第8話 カニ鍋パーティー

 


 遠くに見える幼いワタシはまだ泣いている。


 に男と一緒にいる幼いワタシ。


 男は幼いワタシに無理やりナニカを飲ませる。


 男の傍には空のガラス瓶が転がっている。


 嗚咽を漏らし、泣きながらナニカを飲み干す幼いワタシ。


 そのナニカは酷く臭く、喉に絡みつく不快感がある。


 幼いワタシは体が熱くなるのを感じる。頭がボーっとし、視界が真っ白になる。


 男は幼いワタシの頭を掴む。


 幼いワタシは何故か泣き止んでいる・・・・・・・・・


 でも、幼いワタシは何故か悲しい気持ちになる・・・・・・・・・


 分かっている事は、幼いワタシはこの後も泣き続ける事だろうと言う事だけだ。












🔶












 ヴァモカナ小国はニル大陸の内陸にある国だ。周りには一切の海は無く、生鮮食品である魚介類は他国からの輸入でもこの国は入ってくることは無い。しかし、ここ城塞都市ツバルでは盛大なカニ鍋パーティーが開かれていた。


「どうしてこうなった・・・・・・・・?」


「まぁ、いいじゃない? ロイ。 カニの魔物の外殻が意外に高く買い取ってもらえたし、中身なんて私達だけじゃ食べきれないでしょ?」


「そうだけどさぁ、ライラ。何か納得出来ないんだよなぁ」


 ロイは嘆息し、ライラへ今回の『灰と虹の森』攻略の不満を躊躇わず口にする。ロイ一行は現在城塞都市ツバルに帰還しており、街の一画にある広場にいた。


 右大蟹ラージシザークラブを討伐し、その素材である巨大な右手のハサミを持って帰ってきたロイ一行。右大蟹ラージシザークラブを見たことも聞いたこともないロイはとりあえず、冒険者ギルドへと足を運んだ。


 冒険者ギルドへ問い合わせると、受付嬢も右大蟹ラージシザークラブの存在は知らず、1人の職員が資料室の古い文献を取り出し、少ない情報ではあったが、過去の討伐記録を発見できた。


 その資料によると詳しい生態などは載っていなかったが、素材である右手のハサミは少し情報が載っていた。外殻は非常に硬度が高くその上軽量である為、主に防具の転用に向いている素材だそうだ。さらに、過去の討伐記録ではハサミの中身を食したと言う記録も残っている。


 それを知った冒険者ギルドは早速城塞都市ツバルの腕利きの料理人に声を掛け、広場で解体ショーを行った。職業加護に『料理人』と言うのは今まで一切確認されていない。料理人には誰しもがなれる職業だ。しかし、刃物を扱う故に、料理人には職業加護『戦士』を授かった者が多かったりする。広場での解体ショーも冒険者の『戦士』と見紛う程の体躯をした中年の男性が斧で関節を切断していた。


 解体を終えた巨大バサミは、外殻は冒険者ギルドが特例で買い取り、中身の身はその場に居た者達に振る舞われた。しかし、大量にあるカニ身を消費しきれそうになかったので、街にある店の料理人がそれぞれ駆けつけ、カニ身を自身の店で調理する為に各々が大量に持って帰った。


 そんな事があってロイ一行は巨大バサミの外殻の買い取り金額に、大量のカニ身の買い取り金額を上乗せしてもらい、結構な収入になった。そして、思いがけず報酬の多さと、右大蟹ラージシザークラブとの戦闘の余韻で興奮した普段寡黙なウィルが酒に酔い、上機嫌でロイの武勇伝を道行く人達に言いふらしていたのだ。


 ロイとしては皆が無事に街へ帰還出来たから良かったものの、右大蟹ラージシザークラブとの遭遇は予想外であり、討伐出来た事も、成果の大きさも全て運が良かったとしか思えない。故に、ロイは少し不貞腐れていた。


(何故あの時、ハサミは軌道を逸れて、俺の横の地面に向かったのか? あれが無ければ俺は死んでいたかもしれない・・・・・・・・・)


 ロイは右大蟹ラージシザークラブとの戦闘を思い出すと戦慄する。冒険者になった時に命の覚悟はしたはずであった。しかし、実際死が目の前に迫ると平時で誓った覚悟など腐った木の根の如き脆さであった。


「もう~、ロイ!! さっきから暗いわよ。納得出来ない事なんて冒険者家業やっていたらいくらでもあるじゃん!! とにかく、吞んで忘れて、切り替えしましょう?」


「あぁ、それもそうだな。ありがとう、ライラ」


「それにもうちょっとまとまったお金を稼いだらこのヴァモカナ小国の北方にあるヴァルガルディス王国の『温泉の街プベツイン』に温泉に浸かりに行かない? ちょっとロイ疲れてるみたいだし」


