第3話 イルルギャラ魔法店

 ロフィートの街には大小様々な宿屋が運営されている。ツンオク寒冷地帯の最大の街にして、魔物討伐の最前線。当然多くの冒険者達が訪れる。その為、多くの宿屋が存在する。一流冒険者が泊まるような高級宿屋や、ベテラン冒険者が泊まる中流宿屋、駆け出し冒険者が利用する安宿屋など、大きさ、値段、サービスの良し悪しと様々である。


 アルとノイが連泊している宿屋は『雪月家』。夫婦2人のみで経営しており、簡素な部屋が20程しかない。駆け出しの冒険者にとって良心的な値段設定で、夫婦共々人情味があり、密かに人気の宿屋である。


 時刻は昼前、朝日の日差しが強くなりつつある時間帯。夜の間に冷え固まった氷が少しずつ溶け出していた。前日の氷棘鼠アイスヘッジホッグの討伐で予想以上の収入を得られた事と、思った以上に疲れていた為、今日はアルとノイは冒険者家業をお休みして疲れを癒す事した。


 自室から出てきたノイは、1階のホールへと降りてきた。受付の横の棚に置いてある木製のトレイを手に取り、テーブルへと腰掛けた。トレイには豆パンと羊肉を乾燥させた干し肉が用意されていた。備え付けの熱栗鼠ヒートスクイローの頬袋を用いた魔法のポットでお湯を注ぎ、コーヒーを淹れた。


 『雪月家』では朝食用の軽食が用意されている。逆に言えば、昼食、夕食は用意されていない。夫婦2人のみで経営している為、そこまで手が回らないのだ。宿屋によっては夕食が用意する宿屋もあるが、昼食は基本ない。宿屋に泊っている殆どが冒険者なので、日中は冒険者家業をしているから必要ないのである。


 ノイはその朝食を食べながら、忙しそうに動いているここの女主人のトトッツさんに声を掛けた。


「ねぇ、トトッツさん。 アル君見なかった? もう部屋に居ないみたいなんだよねぇ」


「アル君なら朝早く出掛けたのを見かけたよ。何処に行ったかは分からないけど」


「そっか‥‥‥‥ 休みなんだからゆっくりすればいいのに」


 ノイは独り言ちた。ノイがゆっくり朝の惰眠を貪っている間に、アルは出掛けてしまった様だ。ノイはそれが少し納得いかなかった。


(まぁ、いいや。私は私で出掛けようっと!)


 ノイは心の中で今日の休みの予定を立てながら、乾燥して固くなった豆パンをコービーで流し込んだ。





 🔶





 アルは冒険者ギルドの資料室の一室に居た。決して広くないその部屋にはアルしか居ない。冒険者ギルドは主に魔物の生態等の一部の情報を資料として冒険者に公開している。しかし、冒険者は脳筋が多く、あまり紙媒体の情報を入れたがらない。代わりに、酒場などで直接他の冒険者から情報を仕入れる事が多い。アルはその両方の方法で情報収集をしている。


 アルが今呼んでいる資料は『魔人』に関するものだ。


(昨日のノシーラさんが言っていた西部地域の噂が何なのかは分からないけど、大体予想は出来る。もし魔物が狂暴化しているなら、魔人が関わっている可能性もあるなぁ)


 冒険者ギルドが大量に魔物の素材を依頼してくる裏には必ず何かしら大きな理由がある。しかも、今回の『アイスニードル』は生活水準向上素材では無い。主に武器に転用される素材である。ならば、必然的にそれの使用目的は対魔物になる。例外もあるかもしれないが、その少ない例外を考えても仕方がない。


(魔人が復活、もしくは、活動を再開したなら大変なことだぞ‥‥‥‥)


 魔人とは如何なる存在であるか、一言で言い表せば、魔物を『統率スル者』である。


 アルは資料を読み進めていく。


 魔物を『統率スル者』とはその名の通り、バラバラに行動する魔物を1つにまとめあげる者の事を言う。しかし、それ以外の情報は曖昧なもので、魔物を狂暴化させるや、潜在能力を底上げするなど、不確かな情報ばかりであった。


 アルは資料を閉じ、一息つく。


(ノイの言う通りこのロフィートの街にいる限りは俺達に出来る事は限られるし、まだまだ実力不足で魔人など相手に出来ないだろう・・・・・・・・ しかし、もしも、アイツなら・・・・・・・・)


 そこまで思考を巡らせて、アルはこの事について考えるのをやめた。分からない事をいつまでも考えていても時間の無駄だとアルは感じた。資料室を出て、受付のノシーラにお礼を言い、アルは冒険者ギルドを後にした。





 🔶





 ロフィートの街の西区。そこの中心地には少し開けた空間が広がっており、そこには様々な出店が軒を連ねている。そして、集まった買い物客達に聴かせる様に、様々な楽器の楽者が演奏を奏でている。まだ昼過ぎだというのに雰囲気はまるでお祭り騒ぎだ。これも冒険者を多く有している街特有の光景である。


 その一画のベンチにノイは腰かけていた。横には自前の小さ目の布製の買い物袋がある。すでに買い物を終え、街の騒がしくも、楽し気な風景を眺めていた。


 何かの弦楽器を引いている男の指先を見つめるノイ。弦を弾いてるその指は所々生傷がある。しかし、それを美しいと感じるノイ。それはその者にしか理解出来ない、聖域のように感じられた。


 何気なしに視線を逸らし、溜息をつく。


(折角の休みでゆっくり出来るのはいいけど、アル君と仕事以外での時間も楽しみたいなぁ・・・・・・・・)


