第4話 超音波魔法

 フクロスト山脈から不吉な風が吹き荒れている。空は紫色に染まった曇天で、いつ雪が降りだしてもおかしくない様子だ。


 アルとノイは先日訪れた氷棘鼠アイスヘッジホッグの生息地に来ていた。此処までの道中で先日には出会わなかった他の冒険者を度々見かけた。そのせいか、目的の場所に氷棘鼠アイスヘッジホッグの姿形はなく、痕跡すら探し出す事が困難であった。


「う~ん、氷棘鼠アイスヘッジホッグの痕跡すら見当たらないなぁ・・・・・・・・ 昨日の内にかなり討伐されてしまったのかなぁ・・・・・・・・」


「そうかもねぇ、アル君。此処に来るまでに少なからず他の冒険者達を見かけたもんね。でも、前回いっぱい討伐出来た場所は此処よりもうちょっと北に行った所なんでしょ?」


「あぁ。そうだよ。じゃ、ちょっとそっちの方へ行ってみようか」


 アルとノイは移動を開始した。アルは念のため、本来冒険者ギルドが最初に提示した氷棘鼠アイスヘッジホッグの生息地まで来ていた。他の冒険者が真っ先に討伐しに来た場所は日数が経てば皆寄り付かないと考え、そこに少ないながらも氷棘鼠アイスヘッジホッグがいるのではないかと考えた為である。しかし、その予想は外れた。


 アルとノイは北上している。道中またノイがボーっとしている気がしたが、アルは気にせず歩を進めた。すると、ノイが珍しく何かに気付いた。


「ねぇ、アル君。 あっちの方が少し騒がしいみたいだけど・・・・・・・・」


 ノイは右前方を指差して呟いた。


「うん? 俺は何も感じないけどなぁ・・・・・・・・ ん? あれは・・・・・・・・」


 アルがノイの指差した方を怪訝な表情で向くと、そちらの方角に複数の足跡を発見した。


「あれは氷棘鼠アイスヘッジホッグの足跡だ。方角的にはノイが指差した方から来たみたいだな。どうする? 行ってみるか?」


「う~ん、何か嫌な感じがする。ちょっと怖いかも・・・・・・・・」


「そうか、それなら、やめておくか」


「でも、ちょっと気になる・・・・・・・・ ヘヘヘ」


「はぁ・・・・・・・・ じゃ、行ってみて危なそうだったら引き返そうか?」


「そうだね、そうしよう!」


 ノイは元気よく拳を突き上げた。アルはそんなノイの様子に呆れながら、ノイが指差した方を向かって歩き出した。アルがノイの前を歩き、危険が無いか調べながら進むことにした。


 氷棘鼠アイスヘッジホッグの足跡を逆に辿っていく。その先にはもしかしたら氷棘鼠アイスヘッジホッグの住処があるのかもしれない。そんな期待をアルとノイはした。


 足跡を辿った先に少し開けた空間が広がっていた。痩せ細った木々は無く、四方を見渡す事が出来る。その空間の真ん中に限りなく透明に近い青光りした岩らしき物がある。


「こんな場所がこの森にあったのか・・・・・・・・ この付近には来た事があったと思うがここまで探索出来てなかったなぁ」


「ねぇ、アル君。あれってもしかして水晶クリスタルじゃない?もしそうなら、お宝じゃない?」


 水晶クリスタルは鉱物の一種で、鉄よりも希少性が高い。魔力が通っていないと強度が低く、『戦士』の武器等には向かないが、『魔法使い』の杖や『治癒師』の錫杖などには適正があり、優秀で高価な武器として出回っている。稀に、『魔法戦士』なる職業の者が好んで使うと言う噂をアルは聞いた事がある。


「う~ん、どうなんだろう。俺も実物は武器屋で加工された物しか見たことないからなぁ・・・・・・・・ 原石を鑑定出来るほど知識ないぞ?」


「まぁまぁ、そう言わずにとりあえず、見てみようよ?」


 ノイはそう言いながらその水晶石らしき物に近づいた。指でコンコンっと叩いてみたが、ノイにはこれが水晶クリスタルなのかよく分からなかった。アルの方へと振り向き「よく分からない」と呟いた。


