめでとう。大変だとは思うけど、リューザ兄さんがしっかり支えてくるから安心していいよ」


 カユードは今にも消え入りそうな声音でマリィに告げた。その声には別の覚悟も感じられる。


「うん、ありがとう。カユード兄さんの言う通り大変だと思うけど、リューザ兄さんとカユード兄さんが居れば、私頑張れると思う!」


 マリィはミュドーに向き直り、胸を張って宣言した。しかし、それを聞いた父は悲し気に眉をひそめた。


「その事なんだがな、マリィ・・・・・・・・・・ カユードはこの家から出て行ってもらう」


「えっ?」


 マリィには父の言葉が理解出来なかった。マリィはそこで時が止まってしまったかの様に動かなくなった。


「これはリューザもカユードも了承の事だ。残酷な様だが、職業加護『スカウト』の者を正式にガルシア家に置くわけにはいかない。マリィも士族間の暗黙の了解は知っているな? 私とし―――――」


 ミュドーがマリィに諭すように説明している時、それを遮る様に怒号が響き渡った。


「なんで! なんで! なんで! どうしてカユード兄さんはそれを認めるのぉ?」


 気が付けば、マリィはその両目に涙を蓄え、カユードへ詰め寄っていた。カユードはそんな妹を直視出来ず、目線を逸らした。


「なんで? ねぇ、答えてよお兄ちゃん! こんな形で家を追い出されたら今後もう二度と会えないかもしれないんだよ? 私は嫌だよ・・・・・・・・・・・」


 マリィはカユードの服を掴み、必死に懇願している。情けなくもカユードは目線を外しながら、ごめん、と小さく呟く事しか出来なかった。


 マリィはその場で小さく座り込んでしまった。両目に蓄えられた涙はボロボロと零れ落ちていた。


 ミュドーもそんなマリィとカユードのやり取りを見て、心が締め付けられる想いであった。出来れば兄妹揃って過ごさせてあげたい。しかし、名家にはそれなりのしがらみがあり、情だけでは生きていく事は難しく、現ガルシア家当主として非情な判断を下さなければならなかった。


 マリィのすすり泣く声以外の静寂が執務室を満たしていた。すると、それまで一部始終を静観していたリューザがその静寂を壊した。


「父上、一つお願いがあります。―――――最後にカユードと仕合をさせて頂きたい!」


 その場に居る者すべてが驚いた。生真面目を地で行く様なこの男がこの場で冗談を言うとも思えない。ミュドーはその意図を図りかねたが、その仕合を了承した。


 リューザはカユードへその鍛え抜かれた体躯で向き合い、ハッキリと告げた。


「カユード! この仕合を受けろ!それともまた逃げるつもりか? 可愛い妹まで泣かして―――――お前は恥ずかしくないのかっ!」


 カユードはこれほど怒気を孕んだ兄を見た事がなかった。剣の修行の時もいつも怒ってはいたが、それとはまた次元が異なった。カユードはリューザの圧に押され、渋々その仕合を了承した。


 そして四人は揃って、いつもの屋内修練場でなく、屋外の一番広い修練場へ向かった。


 彼らの歩みと共に魔山『ストロペス』から雨雲が徐々に『朱雀街しゅじゃくがいガナード』へ流れてきている。その雨雲は果たして、恵みを齎すものなのか? それとも・・・・・・・・・






 

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