第30話 いつもの曇天模様の空の下で




 サツキはその特大剣を肩で担ぎながら、目の前の急に現れた男を睨んでいる。王鶏冠多頭蛇バシレウスを倒した満身創痍のマリィ・ガルシアを痛めつけている所に、急に風切り音がしたと思ったら、鋭い刃が飛んで来た。サツキは思わず飛び退いてしまった。


 遊ばずにさっさと殺しておけば良かったとサツキはほんの少し後悔した。


 そのサツキに睨まれているカユードは静かな怒りに満ちていた。戦闘の気配を頼りに此処まで駆けつけたが、それらが視界と聴覚に届いた時、言い得ぬ怒りを覚えた。


 耳を塞ぎたくなるような鈍く痛々しい音。その音の度に傷を負っていく妹。


 咄嗟にファルシオンソードを引き抜き、マリィを足蹴にするその男に斬りかかった。マリィを助ける事を優先した為、深追いはしなかった。


 マリィの安否を確認し終え、男へと向き直った。


「お前は誰だ? 何故妹をこんな目に合す?」


 サツキはカユードの質問には答えず、フンっと鼻で笑った。何度も自己紹介するのが面倒になっていた。


「妹? 確かガルシア家の長男は鶏ヤローの蛇の毒で死にかけているはずだが・・・・・・・・・」


 サツキは一呼吸置いて、その切れ長の目を光らせた。


「まだ兄弟がいたのか―――――まぁ、いい、お前もここで死ね!」


 サツキがその特大剣を振り上げ、カユード目掛けて滅茶苦茶に斬り掛かった。大きく、雑なその太刀筋はカユードの目から見て稚拙な物だった。


 一流の戦士であるミュドーから剣を習い、兄のリューザと共に修行したカユードにとってそれは子供が覚えたての剣技を披露しているようであり、避ける事など容易かった。


 カユードはその特大剣の太刀筋を掻い潜り、サツキの懐まで到達した。ファルシオンソードを振り上げ、その左腕を切断した。


「はっ?」


 サツキの左腕は特大剣を掴んだままだ。しかし、その奇妙な恰好と相まって、サツキは今の自分の状態が瞬時に理解出来なかった。


 ボタボタと切断面から血が滴る。サツキは痛みを感じている素振りは無いが、少なからず動揺している様子が窺える。


 不意にサツキはその特大剣を地面に突きさし、掴んだままの左腕を引きはがした。


「あーあ、失敗だ、失敗。こんな事ならさっさと殺しとくべきだったな」


 サツキは肩を竦め、小さく嘆息した。カユードはサツキの次の行動を警戒している。


「お前名前は?」


 突然真剣な眼差しでサツキはカユードに問うた。


「―――カユード」


「そうか、ガルシア家の次男坊か・・・・・・・・・・・ 覚えておこう」


 すると、サツキはその左腕を口で咥え、特大剣を地面から引き抜き、魔の池沼ちしょうの奥へと姿を消した。


 カユードはその背中が見えなくなるまで見つめた。瀕死のマリィを置いてサツキを追いかける選択肢はなかった。何処かに伏兵が潜んでいる可能性もある為だ。


 カユードは傷ついたマリィの元まで歩み戻った。マリィはカユードの胸の中で泣きながら、何度も謝罪の言葉を口にした。カユードはそんな妹の頭を静かに何度も撫でた。





 🔶





 カユードは少し困っていた。


 自身の胸の中に顔を埋めているマリィの気持ちが落ち着くまで待っているつもりだったが、一向に落ち着く気配がない。


 マリィは全身傷だらけで今すぐにでも治療を受けさせたいカユードであったが、未だに胸の中の妹は力強く顔を埋めている。流石に疲れたのか、謝罪の言葉は口にしていないが、すすり泣く声は止まない。


 ここまで必死の妹を見ているとカユードは自身の不甲斐なさやその罪悪感で少し気分が落ち込んだ。


(マリィ―――――僕こそごめんね・・・・・・・・・・)