 一人物思いに更けるノイ。このまま放っておくとずっとぼんやり過ごすのであろう。ノイはいつもの様に、指で一定のリズムを刻みながら、この一瞬だけは悠久にさえ思える時を過ごした。





 🔶





 冒険者ギルドを後にしたアルはとある一軒の店の前まで来ていた。看板には『イルルギャラ魔法店』と書いてある。あまり綺麗な見た目とは言い難く、おどろおどろしい雰囲気が漂っている。恐らく、この店を利用する者は少ないのであろう。店内は静かで、通りを歩く人々もこの店に目もくれず通り過ぎている。


 アルは何の躊躇いもせず、店内へと入った。


「ばぁさん、いるか? いつもの物が欲しいんだがぁ・・・・・・・・」


「はい、はい。またアンタかぁ」


 店の奥から出てきたのは黒いローブを身に纏った老婆であった。この『イルルギャラ魔法店』の店主である。珍しい職業加護の『錬金術師』を持っており、店内には彼女が調合した薬や、魔法の道具が売ってある。しかし、かなり金に汚く、ロフィートの街の住人からはあまり好かれていない。


「この霊薬を定期的に買い替えるのはアンタぐらいなもんだよ。しかも、この『イルルギャラ魔法店』を利用するんだから、アンタは私以上の変わり者だねぇ。ヒヒヒ」


「ばぁさんが街の人々からあまり好かれていないのは知っている。が、ここの商品は信頼できる。他の店は高いだけで、効果は見た目以下の所もあるからな。しかし、変わり者のばぁさんから購入した俺も変わり者呼ばわりされる理屈はどうなんだ?」


「ガキが屁理屈捏ねるな。それより、新しい霊薬だよ。古い物はいつもの様に買い取るから、差額分だけよこしな」


 アルはその老婆に差額分の料金を支払った。受け取った霊薬を懐にしまい、店を出ようとした時、不意に商品棚のある物に目が留まった。


「これは?」


「それは見ての通り髪飾りだよ。ちょっとしたおまじないを掛けてある」


「そのおまじないってのは何だ?」


「さぁねぇ? イチイチ覚えてないよ」


「まったく、よくそんなので客商売できるなあ・・・・・・・・」


「あまり出来ているとは言い難いねぇ ヒヒヒ。で、買うのかい?」


「あぁ、そんなに値段もしないし、貰うよ」


「ヒヒヒ、毎度あり」


 アルはその髪飾りを見て何か懐かしい感じがし、ノイに似合うと思った。実際に手に取って見てみると何の変哲もない極々一般的な物である。しかし、何か惹かれるモノがある。


「いつも一緒にいる嬢ちゃんにあげるのかい?」


「ばぁさんには関係ないだろ」


「あぁ、ワシには関係ないさ。ヒヒヒ。また霊薬が古くなったら来るんだね。用意しとくよ」


「あぁ、悪いなぁ」


 アルはその髪飾りの代金を老婆に払うと、店を後にした。





 🔶





 アルが『雪月家』の玄関先に着くと、ノイも丁度『雪月家』に帰ってきた所だった。


「あっ、アル君だ! 何処行ってたの?」


「まぁ、色々。そういうノイは何処行ってたんだ? 買い物だけか?」


「うん。それとちょっと西区の中央広場まで行ってた」


「そうか、そうだ。ノイに渡したい物があるんだ」


 アルは先ほど『イルルギャラ魔法店』で購入した髪飾りを取り出して、ノイに渡した。


「えっ? これ・・・・・・・・」


 すると、ノイの左右の瞳に涙が溜まり、その内の1つが右頬を濡らした。


「えっ? ど、どうしたんだ? ノイ?」


「これ、私のお母さんがしていた髪飾りに似てる・・・・・・・・」


「あっ―――――」


 ノイにそう言われてアルも思い出す。ノイの母親がいつもしていた髪飾りに何処か似ている。記憶とは曖昧なものなのでまったく同じ物なのかは定かではないが、確かに似ている。アルは無意識にそれを覚えていたのだろう。だから、その髪飾りを『イルルギャラ魔法店』で見かけた時に無性に気になったのだ。


「ありがとう、アル君。ありがとう・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・」


 涙ながらにお礼を言うノイを見て、アルは複雑な心境だった。ノイの両親はすでにこの世にいない。形見になるような物も残っていない。不用意にノイに両親を失った事を思い出させてしまった後悔と、それでも喜んでくれているノイを見て何と声を掛けていいか分からなかった。


「すまん、俺は全然そんな気もなしに・・・・・・・・」


「ううん、そんな事言わないで、アル君。 無意識にでも私のお母さんの事を覚えていてくれていてありがとう。私すっごく嬉しい。これ大事にするね」


 そう言うとノイはその髪飾りを自分の髪の毛に付け、アルにその髪飾りを見せつける様にくるりと1回転し、微笑んだ。


「ヘヘヘ、どう? 似合ってる?」


「あぁ、凄く似合ってるよ。ノイ」


 黄檗色きはだいろの髪の毛に紅桔梗べにききょう色の髪飾りが良く映えている。


「ところで、明日も氷棘鼠アイスヘッジホッグ討伐だから、そろそろ夕ご飯食べに行くか?ノイ?」


「うん。そうだね。今日1日ゆっくりしたから、明日からまた一所懸命稼がないと!!」


 自身の胸の前で握り拳を作り、鼻息荒く気合を入れるノイ。普段通りのアルとノイに戻った二人は夕ご飯を食べにいつもの瓜々亭うりうりていへと向かった。

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