第四章 臆病者
第22話 罵詈雑言
暖かな日差しがラッカー塗装された窓枠の隙間から差し込んでいる。その部屋は必要最低限の調度品が取り揃えられている『マリィ・ガルシア』の執務室だ。
この地域には珍しく太陽が眩く地上に降り注いでいる昼下がり。しかし、彼女の表情はそんな空模様とは打って変わって、酷く曇っていた。
彼女、『マリィ・ガルシア』は『大ソルデッド帝国』の南方守護職を任されたガルシア家の末妹で、現在16歳のマリィはそのガルシア家の末っ子にも拘わらず次期当主に選ばれていた。
そんなマリィには上に二人の兄がいる。彼女は二人の兄達を尊敬している。実力主義のガルシア家とは言え、二人の兄達は末っ子のマリィを次期当主として認めてくれている。
尊敬の仕方はそれぞれ違うが・・・・・・・・・
マリィは濃茶色に染められた窓枠の傍に立っている。その後ろの執務用の机にはティーカップが置かれ、そのカップの縁にはピンクの光沢が暖かな日差しによって薄く光っている。
その机の先には初老の男性がマリィの背中を見つめながら、静かに佇んでいる。その男性は重たい空気の中、透き通った声を発した。
「マリィ様。報告致します。―――『
窓枠の外を見ながら、真剣な顔つきでその男の報告に耳を傾けるマリィ。彼女は右手をフリル付のショートスカートをギュッと握り締めて、一つ大きく息を吸い込んだ。
「分かったわ。アルベルト。今すぐ冒険者ギルドへ出向くわ」
「かしこまりました」
マリィはアルベルトへ振り返り、そう言い放つと、アルベルトは頭を小さく下げた。
🔶
ニル大陸最大国家『大ソルデッド帝国』。大陸の中心にその領土を拡大しており、東西南北に伸びるようにその領土は大雑把な菱形をしている。
帝国は領土の中心に巨大な帝都を築き、各方面へ実力のある士族を据え、その広大な領土を統治している。
その士族達は『大ソルデッド帝国』の最高権力者である皇帝から守護職を賜り、各地域の『塩』の生産に関わっている。
帝国領内には塩を生み出す魔の領域が存在し、森や、湖、沼地など特徴はそれぞれ違っている。しかし、一様に容易には採取出来ず、それなりのリスクが伴う。そんな中、各地域の士族は、その地域の魔物討伐と他国からの横取りなどの警戒を主な仕事としている。
塩とは人々が生活する上で大変貴重な資源である。調味料として味付けに使われるのは勿論の事、食品を塩漬けにしておくことによって、雑菌が利用できる水分が少なくなり、腐敗の原因となる雑菌の繁殖が抑えられ、保存食を作るのに大いに役に立つ。他にもパンを膨らませるグルテンの生成を助けたり、チーズなどの乳製品から出来る発酵食品を作る過程でも欠かせない。また、肉や魚のタンパク質を水に溶けやすくし、ハムなどに粘り気や弾力を与える事も出来る。さらには、革の保存からなめしに、脂肪などの石鹸の原料と一緒に混ぜて、石鹸を作ったり、鉱物のケイ砂と石灰石と一緒に加熱し、ガラスも精製出来る。
そんな人々の生活と切っても切り離せない塩の生産によって『大ソルデッド帝国』は広大な領土を統治出来ていると言っても過言ではない。自国消費は同然ながら、他国に輸出する事によって莫大な利益を得ている。
そんな塩の生産の守護を任されている事は大変名誉なことであり、各士族は自家を誇りに思うと同時に、その守護職の任を継続出来るようにと躍起になっている。
そして、ここ『
そのガルシア家はその魔の
街の中心に存在する冒険者ギルドはその他の街の冒険者ギルドと大して変わりない。木造建築で漆黒に塗装されている。内観も同じく、特筆すべき点はない。ただ、唯一の違いは冒険者の社会的地位の差である。
他国が魔物討伐の大部分を冒険者に頼りっきりになっているのとは違い、帝国は自国の士族達である程度魔物討伐をしている為、帝国内の冒険者は多少肩身が狭く、各士族は彼らを蔑んだ目で見ていたりしている。
そんな冒険者ギルド内には疎らに人がいる時間帯。受付は雑務を熟し、依頼書を眺める者、テーブルに腰かけている者、仲間内で談笑している者達など様々だ。
しかし、その冒険者ギルドの入り口の扉がいきなり開き、一人の人物が入ってくると、その場にいた全員が静まり返り、その人物に注目した。
その人物は金髪の碧眼で、見た目麗しい少女であった。綺麗に切り揃えられた金髪は肩まで伸びており、その碧眼を際立たせるかの様な、柔らかな印象の金色の眉毛。鼻先はキリッとしているが、全体的に小さく可愛らしい。唇も控えめであるが、女性らしさを感じる印象だ。その少女の後ろには初老の男性が付き添っている。
その場に居る者達のひそひそ話が聞こえてくる。
「おい、あれって『ガルシア家』の次期当主のマリィ様じゃねぇか?」
「確か、末っ子なのに上の兄達より実力があるらしい」
「何でも、職業加護を授かった時から『魔法剣士』だったらしいぞ」
「あの美しさで、トップクラスの実力の持ち主とか、羨ましすぎる・・・・・・・・・」
人々は嘘か本当か分からないマリィに関する噂話を口にしたり、嫉妬と羨望の眼差しを向けた。
マリィはそんな冒険者達を気にせず、一直線に受付に向かった。
「ようこそ、マリィ様。今日はどういった用件です?」
受付嬢は優しく微笑んだ。
「今日は他でもない。私の兄、『カユード』の事よ」
「あら? 確かカユードさんは『ガルシア家』を随分前に追放されたんじゃなかったですか?」
受付嬢は顎に指を当て、少し頭を傾げた。
「ええ、そうよ。彼はおよそ一年前にガルシア家を出て行ったわ。でも、まだこの街に留まっているって情報が入って来たから、この冒険者ギルドにいるかもしれないと思って来たのよ」
「あら、そうですか。でも、私はカユードさんをここで見た事はないですねぇ~。もし、何か言伝があれば聞きますよ」
「そうねぇ・・・・・・・・・・」
マリィは大きく息を吸い、固い決意と共に言葉を吐き出した。
「あの役立たずに伝えて頂戴。臆病者がこの『
マリィはその場にいる者全てに聞こえるように言った。
「ハハッ、臆病者か。確かにアイツは戦いから逃げ出してばっかりだったらしいからな」
「実の妹にここまで言われる兄ってのは情けないものだねぇ~」
「ガルシア家の恥って訳か。―――――懸賞金でもかけてくれたら俺達が見つけるぜ? マリィ様よ!」
「リューザ様もあの臆病者を毛嫌いして、本気で殺そうとしていたらしいからなぁ。もし、この街にいるなら臆病者らしく早く逃げた方がいいなぁ ハハハ」
その場に居た者達の笑い声が冒険者ギルド内に木霊す。一様にマリィの方を向きながら笑う冒険者達の影に隠れて一人の男が冒険者ギルドを出た。
マリィはその背中を一瞥した。
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