第9話 シーク&アサシネイション

 



 幼いワタシがワタシを見ている。


 幼いワタシは男にある場所に連れて行かれる。


 そこは教会の様な建物。ボロボロの見た目をしている。


 中には別の男が居て、幼いワタシに何かを語り掛ける。


 男が語り終えると、幼いワタシを連れてきた男は落胆の表情をする。


 に連れ戻され、いつもの様に乱雑に扱われる幼いワタシ。


 その時、指先にナニカが触れる。


 そのナニカはザラザラした手触り。でも、何処か手に馴染む感覚がある。


 気がつけば、幼いワタシはそのナニカを握りしめていた。


 辺りはおびしい量の血の海。おぞましい程の悪臭の中にワタシは佇んでいる。


 幼いワタシと目が合う。涙は浮かべていない。


 しかし、幼いワタシのその瞳には一切の光など感じない。


 ワタシはその小屋を飛び出した。そのナニカと共に。


 妖刀景桜かげざくら。漆黒の鞘に桜色の装飾。刀身は限りなく透明に近い。


 幼いワタシはまだにいる。


 ワタシの意識はもっと深い闇の深淵へと沈んでいく。


 光などない。あるのは暗闇のみ。












 🔶













 カニ鍋パーティーから数日後。城塞都市ツバルはいつもの日常に戻っていた。ただ、幾つかの店は青鬼が持つ氷玉アイスオーブを備え付けた箱型の冷蔵庫なる物にカニ身を保存しており、今でも臨時メニューとしてカニ料理を振る舞っていた。


 ロイ一行もここ数日で十分休息を取れたので、再び『灰と虹の森』攻略に乗り出していた。


「すまんな、随分冒険者家業再開が遅れてしまって。前回思いがけず高収入を得たが、それに慢心せずに確実に稼いで行こう!」


 ロイがリーダーとして皆を鼓舞する。しかし、ウィルのみが大きく頷くのみで、ライラとツクヨは小さく頷くのみだ。ロイはツクヨが初めからそんな態度であった為、特に気にならなかったが、ライラが余所余所しいのが少し気になった。


「じゃ、いつ通り俺が先陣を切って進むから、遅れず付いて来てくれ!」


 ロイが先陣を切って進む。その後をウィル、ライラと続いた。ツクヨはロイ達が進んだ方向から後方へ目を逸らし、一点を見つめた。


「フンッ」


 小さく鼻を鳴らしたツクヨは正面を向き直し、ロイ達を追いかけた。





 🔶





 順調に『灰と虹の森』を攻略していくロイ一行。しかし、今回もまともな素材を残す魔物と遭遇しておらず、前回同様の赤字路線であった。そしてまた目の前に素材を残さない複数の小鬼ゴブリンが現れた。ロイは嘆息する。


 小鬼ゴブリンは全身緑色の人型の魔物で、言葉などは発せず、耳障りな鳴き声を発するのみである。身長は120から130センチと人間の子供ぐらいの大きさで、力もひ弱で、魔物中で最弱と言っても過言ではない。しかし、小鬼ゴブリンには上位種が幾つか存在し、それらは人間の脅威になり得る。


 目の前の小鬼ゴブリンは脅威でも何でもなかった。ロイはさっさと小鬼ゴブリン達を片付けて、先へ進みたかった。


「ちょっと待って、ロイ!! 何かあの小鬼ゴブリンだけ変じゃない?」


 その内の一体だけ様子がおかしかった。顔や体中の血管が浮き上がり、異様なほど殺気だっている。右手に持っている棍棒の柄から血が滴っている。見るからに異常だ。


「あぁ、そうだな、ライラ。だが、所詮は小鬼ゴブリンだ。さっさと片付けて先に進もう!」


 ロイがそう言った瞬間。その異常な小鬼ゴブリンはいきなり他の小鬼ゴブリン達をその右手に持った棍棒で殴り始めた。成す術もなく殺されていく小鬼ゴブリン達の様子に呆気に囚われたロイ一行は動く事が出来なかった。すると、その異常な小鬼ゴブリン以外いなくなった。全てその一体が殺したのである。


 普段血生臭い冒険者家業に慣れているロイ一行でもその光景に戦慄した。ライラはその異常な光景に恐怖で震えている。ウィルも顔が青ざめている。ロイは平静を装っているが心中穏やかではなかった。唯一、ツクヨだけが涼しい顔をしていた。