「ちょっと待て、ノイ! それ動いてないか?」


「えっ?」


 ノイがアルの言葉に驚いていると、足元が揺れ、その水晶クリスタルらしき物がグングンと空へ向かって昇っていく。その衝撃でノイは尻もちをついた。


「ノイ!」


 アルがノイの元へ駆け寄った。2人の目の前には高さ3メートル程の巨大な人型の像が立っていた。明らかに無機質なその見た目とその圧倒的な存在感は見る者を恐怖のどん底へと突き落とす。ノイは恐怖で震えている。


水晶巨象クリスタルゴーレムッ」


 アルが小さく呟いた。水晶巨象クリスタルゴーレムとはその名の通りゴーレムの一種である。血が通っておらず、その肉体は鉱物で出来ている。ゴーレムは総じて魔力を動力としている。故に、水晶クリスタルでできている水晶巨象クリスタルゴーレムとは相性抜群なのである。強度は途轍もなく硬く、攻撃力も高い。ゴーレム種の中でも上位に位置する存在である。


 アルはこの情報を冒険者ギルドの資料室で閲覧した事があった。


(なんでこんな森浅い場所で水晶巨象クリスタルゴーレムなんて凶悪な魔物がいるんだ。本来ならもっと森奥にいるはずだろッ)


 心の中で愚痴ってもこの状況を打破する事は出来ない。アルは必死に逡巡する。


 水晶巨象クリスタルゴーレムはアルに考える時間を与えるつもりはないみたいだ。水晶巨象クリスタルゴーレムは右腕を振り上げ、アルとノイに向かって振り下ろした。


「避けろ!ノイ!!」


 アルはノイを突き飛ばした。代わりに、水晶巨象クリスタルゴーレムの右腕を自身の革楯で受け止めた。が、とてもじゃないが、全て受け止め切れる事など出来なかった。革楯が一撃で破壊された。


「アル君!!」


 ノイの悲痛な叫びが聞こえる。アルはその場から動けず、体が左右にフラフラ揺れ動いている。


(いや!いや!いや!! もうと大切な人を失いたくない。私が何とかしなきゃ!!)


 ノイは意を決した。杖を両手に構え集中する。気が付けば体の震えは止まっていた。


「うぅぅ・・・・・・・・ 超音波よ!!!」


 ノイが魔法の呪文を叫ぶと、目には見えない力の塊が水晶巨象クリスタルゴーレムへと向かって行った。それは途轍もなく速く、気が付けば、水晶巨象クリスタルゴーレムの胸部を甲高い音と共に穿っていた。水晶巨象クリスタルゴーレムの胸部が少し欠け、ヒビが入った。


 その衝撃がアルを現実に引き戻した。少し意識が飛んでいたアルには今の状況が理解出来なかった。目の前にはノイの魔法で水晶巨象クリスタルゴーレムが後方へ大きく尻もちをついているのが確認できた。


 しかし、目の前の状況が理解出来なくてもアルの取る行動は一つしかない。すぐに、ノイの元へ駆け寄った。


「逃げるぞ!ノイ!立てるか?」


「ごめん、さっきの魔法の反動でこけて、足を挫いちゃったみたい・・・・・・・・ 私を置いて、アル君だけ逃げて! 私ってドジだから、ハハハ」


 ノイがいつもの乾いた笑いをした。それを見たアルは心底苛立った。


「そんな事出来る訳ないだろう!!!」


「―――――ッ」


 大きく怒鳴ったアルにノイはビクっと肩を震わせた。そんなノイに構わず、アルは懐から小さなガラス製の小瓶を取り出し、中身を口に含み一気に飲み干した。


「アル君、それ、健脚の霊薬・・・・・・・・」


「いざという時の為に常備していた。これで逃げるぞ!」


 そう言うとアルはノイを背中に負ぶって、駆け出した。健脚の霊薬は足腰を短時間のみ強化する薬である。霊薬には色々種類があり、主に戦闘面での強化に使われる。アルはそれをいざという時の逃走ように携帯していたのだ。


