第15話 地竜リュドウグラ


火地かちの宿』で用意された朝食を食べようとしているアルとノイ。一般的な煎って乾燥させたオーツ麦を煮て戻した物と紅白身魚ルビーフィッシュを焼いた物と赤兎鶏セキトケイの深紅の卵とその黄身の料理が木のトレイに用意されていた。


 赤兎鶏セキトケイはこの地域特産の鶏で、他の動植物と同じく赤い見た目をしている。そして、その卵も深紅に輝いている。中身の黄身も濃厚で、一度食べると病みつきになる美味しさだ。この温泉の街『プベツイン』では一般的に食べられている。


「ウォタッさん! これらの卵ってどう食べるの?」


 アルとノイは初めて見る料理に困惑した為、ここの女主人であるウォタッに食べ方を訪ねた。


「あぁ、その赤兎鶏セキトケイの深紅の卵は自分で割って、そのオーツ麦に混ぜて食べるんだよ。そっちの赤兎鶏セキトケイの深紅の卵の黄身はそのまま食べれるよ。温泉卵って言うんだよ。この温泉の街『プベツイン』の名物の1つさ!」


「へぇ~、そうなんだ。じゃ、早速頂こう、アル君!」


 アルとノイはウォタッの説明に頷いて、それら料理を食べ始めた。


「お、美味しい。こんな卵料理今まで食べたことない!」


「あぁ、そうだな、ノイ。こっちの白身魚も中々旨いぞっ!」


 アルとノイはこれまで食べた事ない料理に舌鼓を打ちながら、感動していた。実はアルとノイ、特にアルが所持金の心配をして、『火地の宿』の朝食セットを外してもらっていたのだ。しかし、意外に火水土竜ヒミズモグラの討伐が簡単な事もあり、ノイの提案で『火地の宿』の朝食サービスを追加で頼んでいたのだ。


 そして今朝がその初めての朝食だったのだ。


「幸せ~。これよ、これ! 私が求めていたのはこれなのよ! 美味しい料理を食べて、温泉に浸かってゆっくりする。アル君もそう思うでしょ?」


「えっ? あ、あぁ、そうだな・・・・・・・・・・」


 興奮して早口なノイとは違いアルは歯切れが悪かった。ちょっと余裕が出来たとは言え、まだ金銭面での不安が拭えないアルであった。


「そういえば、アル、ノイ! 夜中に街の外へ出掛けたりしてないわよね?」


「ん? してないが、それがどうしたんだ? ウォタッ?」


 唐突な話題に少し困惑するアルとノイ。


「なんでも、三人の男の死体が街外れの街道で今日の朝早く見つかったそうなのよ」


「えぇぇ!? し、死体?」


「しかも、そこにはその男達が運んでいたであろう荷物があったんだけど、その中にこの街で行方不明になった人達が拘束されていたらしいのよ!」


「ふぇ?! な、何それ?」


 興奮して話すウォタッとその内容にノイは少し戦々恐々としている。


「その三人組は人攫いか?」


「詳しい事は分からないけど、私は恐らくそうじゃないかと思ってるわ。二人も気をつけてね?」


「あぁ、ありがとう。ウォタッ」


「ひ、人攫い? ど、どういう事? アル君?」


「恐らく奴隷にしようとしたんじゃないかな? この国は奴隷制を禁止しているけど、他国じゃ容認されている所もあるからね」


「ど、奴隷・・・・・・・・・・」


 このヴァルガルディス王国では奴隷制度を採用していない為、奴隷を持つ事や、取引する事は違法で、見つかれば重い罰が課せられる。しかし、人間とは制度で禁止するぐらいではその悍ましい行為をやめる事はない。純真無垢なノイにはキツイ話題だった。