 他の小鬼ゴブリンを殺し終えたその異常な一体が雄叫びを上げる。すると、その小鬼ゴブリンの体が光だし、形態を変化させた。身長が少し伸び150センチ程になり、両脇にはそれぞれ片刃剣が抜き身で携えられ、全身が浅葱色あさぎいろになり、明らかに以前の小鬼ゴブリンでは無くなった。


「何よ、あれ!?」


 ライラが驚愕している。


 ライラが最も驚いたのは、その小鬼ゴブリンの顔に面妖なお面が付いていたからだ。ロイはお面の表情が読み取れないが、この魔物に心当たりがあった。


面妖鬼ギーグルゴブリンッ」


 それは小鬼ゴブリンの上位種の一種であり、その面妖なお面は様々な表情をするが、人間を見つけた面妖鬼ギーグルゴブリンはクスクス笑う事からこの名が付けられた。戦闘能力も高く、並みの冒険者では苦戦するであろう。


 面妖鬼ギーグルゴブリンはクスクス笑いながら迷わずロイへ飛び掛かった。突然の事で驚いたロイであったが、そこは実践経験豊富である『戦士』だ、即座に対応した。しかし、かなり素早い面妖鬼ギーグルゴブリンの攻撃に防戦一方になる。


「「ロイ!!」」


 ロイが襲われた事に我に返ったライラとウィルは同時にロイの名前を叫んだ。しかし、面妖鬼ギーグルゴブリンとロイの素早い攻防にウィルはどうする事も出来なかった。ライラは面妖鬼ギーグルゴブリンの素早さに付いていけそうではあったが、面妖鬼ギーグルゴブリンが常にロイを盾にする形で立ち回り、ロイと上手く連携が取れなかった。


(へぇ~ あの小鬼ゴブリンやるわね。常にワタシ達の動向を気にして、ロイの影に常に入り続けている。一瞬の判断でもっとも近くに居たロイに照準を合わせ、こちらの遠距離持ちを警戒している。魔物でもこんな戦力的な戦い方をするヤツもいるのね)


 ツクヨは今の状況を冷静に判断した。彼女にロイを今すぐ助ける選択肢は無いようであった。


「クソッ! ウィル!! ライラ!! 何しているんだ? 援護してくれ!!!」


「すまん、援護したいのだが、俺の魔法はお前を巻き込みかねない・・・・・・・・」


「ロイ!! もうちょっとその小鬼ゴブリンから離れて!!じゃないと私の弓も使えない!!」


(クソッ!! 役立たず共が!!)


 ロイは心の中で激高した。密接して戦っているロイに俯瞰的に今の状況を判断するのは難しかった。


(あれじゃ、やられるのは時間の問題ね。そろそろワタシが間に入ろうかな)


 ツクヨが動こうとした時、戦況に変化があった。面妖鬼ギーグルゴブリンの攻撃を受け止め切れず、斬撃がロイの左腕を掠って、血が出たのだ。それによりロイは益々冷静な判断が出来なくなった。


「うおおおぉ!! 剣技・剛力斬!」


 ロイは勢い良く両刃剣を地面へと叩きつけた。砂埃が舞い視界が一瞬奪われたが、面妖鬼ギーグルゴブリンは素早くロイの側面へ周り込み切り掛かったが、ロイは意外にも冷静にこれに対応した。楯を面妖鬼ギーグルゴブリンの飛び込みに合わせ、面妖鬼ギーグルゴブリンを叩き飛ばしたのだ。


 面妖鬼ギーグルゴブリンとの距離が取れ、ロイはウィルとライラの元へと駆け寄った。


「大丈夫? ロイ!」


「大丈夫か? ロイ!」


「あぁ、お前らのおかげでな・・・・・・・・」


 こんな時に皮肉かっとウィルとライラは思ったが、ロイの次の行動に2人は目を疑った。


「きゃあああ、痛い!!」


「ぐあぁ、いてぇ! 何しやがる!? ロイ!!」


 なんとロイはライラとウィルの足をその両刃剣で切りつけたのである。素早く切りつけたロイは一目散に逃げだしていた。


「あんな化け物と戦ってらえるか!! 俺は死にたくない!! お前ら足手まといの為に死ねるかあぁ!! お前らが俺の逃げる時間を稼げ! それがお前ら役立たず共の俺への罪滅ぼしだ!!」


 ロイはウィルとライラに罵詈雑言を放ちながら遠くへ駆けていく。ウィルとライラは絶望に包まれた。ロイの本性を垣間見た事もそうだし、足を怪我した状態で素早い面妖鬼ギーグルゴブリンの相手など戦いにすらならないであろう。