「霊薬って高いんでしょ? それを常備してたの?」


 背中越しにノイが問いかける。


「大丈夫だ。ノイが心配する事なんて何もない。ただ、街に帰ったら看病してくれ。多分暫く動けなくなる・・・・・・・・・」


「??? よく分からないけど、分かった」


 ノイが矛盾した返事をした。実はアルが服用した霊薬は正確には『健脚の霊薬(劣化)』であった。霊薬には品質によるグレードがあり、『劣化』、『普通』、『優』、『最上級』と分かれている。しかし、劣化だからと言って効果が薄かったり、効果時間が短かったりする訳ではない。単純に副作用に優劣があるのである。劣化品を服用すると約1日動けなくなる。


 アルは今の状況でその副作用を細かくノイに教えるつもりはなかった。すでに服用してしまったのだから副作用は避けられない。なら、今は余計な心配をかける必要はないと考えた。


 アルは雪道にも拘わらず、かなりの速度で森を駆け抜けた。幸い、道中に魔物と遭遇する事無く無事街まで帰って来られた。街に着いて暫くすると、アルはその場に倒れこんだ。ノイが急いで冒険者ギルドのノシーラを呼び、事の顛末を説明し、アルを宿屋の自室まで運んでもらった。


 『雪月家』のアルの部屋。ベッドで横たわっているアルの傍らで椅子に腰かけて心配そうな表情をしているノイ。その傍らには冒険者ギルドの受付嬢であるノシーラがいた。


「多分アル君は霊薬の劣化品を飲んだんだと思うよ。副作用が大きいけど、人体に後に残るような影響は無いはずだから、安心してね。ノイちゃん?」


「うん、分かってる。でも、心配なの・・・・・・・・」


 ノシーラはそれ以上言葉が続かなかった。何かあればギルドを頼るように言うと、ノシーラは部屋を後にした。ノイはずっとアルの寝顔を見つめている。





 🔶





 翌朝、体の気怠さを感じながらアルが目を覚ました。真っ先に目に飛び込んできたのはノイがベッドに突っ伏して寝ている姿だった。可愛らしい鼻息を立てながら寝ている寝顔をアルは見惚れてしまった。


(俺が看病してくれって言ったから、一晩中診ていてくれたのか・・・・・・・・ 咄嗟の事とはいえ、大袈裟に言い過ぎたかもなぁ・・・・・・・・)


 アルはノイに対して少し申し訳ない気持ちになった。いつまでも寝顔を見続ける訳にもいかず、ノイの肩を揺らして起こそうとした。


「うぅぅんぅ。 あっ! アル君。もう大丈夫なの?」


 眠たい目を擦りながら起きたノイは、アルの事を認識するとすぐに飛び上がった。


「あぁ、心配かけたなぁ。もう大丈夫だ」


「本当~~~に心配したんだからねぇ!! 霊薬なんて用意して、準備良すぎでしょ!!」


「そういうノイこそどうやって水晶巨象クリスタルゴーレムに尻もちをつかせたんだ?俺あの瞬間意識が飛んでたみたいで何にも覚えてないんだよ」


「えぇ~~~っと、ねぇ‥‥‥‥ 私にもよく分からないの。以前から自分の中で何か生まれそうな、何か掴めそうな感覚はあったんだけど、あの時は無我夢中だったから正確には分からないけど、多分、音に関する魔法だと思う ハハハ」


「プッ、なんだよそれ? アハ、アハハハハハ」


「フフフフフ」


 アルとノイは緊張の糸が切れたのか、お互いに笑い合った。しかし、ノイは椅子を倒し過ぎて豪快に後ろへと倒れた。


「おい、大丈夫か? まったくノイはうっかり者だな。ハハハ」


「うぅぅーー、ノイ君が堅実過ぎるだけだよ!!」








キャラクター紹介


 アル:職業加護『戦士』 隠れステータス【性格】:堅実

 物事を進める前に、下調べ等十分な準備を怠らない。その為、ミスも少ない。しかし、新しい事への挑戦が乏しい。


 ノイ:職業加護『魔法使い』 隠れステータス【性格】:うっかり者

 目や耳から入って来る情報を、そのまま無選別に受け取り過ぎてしまい、今するべきことの優先順位つかず、集中力散漫。しかし、発想力や想像力が豊かでその無選別の情報がピタリと合致する時、新しいモノを創造する可能性を秘めている。

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