第23話 追憶の欠片 ミュドー・ガルシア
『
―――――役立たず
先ほどのマリィの言葉を反芻する男。
―――――臆病者
耳が痛い言葉。その言葉自体は嘘ではなかった。しかし、それがマリィの口から発せられた事実にその男は愕然とし、悲しみが溢れ出た。
(マリィ・・・・・・・・・)
男の名は『カユード・ガルシア』。先ほどの話題の中心人物で、マリィの実の兄にして、ガルシア家の次男である。マリィの言葉通り彼はガルシア家を約一年間に追い出され一人で生きていた。
ただ、自身の身の振り方を決めかねていたカユードは実家から遠く離れる事が出来ず、ひっそりと『
空は先ほどまで晴れていた天気が嘘のように、曇天へと変わっている。そして、それは雨粒となり地面を濡らした。
湿った空気に乾いた地面を叩く音だけが響き渡り、靴に弾かれた泥がカユードの半身を覆う。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・・・・・」
呼吸を整え、歩み始めたカユード。伏し目がちな彼の視線が自然と何処か遠くを見つめた。
🔶
―――――十数年前。
南方守護職を任されているガルシア家が治める領地は年間の半分以上が雨に覆われた土地である。その為ガルシア家は屋敷内に屋根付きの修練場を設けている。
その修練場から乾いた木剣が交わる音が聞こえてくる。
―――――カンッ、カンッ
大柄で引き締まった体躯の男が年端もいかぬ少年の打ち込みをいなしていた。男の名は『ミュドー・ガルシア』。ガルシア家の現当主である。まだ30代と若く、精気に溢れている。
少年が必死に木剣でミュドーに打ち込んでいるのに対して、ミュドーはそれを自身の木剣で横にサッと受け流したり、少年の踏み込みの間合いを見極め、空振りをもってしていなしたり、時には軽く少年の木剣を弾いたりしていた。
少年の表情に疲労の色が窺える頃合い。足腰の力が抜け、力が抜けた打ち込みをミュドーは体を素早く捻り、側面へ避け、少年の足を引っかけた。
少年は顔面から地面につんのめりになり、呻き声を上げた。
「リューザ! 足に力が入っていない。上半身の動きは全て足に起因する。それを怠るな!情けない足腰では情けない剣筋しか生まんぞ!」
少年、改めリューザは地面を肘で押し、必死に起き上がろうとしている。父の叱咤に返事する余裕がなかった。
その少年は『リューザ・ガルシア』。ミュドーの息子にして、ガルシア家の長男であった。年の頃は10歳。南方守護職を任されているガルシア家に生まれた為、物心ついた頃から剣術の修行をしている。
ミュドーはリューザに小休憩を挿む事を提案したが、リューザは小さくかぶりを振った。
「いえ、結構です。続きをお願いします!」
リューザは再びミュドーへ木剣を振った。乾いた音が修練場内に響き渡った。
そして、そんな二人の傍らで小振りな木剣で素振りしている少年少女がいた。その少年の前髪は垂れ、少し表情が窺いづらい。リューザが短髪で、毛が全体的に逆立っているに比べて、まったく逆の印象を受ける。
少年の名前は『カユード・ガルシア』。ガルシア家の次男にして、リューザの弟である。年の頃は6歳。兄と同じく物心ついた頃から剣を振っている。しかし、兄の様にまだ父と剣を交えたことはない。
「お兄ちゃん! わたし疲れた・・・・・・・・・・」
カユードの隣で同じく小振りな木剣を振っていた少女が不満気に木剣を放り投げ、その場に座り込んだ。少女の名は『マリィ・ガルシア』。ガルシア家唯一の女の子で末妹である。カユードと2歳違いで、まだ剣の修行に対して集中力が持続する年齢ではなかった。
「じゃ、マリィ。リューザ兄さんと父上の剣筋とか体の動きを観察してごらん。見ているだけでも学べることはあると思うから」
カユードは優しくマリィに語り掛けた。それに対してマリィは小さく頷いた。
マリィに語りかけた後も、カユードは黙々と木剣を振り続けた。額から、全身から汗が吹き出し、木剣を振るうごとに周辺へその汗が飛び散る。ズボンの隙間からも汗が滴り落ち、地面に水たまりを作っていた。マリィは気が付けば、父達の立ち合いを見ずに、カユードの素振りをジッと見つめていた
一方、修練場の中央でリューザと向き合っているミュドーは一歩強めに踏み込み、リューザの木剣を弾き飛ばした。リューザはその勢いで軽く尻もちをついた。
