第2話 氷棘鼠【アイスヘッジホッグ】

 フクロスト山脈の西側の麓に大きな森があり、ロフィートの街の手前まで広がっている。森とは言ったものの、木々はやせ細り、その枝先には葉っぱ一枚も無い。その代わり霜の花が咲き乱れている。地面も所々を除き、大方雪に埋もれている。


 そんな人を寄せ付けない厳しい環境下には様々な魔物が生息している。その殆どが寒さに強く、氷属性や対氷属性を有している。フクロスト山脈の山麓に近い森奥につれて強力な魔物がおり、ロフィートの街に近い森手前は比較的弱い魔物が生息している。


 氷棘鼠アイスヘッジホッグはその比較的弱い魔物の代表だ。


 アルとノイは事前に手に入れた地図を見ながら氷棘鼠アイスヘッジホッグの生息地域へと歩を進めていた。雪が降り積もった地面は、普通なら足を取られる所だが、職業の加護を受けた者ならこのぐらいの環境では一切怯まない。しかも、アルの職業加護は『戦士』である。筋力をメインに常人よりも遥かに高い身体能力を有している。


 ノイの職業加護は『魔法使い』であるが、加護を受ける前の常人よりは身体能力が高い。ただ、『戦士』には当然劣る。職業にはそれぞれ別々の特徴があるのである。


「ノイ? 大丈夫か? 疲れてないか?」


「‥‥‥‥」


「ノイ‥‥‥‥?」


 前方を見据えながらノイに話しかけたアルが、返事の無いノイを心配して振り向いた。そこにはアルの後を付いてきながらも、前方斜め右上を呆けた顔をしながら眺めるノイがいた。


「おい? ノイ? どうした?」


「えっ? はっ?! な、何でもないよ‥‥‥‥」


「ちょっとここ最近、ボーっとすることが増えてきたんじゃないのか? 頼むからもうちょっとしっかりしてくれよな?」


「ごめん、ごめん。気を付けるよ。ハハハ」


 アルは嘆息しながら、ノイの事を心配する。アルの目から見ても明らかに最近のノイは他の事に気を取られている節がある。アルにはそれが何なのか分からないが、ただ、心配であった。


「もうちょっとで目的の場所の少し北方に着くから、我慢してくれ」


「‥‥‥‥」


 また返事が無い。アルは諦めて歩を進める。ノイが後ろから付いて来ているか気配を気にしながら。





 🔶





 目的地の氷棘鼠アイスヘッジホッグの生息地付近に到着したアルとノイは早速氷棘鼠アイスヘッジホッグを探した。二人はバラバラに探索せず、一緒に探し回る。不効率ではあるが、こうせざるを得ない。二人にとって氷棘鼠アイスヘッジホッグは狩り慣れた魔物であるが、それは2対1の場合のみである。アルとノイの連携があって初めて簡単に討伐出来るのである。


 故に、単独で探索をして、万が一出会い頭に遭遇してしまえば、たちまち危険に晒されてしまう。気づかれずに発見出来るならそれに越した事はないが、ノイには細かい探索の才能がない。


 探索等の技術は本来職業加護の『スカウト』が得意とする分野であるが、他の職業加護が探索を出来ない訳ではない。知識と訓練さえ積めば誰でも行いるのだ。ただ、『スカウト』の方が圧倒的に成長速度が早く、適正があり、優秀なのである。


 アルは知識と多少の訓練で冒険者として最低限通じる程度の探索能力を有している。これは、パーティーメンバーに『スカウト』がいないのも勿論だが、ノイが絶望的に探索等の細かい作業に向いていないのが理由であった。


「アル君。氷棘鼠アイスヘッジホッグいそう?」


「うん。多分この先の小高い丘の先にいると思う。もう少し近づいてみよう」


 アルが氷棘鼠アイスヘッジホッグの痕跡を追跡し、小高い丘まで辿りついた。アルとノイはその丘から少しだけ顔を覗かせた。少し丘になっていると思った先は地面が無く、切り立っていた。その先に氷棘鼠アイスヘッジホッグが一匹平和そうに佇んでいる。