「そんな、ロイ・・・・・・・・・」


「クソッ! あの野郎! 本性を隠してやがったなあ!!」


 面妖鬼ギーグルゴブリンがクスクス笑いながらゆっくりとウィルとライラに近づいて来る。面妖鬼ギーグルゴブリンにとって目の前の2人は既にまな板の上の鯉であった。


「いやああぁ!! 私だって死にたくない!! ウィル何とかしなさいよ!! 今まで散々助けたでしょ!!」


「・・・・・・・・・」


 ウィルはロイの醜い一面を見て、ライラのそんな一面は見たく無かった。しかし、どの道死ぬならとウィルは意を決した。


「分かった。何とか頑張って逃げてくれ! ライラ!! 俺が時間を稼ぐ!!」


「えっ? な、何言ってるのよ? ウィル?」


「最後ぐらい格好付けさせてくれ! 惚れた女の前で・・・・・・・・」


「―――――ッ!?」


 ライラは衝撃で言葉が出てこない。


「早くいけーーーー!!! 俺が稼げる時間なんて知れてる!!! だから、早く逃げてくれ!!!」


 ウィルが短剣と杖を構えて、面妖鬼ギーグルゴブリンを迎え討とうとする。面妖鬼ギーグルゴブリンは薄ら笑いから、下卑た笑いに変わっていた。


「ゲヘヘヘ」


「ウォーターウォール!!」


 飛び掛かろうとした面妖鬼ギーグルゴブリンの目の前に水の壁を魔法で作り出したウィル。しかし、そんな鈍重な魔法など面妖鬼ギーグルゴブリンにとっては避ける事など造作も無かった。


 ウィルも元よりそんな魔法で面妖鬼ギーグルゴブリンの攻撃を防げるとは思っていない。魔法は連発が難しい。迫りくる面妖鬼ギーグルゴブリンを何とか短剣で迎え討とうと構える。


「クソオオオォ!!!」


 ウィルが悔しさから雄叫びを上げる。しかし、その刹那。一筋の影が目の前に鋭く突き刺さった。


「ゲヘッ? へ?」


 奇妙な鳴き声を上げた面妖鬼ギーグルゴブリンの頭部が地面に転がっていた。面妖鬼ギーグルゴブリンの両手にそれぞれ掴まれていた片刃剣は中程から砕かれていた。


 ウィルは目の前の状況が把握出来なかった。しかし、目をよく凝らして見ると、そこにはツクヨがいた。ツクヨはウィルの方を振り返り、口を開いた。


「顔が綺麗でも心は醜いものね。ロイなんて論外だけど、ライラも大概ね。でも、ウィルに免じて許してあげる」


「あ、貴方何言ってるの? それにどうやってあの小鬼ゴブリンを?」


「別に、普通に斬っただけ。さっきのは言葉通り。ライラ、アナタは心が醜いと思った。ウィルを見捨てて、身代わりにしようとしたでしょ?」


「・・・・・・・・」


「こんな醜いヤツら助けるつもりじゃなかったけど、ウィルがまだまともだったから気まぐれで助けた。それだけ」


「ツクヨ。助けてもらって感謝しているが、あまりライラの事を悪く言わないでくれ」


「良く言うのも、悪く言うのもワタシの勝手」


「・・・・・・・・・」


 ライラもウィルもこれ以上ツクヨに反論する気が起きなかった。2人にしたらツクヨは命の恩人である。しかし、素直に納得出来ない部分もある。


 ツクヨは面妖鬼ギーグルゴブリンが残した白い面妖なお面を拾い上げた。何に使えるか分からないが、魔物が残した物なので何かしら価値があるはずである。


「これはワタシが貰うね。文句ないでしょ?」


「あぁ、遠慮せず貰ってくれ」


「それとワタシの実力は他言しないでね。あんまりパーティーの勧誘ばっかり受けるの得意じゃないから」


「分かった」


「じゃ、ワタシはこれで。このパーティーもこれ以上活動出来ないし、抜けるね」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。そんな簡単に抜けるなんて・・・・・・・・」


「う~ん。でも、ロイとはもう組めないでしょ? 顔を合わせるのも憚られるんじゃない? それにと思うよ」


「えっ? それってどういう意味だ?」


「さぁね。じゃ、そういう事で」


 ツクヨはライラとウィルを一瞥もせず、その場を後にした。『灰と虹の森』に取り残されたライラとウィルは何とか街へ帰還した。


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