第14話 白面の女

 

 夜が更けたその先の暗闇の刻。あれだけ明るく騒がしかった温泉の街『プベツイン』も少し静けさに浸っていた。温泉や食事を求める客達は一様にそれぞれの宿屋へ戻ったみたいである。


 そんなお祭り騒ぎの終わりを告げる雰囲気の大通りからやや外れた街灯の光が届きにくい路地裏。そこには人が立ち入ら無さそうな廃倉庫が建ち並んでいた。


 その内の1つの廃倉庫の大きな扉が開いた。中から出てきたのは大きな箱を乗せた車輪付きの荷台だった。その荷台を押す様に荷台の後ろにフードを目深に被った男が三人いた。


 荷台の先端には超光米搗蟲スーパーヒカリコメツキムシの光袋を筒状の物に入れ、一面にガラスをはめ込んだ投光器を取り付けていた。これにより、暗い夜道もこけずに歩く事が出来る。


 その男達は静かに温泉の街『プベツイン』の外へ抜けた。街から少し離れた頃合いで男の一人が口を開いた。


「ふぅ~、誰にも見つからずに街を抜けれたなぁ。馬があればもっと早いんだけどなぁ~」


「五月蠅いぞ! ドズ! まだ依頼人の所まで辿り着いてないんだから、油断するなよ!」


「分かってるよ、ダンの兄貴! でも、職業加護があったとしても、人力はきついって・・・・・・・・・」


 ドズと呼ばれた男は不満を躊躇わず口にした。そんなドズを見てもう一人の男が口を開いた。


「ドズ! オレ力持ち。だから安心しろ。大丈夫!」


「あぁ、カド。バカなお前を拾ってやった恩を忘れずにいるとは感心だ。しっかり俺とダンの兄貴の為に働けよ!」


「分かった。オレ頑張る!」


 カドは元気の良い大きな返事を返した。少し大きめなその声にダンとドズは眉を顰めた。


 順調に目的地に向かっている三人の目の前に突然暗闇から人影が現れた。その人物は黒衣で白面を付けていた。


「なんだ? おい!お前!! 邪魔だから退け!」


 ドズは荷台の後ろから顔を出し、その人物を怒鳴りつけた。しかし、それはすぐに悲鳴へと変わった。


「わあぁあぁ、がっ、あああああああああああぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁ」


 ドズの右腕が宙を舞った。ダンもドズもカドも何が起こったか分からなかった。しかし、明らかにその白面の人物が何かをした事は確実であった。その白面の人物がゆっくりとドズに近寄る。


「く、く、来るなああぁぁぁぁあぁぁ!!! あ、あ、あ、カ、カ、カド!! お前何とかしろおおおぉぉぉおぉぉぉ!!」


「う、うん。オレ、ドズ助ける」


 カドはダンとドズよりも恐怖を感じていなかったが、すぐに呻き声も上げずに、その白面の人物に切り伏せられた。


「ドズ!! とりあえず、逃げるぞ!! 荷物は置いっ――――――」


 ダンが話半分で沈黙した。その沈黙の答えをドズは否応なしに理解した。


「な、な、何なんだよ!お前はああああ!! 俺たちに何の恨みがあってこん、な・・・・・・・・・・」


 ドズは言葉を途中で詰まらせた。その人物の白面が今まで見た事もない程の下卑た笑みを浮かべていた。ドズは自身の股間部分に生暖かい感触を覚え、すぐに物言わぬ死骸になった。





 🔶





 ツクヨはいつもの黒い装束に面妖鬼ギーグルゴブリンのお面を付けている。ツクヨは面妖鬼ギーグルゴブリンの白いお面を『白妖面』と名付けた。白妖面の装備効果は素晴らしく、ツヨクは体感的に2、3割の身体強化を感じていた。


(凄いわねぇ、この白妖面。暗視魔法まで付いてるみたい)


 現在は夜も更けこんだ深夜。辺りは暗く普通なら暗闇で何も見ないが、白妖面を装備したツクヨにとっては昼間と大差なかった。


 そんなツクヨは夜中に温泉の街『プベツイン』から街の外へ出た荷台を押している三人組の男の跡をつけていた。ツクヨの目的は明白であった。


 ツクヨが頃合いを見計らって、男達の目の前に姿を現した。ツクヨは男の言葉など端から聞いていない。帯刀している妖刀景桜かげざくらを素早く抜き、目にも止らぬ早業で、一人男の右腕を切り飛ばした。


「わあぁあぁ、がっ、あああああああああああぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁ」


 その悲鳴で三人の男達が絶望の表情に染まっていった。次に体躯のいい男を切り伏せ、残りの一人の頭も切り飛ばした。


「な、な、何なんだよ!お前はああああ!! 俺たちに何の恨みがあってこん、な・・・・・・・・・・」


 右腕を切り飛ばされた男がツクヨを見て絶句している。ツクヨは構わず、男に止めを刺した。


 最後の男の驚愕した顔が気になり、不意にツクヨは白妖面を外し、その面を表に向けた。


「うっ・・・」


 白妖面は偶に夢に見るの少女と一緒にいた男の表情そのものであった。


「あっ、あっ、あっ・・・・・・・・・・ あぁあぁあぁ」


 ツクヨは嗚咽を漏らしながら、動悸が激しくなるのを感じた。ツクヨは吐き気を催す程のドズ黒い感情が心を蝕むのを感じた。


 ツクヨはその場で膝を地面に突き、片手で口を抑え、暫く俯いた。すると、小さな呻き声が聞こえてきた。


「うぅぅ、ド、ズ、ダン。ど、ど、何処だ・・・・・・・・・ お、オレが、た、助ける、ぞ・・・・・・・・・・・」


 三人組の男の内の体躯の大きな男はまだ息があった。が、それもすぐに消え入りそうであった。その男は微かに声を上げ続ける。


「ううぅ、うぅぅ、父、さん、か、あさん。ど、何処、い、行かないで、く、れ・・・・・・・・・・・ オレを、置いて、い、か、ないで、く、れ・・・・・・・・・・ うぅうっ」


 その男の声はそれ以上木霊すことはなかった。ツクヨはその男をジッと見つめた。


 暫くするとツクヨは落ち着きを取り戻し、白妖面を懐にしまいその場を後にした。三人の男達は月光に照らされる事もなく、深い闇へと沈んでいった。


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