 氷棘鼠アイスヘッジホッグはハリネズミの見た目そのままであった。灰色を基調とした毛並みに疎らに薄茶の差し色が入っている。背中には無数の棘が尻尾の方へと伸びており、少し青みがかっている。しかし、体長は40センチから50センチ程もあり、その巨体は人々にとって十分脅威と言えるだろう。そして、魔物は総じて狂暴である。


「じゃ、いつも通り俺が正面に出るから、ノイは風魔法で援護をお願い」


「うん。分かった」


 流石のノイも魔物を前にするとこれから行う戦闘に集中する。例え戦い慣れた魔物が相手であっても油断は禁物なのである。特に、自身の油断から仲間が傷つくのはノイには我慢出来ない。


「よし行くぞ! オラァァ!!」


 勢いよく掛け声を上げながらアルが飛び出した。それに驚いた氷棘鼠アイスヘッジホッグがアルの方へ顔を向ける。氷棘鼠アイスヘッジホッグの棘は後方へと向かって生えそろっているので、正面からの攻撃が有効なのである。


 突然現れた2人に驚いた氷棘鼠アイスヘッジホッグは慌てて臨戦態勢を整えようとする。そうはさせまいと一気に氷棘鼠アイスヘッジホッグとの距離を詰めるアル。それに焦った氷棘鼠アイスヘッジホッグは背中の棘を震わせ、前方にいるアルへと棘を数十本飛ばした。


 アルは左手に構えていた革楯でそれを防ぎ、叫ぶ。


「ノイ! 今だ!!」


「うん! 風よ!!」


 ノイが力強く返事をし、魔法を唱える。すると、氷棘鼠アイスヘッジホッグの足元から風が起こり、氷棘鼠アイスヘッジホッグが宙に舞った。氷棘鼠アイスヘッジホッグは前足と後足をジタバタさせている。


氷棘鼠アイスヘッジホッグのアイスニードルは連射出来ないが、仕留め切るまで油断は出来ない)


(あぁ‥‥‥‥ いつ見ても、あの足のジタバタ可愛いなぁ‥‥‥‥)


 アルとノイは宙に浮かんでいる氷棘鼠アイスヘッジホッグを見ながらそれぞれ別の事を思った。


 アルはすでに抜刀していた鉄製の両刃剣を振りかぶり、まだ空中にいる氷棘鼠アイスヘッジホッグの頭を勢い良く叩き切った。地面へ叩きつけられた氷棘鼠アイスヘッジホッグは瀕死である。そこへアルは止めの一撃を放った。氷棘鼠アイスヘッジホッグの頭と胴が別れ、絶命した。


 氷棘鼠アイスヘッジホッグの頭と胴部分がボロボロに崩れていき、小さな欠片となり霧散した。その後には氷棘鼠アイスヘッジホッグの棘、通称『アイスニードル』が数十本落ちている。


 アルはそれらを拾い、魔法の矢筒へと入れた。魔物は絶命するとその肉体は跡形も無く消える。しかし、一部の魔物はその身体的な特徴を残すことがある。氷棘鼠アイスヘッジホッグの『アイスニードル』のように。これが武器や防具の生産や生活を便利にする役に立ったりする。


「よし! 上手くいったな。ノイ」


「うん、うん。楽勝だったよね♪ アル君」


 アルとノイは目の前の勝利を喜んだ。


「この調子でドンドン行こう!」


「おーーーーー」


 アルとノイは先ほどの要領で氷棘鼠アイスヘッジホッグを見つけては順調に討伐していった。危なっかしい場面などは無く、綺麗な様式美である。


 冒険者ギルドの情報通り、氷棘鼠アイスヘッジホッグがこの辺りに大量に生息していたのであろう。その為、少しその生息地から北側に来たにも拘わらず、結構な数を討伐する事が出来た。もし、情報通りのまま生息地のど真ん中に行けば、他の冒険者達とかち合い、トラブルになっていたかもしれない。この成果はまさに、アルの情報収集の賜物と言えるだろう。