「よし! ここまでだ! これ以上は疲労でいい成果は得られない。少し、休憩しろ、リューザ」
リューザは小さく礼をし、中央から端の水場へ向かい、水を飲みつつ、水桶ひっくり返し頭から被った。短髪頭をかきあげ、水しぶきが宙を舞った。
ミュドーも少し息を整え小休憩し、カユード達の方を見据えた。
「カユード! 次はお前の番だ。今日から俺が直接指導する」
カユードは父に呼ばれても反応なく、素振りを続けている。それに焦ったマリィが声を掛ける。
「お兄ちゃん! 父上が呼んでるよ。 お兄ちゃんてば!!」
マリィの呼び掛けにハッとしたカユードは慌てて父の方を振り向いた。ミュドーは若干あきれ顔でカユードを再び手招きで自身の元へ呼び寄せた。
二人が木剣を正面に構え、正対する。ミュドーはカユードに好きに打ち込んでこいと言い、指導を始めた。
木剣が重なる乾いた音が再び修練場に響き渡った。しかし、先ほどの音よりも弱弱しい印象のその音は酷く耳障りだ。
「カユードのヤツ、なんであんなに及び腰なんだ? あれじゃ腰に力が入らないし、しかも、伏し目がちだ。あれじゃ、攻撃も防御もままならないぞ・・・・・・・・・・」
いつの間にかマリィの隣に来たリューザは、マリィに語り掛けたのか、ただ独り言を呟いただけなのか、そんな口ぶりであった。しかし、マリィはそんな兄に反応する。
「そうなの? カユードお兄ちゃんの素振りはすっごく綺麗なのにねぇ?」
小さく首を傾げるマリィ。まだ小さいマリィには兄の言っている事が分からなかった。二人はジッと父とカユードの修行風景を眺めていた。
ミュドーにはある想いがあった。大ソルデッド帝国の皇帝陛下から賜ったこの南方守護職と言う地位。ガルシア家を強く繫栄し、その地位を確固たるモノにする事が代々続くガルシア家当主としての命題であった。その為、後継ぎたる子供達にはより一層厳しく接していた。
ミュドーの目から見て長男であるリューザは筋が良かった。彼はこのまま成長すれば自身が満足するレベルまで達すると見越している。
しかし、問題は今目の前のカユードである。彼は今日初めてミュドーと模擬戦を行い、剣を交えた。以前から行っている素振りに関してミュドーはカユードに対して不満はなかった。洗練された無駄のない素振りはとても6歳の子供から繰り出しているとは思えない程素晴らしいモノであった。
しかし、いざ対人形式になるとその卓越された技術は微塵も感じられなかった。ミュドーはカユードに対して少なからず失望を抱かずにはいられなかった。しかし同時に、まだ6歳だ、という希望もあった。
及び腰の変な姿勢も相まって、カユードは肩で息をしていた。これ以上は無駄であると判断したミュドーは木剣の切っ先を下げ、カユードを真っすぐ見据えた。
「カユード。お前の課題は大体分かった。まずはその及び腰を何とかしろ! 背筋を伸ばし、姿勢を正し、顎を少し下げ、しっかり相手を見据えろ! お前は本来の剣筋は良いはずだから、それを発揮できる心構えを持て!」
カユードはそんな父の言葉に弱弱しく返事するしか出来なかった。ミュドーはカユードを連れ、リューザとマリィの元へ歩み寄った。
「おぉ、マリィ。兄達と一緒に素振りしていたのか? 偉いなぁ~」
さっきまでの人物とは別人の様に表情を破顔させたミュドー。男親であるミュドーにとってマリィは目に入れても痛くないほど可愛く、溺愛していた。
ミュドーはそう言いながらマリィの頭を撫でた。マリィも嬉しそうに笑みを浮かべる。
そんな二人を見つめるリューザとカユード。この二人は決してミュドーのマリィに対する態度が羨ましい訳ではないが、何処か腑に落ちない気持ちであった。男に生まれたからには強くなりたいと思う事は当然で、その為、父の厳しい態度も頷ける。ましてや、南方守護職を任されているガルシア家である。しかし同時に、何処か子供心も残っているのかもしれない。
カユード達は厳しい中にも何処か満足感と充実感に彩られた日々を過ごしていた。ガルシア家の屋敷内の修練場からは来る日も来る日も木剣の乾いた音が鳴り響いていた。
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