「さぁ、早く食べて、今日も火水土竜ヒミズモグラ討伐へ行こう」


「う、うん。そうだね」


 アルはノイが見るからに落ち込んでいる為、努めて明るく振る舞った。朝食を食べ終えた二人は今日も今日とて火水土竜ヒミズモグラ討伐へ向かった。





 🔶





 連日の火水土竜ヒミズモグラ討伐で、山道の行き来も慣れ、スムーズに今日の討伐を終え、帰りの山道を下っていると、突然ノイが口を開いた。


「ねぇ、アル君。ちょっと気になる事があるんだけど」


「ん?どうした?」


「この道の真下に気になる気配と言うか、何というか・・・・・・・・・ とにかく何かあると思うんだよね!」


「―――――いつもの勘か?」


「へへへ、そう、かな?」



 アルとノイのいつものやり取りが繰り広げられる。


「はぁ~、いいよ、行ってみよう。まだ時間も早いしね。でも、ここからだと一回この山道を下り切って、迂回しないと行けないなぁ」


 アルとノイはそのまま山道を下り切って、先ほどノイが言っていた場所まで辿り着いた。そこはただの岩肌が剥き出しになった『グレグラ火山』山肌があるのみであった。


「何にもなさそうだけど、ノイ?」


「・・・・・・・・・・」


 アルの呼びかけにノイの返事はない。ノイは真剣な表情で辺りを窺っている。すると、ノイが一か所の山肌に触れた。


「えっ?」


 アルが間抜けな声を上げた。ノイが触った箇所へ吸い込まれる様にいなくなったからだ。


「お、おい! ノイ!?」


 アルは焦った。すぐにノイがいなくなった場所に近寄り、山肌に触れる。しかし、山肌には触れられず、そのまま腕が山へ吸い込まれていった。


 気がつけばアルの目の前にはノイがいる。


「えっ、えっ? ノイ、どういう事?」


「私にも詳しくは分からないけど、認識阻害の魔法か、結界魔法みたいなものが掛けられていたのかも・・・・・・・・・」


「そんな魔法聞いたことないぞ・・・・・・・・・・?」


「可能性の話だからね。それよりも奥にいるみたい」


 アルはそのノイの言い方に奥へ行く事への躊躇いが生まれた。


「ちょ、ちょっと待て!ノイ! 奥に何があるのか分かるのか?」


「分からない。でも、私達は行く必要があると思う」


 アルはいつも以上、いや、今まで見たことないぐらい真剣なノイの表情に戸惑った。それにアルも奥から何かしらの巨大な存在感を感じる。『グレグラ火山』内の熱さだけでは無く、冷や汗も搔いている。アルは自分の身よりも何よりもノイが心配であった。


「あ、危ないんじゃないのか? さっき言っていた魔法などが本当なら何か隠したいモノがあるはずだ。そう言ったモノには常に危険が付き纏う」


「分かってる。でも、冒険者はその危険を乗り越えて先に進む者。それにアル君が居れば私は何も怖くない」


「私の様は強いんだから、 ねぇ?」


 ノイがいつもの屈託のない笑顔をアルに向ける。アルはそんなノイの笑顔と言葉から不思議と力と勇気が湧いてくるのを感じた。


「分かった。行ってみよう。何があっても俺がノイを守るから」


「うん!」


 アルとノイはそのままその洞窟の奥へと進んでいく。洞窟自体の空間は広いが奥はそこまで長くなかった。そしてアルとノイはその洞窟の最奥の存在と邂逅した。


「ド、ドラゴン・・・・・・・・・・」


「わぁ、おおきい~」


 アルは絶句、ノイは感嘆の声を上げた。そこには伝説で語り継がれる竜種がいた。体表は大量の鱗に覆われ、黄色に光っている。頭からは大きな角が二本生えそろっており、翼を折りたたみ、悠然と体を丸め、その巨大な体躯は地面と一体化している様であった。


 ノイがそのままそのドラゴンに不用意に近寄ろうとした。


「ノイ! 危ない!! 不用意に近寄るな!!」


「大丈夫だよ、アル君。 このドラゴンさんに害意や悪意は無いよ」


「無いよって、ノイ、お前ぇ・・・・・・・・・・・」


 ノイがアルの言葉に構わず、そのドラゴンに近づく。すると、ドラゴンはその頭をゆっくりと上げ、アルとノイを見つめた。


「私は地竜リュドウグラ。人間の子らよ。君達が此処へ来る事はよ」


「そうなんだ。私も何か視線みたいなモノを感じてたから。それはあなただったんだねぇ」


 アルは目の前の伝説の存在とそれと普通に意思疎通が出来ているノイに理解が追いつかず、頭を抱えた。


「ドラゴンとは古代の言葉で『見る者』を意味する。私達竜種は世界の行く末を見守る存在。とは言え、すべて見る事は叶わぬ・・・・・・・・・」


 ノイは先程の様な真剣な表情をして地竜リュドウグラの話を聞いている。


「少女よ。君は非常にこの世の理が。そして、厄災が近づいている。君は否応なしにそれに巻き込まれるであろう」


「君に必要なのは覚悟だ。私に出来る事は限られている。そこにある宝石を。それを求めていたのであろう?」


 地竜リュドウグラはその大きな前足を持ち上げ、自身の懐付近をその爪で指さした。そこには小さいながらも、圧倒的な存在感を放っている薄く黄色に輝いている魔法石があった。


「これって、アル君。もしかして・・・・・・・・」


「い、いや、分からない。街に戻って鑑定してもらわなければ分からないが、恐らく・・・・・・・・・」


 ノイは大事にその魔法石を懐にしまった。


「さようなら。少女よ。また逢う日が来るであろう・・・・・・・・・」


 地竜リュドウグラが言い淀むと、顔を下げ、アルの事を見つめた。


「少年よ。流石その少女と一緒にいるだけの事はある。君は器が成している。一歩前へ」


 アルは地竜リュドウグラに促され、一歩前出ようとするが躊躇ってしまう。すると、ノイが隣に来て、アルの手を握った。不思議と不安が消えた。


 アルがノイと共に地竜リュドウグラの傍まで寄る。地竜リュドウグラはその巨大な前足を持ち上げ、爪をアルの前に翳した。爪先が淡く光っている。


「これは地竜の加護。きっと君の役に立つはずだ。では行くがよい」


「ありがとう、ドラゴンさん。またね!」


 ノイは元気に地竜リュドウグラに別れの挨拶をした。アルは今起こっている事態の把握が追いつかず、思考を停止していた。二人はそのままその洞窟を抜け、温泉の街『プベツイン』へ帰還した。




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