「ふぅ~、そろそろ魔法の矢筒が満タンになりそうだな。 少し早いけど引き上げようか?」


「うん。いいよ♪ アル君。これだけ討伐出来て、これだけ『アイスニードル』を集められたからいいお金になりそうだね♪」


 アルとノイは今日の討伐の成果に満足したので、家路に着くことにした。





 🔶





 ロフィートの街へと帰って来たアルとノイは、その足ですぐに冒険者ギルドへ向かった。冒険者ギルドの建物は街の中央区画に存在しており、街に入る人々の目に留まりやすい。木造建築のその建物は漆黒に塗装されひと際瀟洒しょうしゃに見える。


 冒険者ギルドに到着したアルとノイは早速受付へと向かった。1階のホールには疎らに人々がいる。ごついオッサンや、若い女性の姿も窺える。彼らも同じ冒険者であろう。


「すいません、アルとノイの冒険者パーティーだ」


「はい、待ってたよ。確か氷棘鼠アイスヘッジホッグの討伐依頼を受けていたよね? 納品素材の『アイスニードル』はある?」


 アルが受付の女性に声を掛けると、親し気な返答が帰ってきた。彼女の名前は『ノシーラ』。この冒険者ギルドの受付嬢である。まだ若く、見た目麗しい為、男性の冒険者から人気がある。また、まだ冒険者として経験の浅いアルとノイを心配して、色々と目に掛けている。


「見て、見て! ノシーラさん! こんなに『アイスニードル』が取れたよ!」


「凄いじゃない、ノイちゃん。過去最高の多さじゃない?」


「えへへ、全部アル君のおかげなの!」


「偶々、氷棘鼠アイスヘッジホッグの多い生息地に辿り着けただけだ。それにノイの風魔法の補助が無ければかなり苦戦する」


「むぅ~、褒めたんだから素直に喜べばいいのに! ねぇ、ノシーラさん?」


「そうねぇ、でも、それがアル君の良い所じゃない? 冒険者は危険な仕事だから、少しぐらい謙虚で慎重なぐらいが丁度いいと私は思うけど」


「まぁね‥‥‥‥ あんまり威張られるのは好きじゃないし。 冒険者ってすぐ自分の武勇伝を自慢したがるし‥‥‥‥」


 そう言うとノイは少し眉を顰める。アルとノイがノシーラとの雑談を終え、無事『アイスニードル』を納品し終えた。


「はい、これが今回の依頼の報酬。納品数が多いから少し多めに買い取らせてもらったよ」


「えっ? いいの? やった!! ありがとう、ノシーラさん♪」


「なぁ、ノシーラさん。少し気になるんだけど、何で今回こんなにも『アイスニードル』が必要なんだ? 王都が依頼しているなら、西部の方で問題でもあったのか?」


「それが私にも分からないのよ。下っ端の私の元には何も情報が入ってきていないから、まだ上層部の方で人々に公表出来る程の確証が集まっていないんだと思う。でも、西部地域が少し騒がしいって噂は出回っているわ」


 アルは今回の討伐依頼の不可解さをシノーラに問うが、正確な回答は得られなかった。西部地域に何か問題があり、それの解決に『アイスニードル』が必要と言う事は魔物関係である可能性が高い。アルは少し嫌な予感がした。


「もう! アル君は心配し過ぎなんだって!! 西部地域で何か問題が起こっているにしても、ロフィートの街にいる私達には何も出来ないし、寧ろ、指定されている『アイスニードル』を大量に納品しているんだから、いいじゃない?」


 アルが険しい顔で考え込んでいると、ノイが少し怒気を含んだ表情でアルを窘める。アルもノイの言ってる事はもっともであると納得し、それ以上何も言い返さない。


「じゃ、早速報酬も受け取ったし、夕ご飯しよう? 早めに帰って来られたけど、戦闘回数は多かったから、お腹空いちゃったよ‥‥‥‥ ねぇ? アル君?」


「そうだなぁ、いつもの瓜々亭うりうりていでいいか?」


「うん! 行こう、行こう! じゃ、さようなら、ノシーラさん」


「フフフ、御夕飯楽しんでねぇ。またね」


 ノシーラは笑顔でアルとノイが冒険者ギルドを立ち去るのを見送る。微笑ましい2人の関係性に心が和むのを感じるシノーラであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る