「そうだな・・・・・・・・・ それもいいかもなぁ」


「エヘヘヘ、じゃ、そういう事で乾杯~」


 ロイは明るく声を掛けてくれるライラに少し救われた。二人はエールで乾杯し、茹で上がってプリプリのカニ身を頬張った。ロイとライラは今まで味わった事のないカニ身の美味しさに更に酒が進んだ。


 そしてロイの耳にウィルの声が聞こえてくる。


「そこでロイがこのでっかいハサミを避けて、掻い潜って、懐に入ったんだよ! そして、バシュって切ったんだよ!!」


 既に泥酔しているウィルは目に映る人を誰彼構わずに絡みにいった。呂律は辛うじて回っているが、話の要領は得ない。それを見て、ロイは溜息を1つ吐いた。


 一方で、ロイとライラが一緒に吞んでいるテーブルの少し離れたテーブルにツクヨが1人で座っていた。ツクヨは賑やかなお祭り騒ぎなどが苦手であり、すぐに立ち去ろうとしたが、一口食べた茹でたカニ身が思ったより美味しく、長居してしまったのである。


 1人でゆっくりカニ身を食べているツクヨの隣にフードを目深に被った男が座った。


「お前、あのカニを討伐したパーティーメンバーなんだって?」


 男は不躾にツクヨに尋ねてきた。フードの端から赤い髪が見える。


「そうよ」


 カニ身を食べながらツクヨは簡素な返事をした。


「こんな魔物は見たことねぇからな。どうやって倒した?」


 ツヨクは少しこのフードの男を煩わしいと感じたが、冒険者が情報共有したがるのは普通な事なので我慢する事にした。


「あそこで泥酔している魔法使い風情がいるでしょ? 彼が氷魔法で貫いて倒したのよ」


 ツクヨはウィルに視線を向けながら、フードの男の質問に答えた。特に細かい攻略まで教えてやる必要はないし、面倒だと感じた。


「ふ~ん。そうか」


 フードの男はどこか納得出来ないっといった雰囲気であったが、ツクヨは気にしない。すると、フードの男はツクヨとの距離をスッと詰めてきた。ツクヨは一瞬警戒したが、フードの男からは特に害意は感じなかったので特段反応しなかった。


 フードの男は小声でツクヨに話し掛ける。


「お前、つけられてるぞ」


「分かってる」


「ん? そうか。 知っていたか。なら、お前ほどの実力なら大丈夫だろう」


(ワタシの実力? そんなのこの街の人達に知られてるはずないわ。何故この男・・・・・・・・)


 ツクヨはフードの男の言葉が予想外だった事もあり、この男が気になった。


「アナタ何者?」


「俺か? 俺は何処にでもいる冒険者だ。あえて言うなら、少し強いかな」


「何その言い回し? 格好つけてるつもり?」


「いや、そう訳じゃないが、あまり正体を明かしたくない。そこら辺の事情はお前なら分かるだろ?」


「・・・・・・・・・」


(この男何処までワタシの正体を・・・・・・・・?)


 ツクヨはこのフードの男に対して一気に警戒レベルを上げる。それに気づいた男は少し慌てて言い訳をした。


「まぁ、待て。俺はお前を脅したり、どうこうしたりするつもりはない。ただ、ちょっとしたお節介だ」


 そう言ったフードの男は立ち上がり、立ち去ろうとした。ツクヨは素直に気なる事を最後に質問した。


「アナタここを拠点にしているの?」


「ん? いや、ちょっと急用で故郷に帰っている途中に偶々通りかかっただけだ。俺の故郷はここよりずっと寒い場所だ」


 フードの男はツクヨに背を向けながら手をヒラヒラとして、別れを告げた。ツクヨ自身は何故あんな質問をしたのか分からなかった。ただ単純に疑問に思った。


 ロイ一行は夕刻に帰還し、そこから大急ぎでカニ鍋パーティーが催された事もあって、夜は益々更けこんでいったが、お祭り騒ぎは収まる気配がない。ライラは愚痴ってるロイを慰めているし、ウィルは完全に酔いつぶれてテーブルのベンチ寝そべっていた。ツクヨはカニ身に満足し、その場を後にした。


(アイツらはほっといてもいいよね。何かあればワタシが泊っている宿に伝言を残すだろうし。でも、この調子だと明日は『灰と虹の森』の攻略は行けそうもないかな)


 ツクヨは心の中で嘆息し、あのフードを目深に被った赤毛の男の事を考えた。











🔶












 製造機号コードネーム『クロ』もそのお祭り騒ぎの場にいた。


(な、なにこのカニ?! う、うめぇ!?)


 人ゴミに紛れながら、呑気にカニを貪っていた。


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