第24話 追憶の欠片 リューザ・ガルシア
―――――数年前
窓の外では雷鳴を伴った雨が降り注いでいる。その雨は恵みを齎すと同時に、災害にも成り得る。
薄暗い現ガルシア家当主、ミュドーの執務室に雷光が轟く。その瞬く光に照らされた二つの影がその部屋にはあった。
革張りの椅子に腰かけるミュドー。その表情は神妙な面持ちであった。その表情の先にはリューザが正対してミュドーを見据え、立っていた。
「父上。今日はどういった用事で呼ばれたのですか?」
リューザがその沈黙を破った。
ミュドーは神妙な面持ちのまま口を開いた。
「リューザ。お前が職業加護『戦士』を授かれば、前々から頼み事をしようと考えていたんだ・・・・・・・・・・」
「カユードとマリィの指導をお前に任せたいと思っている」
リューザはそれを聞いて少し困惑した様な表情をしている。
「父上、理由を聞いても?」
「うむ。そうだな・・・・・・・・・ まず第一に俺自身が指導する時間が取りずらくなっている事」
最近のミュドーは魔の
ミュドーは詳しい内容はリューザには伝えなかったが、リューザはすでに大人の仲間入りする一歩手前の年齢。色々察する事は出来た。
「それと、マリィに関してだ。―――――これは俺が至らない所為だな」
ミュドーは少し苦笑いを浮かべた。
リューザはこの発言の意味も瞬時に理解した。父はマリィに甘い。リューザとカユードを厳しく指導しているのに対して、マリィにはイマイチ厳しさに徹し切れていなかった。それは普段一緒に修行しているリューザの目から見ても明らかであった。
「主にこの2点だが、―――――リューザ、お前ならあの二人を任せられると思ったからだ。お前は謹厳実直で、剣術もいずれ俺に追いつくであろう。長男であるお前が弟と妹の面倒を見てやってくれ」
リューザは父の言葉を二つ返事で了承した。父に頼られている事が嬉しく、少し頬を緩ませてしまいそうになった。
「では、早速明日から弟達の指導をします」
「うむ、任せたぞ」
会話を終えたリューザは静かに扉を開いて退出した。
廊下を歩いているリューザは意気揚々と早速弟達の指導方法に考えを巡らせていた。リューザがこんなに上機嫌なのには父からの言葉以外にも理由がある。
リューザは先月の自身の14歳の誕生日に職業加護『戦士』を授かり、安堵していた。何故なら各守護職を任される士族にはある暗黙のルールが存在するからだ。
それは、その士族の者達は職業加護『戦士』並びにそれに準ずる職業加護であるべき、だと。
理由としては、守護職を務める者とは常に強くあらねばならない。その為、力の象徴である職業加護『戦士』は当然の条件に思える。『戦士』だからと言って無条件に強い訳ではないが、外聞とは大事なモノで、無用な争いを避ける事が出来る。力が無いと噂されれば他の士族がその守護職を奪おうと皇帝に直訴する可能性があるからだ。
守護職を任される家は謂わば絶対強者であらねばならない。それはガルシア家とて例外ではない。守護職を任された士族達にとって職業加護を授かると言う事は大きなターニングポイントであった。
その為、職業加護『戦士』を授かれた事にリューザは少し肩の荷が下りた気がしていた。しかし、だからと言って自分自身の鍛錬を怠るつもりはなかった。一日でも早く父の実力に追いつきたいと思っている。
そう思ったリューザに先ほどまでの浮かれ気分は微塵も感じられなかった。
(より一層厳しくカユードとマリィを指導する。特にマリィだ。そして、俺自身も実力をつけ、力を誇示する―――――すべてはガルシア家の為に)
リューザは決意固く、その瞳を光らせた。
🔶
ガルシア家の修練場からは今日も木剣の乾いた音が響き渡っている。しかし、その音色はいつにも増して、厳しく力強い音と、弱弱しい悲しい音であった。
木剣が木剣と交差しながらリューザが怒鳴り散らしている。
「マリィ! 踏み込みが浅い! それに肩にも力が入っている。―――――余所見をするなぁ!」
リューザの鋭い斬撃の衝撃でマリィは手に持っていた木剣を落とし、その場にへたり込んでしまった。マリィは俯いたまま、唇を嚙み締めた。
リューザは激情に駆られ、肩で息をしながら逡巡し、次の言葉を探している。
「マリィ、 何で俺の言った事が出来ないんだ? その程度の実力でガルシア家に生まれた者として情けなくないのか?」
マリィはこの時まだ8歳である。幼少の頃より厳しい剣の修行を兄達と一緒にしてきたとは言え、最近のリューザの指導の厳しさに涙声になるのを禁じえなかった。
小さく嗚咽を漏らしながら、涙を堪えるマリィを見て、リューザは更に自身の心が苛立つのを感じた。ガルシア家の長男として、父に期待された重責がリューザをここまで駆り立たせた。
更に怒声を発しようとしたリューザの前に一人の男がマリィとの間に入った。その男からは少し怯えを纏った声音が聞こえた。
「リュ、リューザ兄さん・・・・・・・・・ 一本お願いします」
それは木剣を正面に構えたカユードであった。兄と正対し、剣の修行を申し出た。
「―――――いいだろう。来い!」
リューザがしかめっ面で返事をし、すぐに木剣をカユードへと構えた。再び木剣の重なる音が聞こえる。
―――――カンッ、カッ、スッ、
リューザはカユードと剣を交えながら、黙考した。
カユードの体さばきは昔に比べて良くなっている。足腰から上半身に力が伝わり、肩の力は少し抜け、目線も前を向いている。しかし、それは全て回避や防御をする時だけだ。剣さばきもこちらの剣筋をいなす事しかせず、強く踏み込んでこない。こいつには力強い一歩が足りない。
リューザはマリィとはまた別の苛立ちをカユードから感じた。
そんなリューザは集中力が切れてきた為、今日の剣の修行を終える、と二人へ告げ、修練場を後にした。
残されたカユードは乱れた息を整え、未だにすすり泣いているマリィの元へ歩みよった。
「マリィ、大丈夫かい? リューザ兄さんもマリィが憎くて、厳しくしている訳じゃないからね?」
マリィも頭ではリューザの厳しさの理由を理解しているつもりだった。しかし、心がついていかなかった・・・・・・・・・
「でも、私が・・・・弱いから・・・・・・・・・ 剣の才能がないから・・・・・・・・・・ うぅぅ・・・・・・・・・」
カユードは座り込んでいるマリィの目線に合わせる様に、地面に膝を突き、頭をそっと撫でてやった。そしてマリィに繰り返し、大丈夫、大丈夫と呟いた。
「僕はマリィが一生懸命努力しているのを知っているから。だから、大丈夫だよ」
努力は必ず報われるとは限らない。カユードの言葉はただの気休めでしかないのかもしれない。しかし、マリィの心はカユードの言葉で救われた。
マリィは知っていた。
カユード自身も対人戦は得意ではなく、常に少し怯えているにも拘わらず、いつもリューザの行き過ぎた指導の一歩手前で私を助けようとしている事を。
少しでも時間が空けば、素振りをし、剣の修行を怠らない事を。
誰よりも努力を怠っていない事を。
マリィはその豆だらけの掌と、少し猫背な背中が大好きであった。
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