 今のマリィに直接伝えるとまた気持ちが昂ると思い、カユードは心の中でそう呟いた。


 カユードがそんなことを考えていると、誰かが言い争う声が聞こえ、見慣れた顔ぶれが視界に飛び込んできた。


「この魔の池沼ちしょうは俺達ガルシア家の領分だ。余所者が手出しするな!」


「うるせーな! こっちは友のピンチなんだよ! ガルシア家がどうとか俺には関係ねぇよ!」


 そこには交易街『トーマリ』で別れたと思っていたハーツと、後ろにアルベルトとマアサを付き従えたリューザがいた。


 ハーツとリューザ達もカユードとマリィの存在を視認し、駆け足で近づいて来る。カユードはいの一番にマアサを呼び、マリィの治療をお願いした。


 カユードはマアサにマリィを預け、ハーツとリューザと向き合った。


「何とか妹を助けられたみたいだな! 良かった、良かった」


 ハーツは豪快に笑いながら、カユードの肩を叩いた。力が強いハーツに叩かれて、本来は痛いはずなのに、カユードはそれが少し心地よかった。


「カユード。―――――お前が王鶏冠多頭蛇バシレウス倒したのか?」


 リューザはその仏頂面のまま視線を王鶏冠多頭蛇バシレウスに向け、カユードへ問うた。カユードは小さくかぶりを振った。


 リューザは小さく「そうか」と呟き、王鶏冠多頭蛇バシレウスの元へ向かった。


 そんな二人のやり取りを見ていたハーツは肩を竦め、小さくため息を吐いた。


 カユードはハーツに軽く礼を述べ、共にその場を立ち去ろうとすると、


「お待ちください、カユード様」


 カユードはアルベルトに呼び止められた。


「今一度兄妹で話し合われてはいかがですか?」


 カユードは少し驚いた表情を見せたが、すぐに小さくかぶりを振った。自身が話をしたくてもリューザとマリィが嫌がるかもしれないと思ったからだ。ただ、恐らくマリィはそうではないとも思ったが。


 踵を返そうとした所にまたもやカユードを呼ぶ声が聞こえた。


「待って!お兄ちゃん!」


 マリィである。彼女はマアサの治療で少し回復したみたいだが、まだ全快には程遠遠い様子だ。傍らではマアサが「やれやれね」と言いながら治療魔法をマリィにかけ続けていた。


 マリィはその両目の端にまた涙をためていた。


「―――っなんで? どうして助けたくれたの? ひ、酷い事した私に・・・・・・・・・・」


 苦しそうに顔を歪めながら、必死に言葉を紡ぐマリィ。カユードはそんな彼女に真っ直ぐ向き直り、


「可愛い妹が困っていたら世界の果てでも駆けつけるよ。例え嫌われていたとしてもね」


 それを聞いたマリィはまた泣き出した。やってしまったとカユードは少し後悔した。


「カユード様。マリィ様は貴方様の事を嫌っていた訳ではないのです」


 アルベルトが泣き続けているマリィの代わりにカユードへ語り掛けた。


「冒険者ギルドでの暴言も理由あってのことです」


「それにマリィ様はカユード様がガルシア家を出てから、私に貴方様の動向監視の命令を下していたのです」


「密偵の間、マリィ様は貴方様の事を『勿忘草ワスレグサ』と渾名で呼び、隠語としていたのです」


 それを聞いたマリィは慌ててアルベルトを止めよとするが、アルベルトは構わず続けた。


「『勿忘草ワスレグサ』の花言葉は『私を忘れないで』、『真実の愛』です」


 それを聞いたマリィは見る見る内に顔が赤くなっていった。


「ガハハハッ、可愛らしい嬢ちゃんじゃねぇか!」


 ハーツはまたもや豪快に笑い、カユードの背中を叩いた。それを聞いたカユードも少し照れ臭く、はにかんだ。


「ごめん、お兄ちゃん。私はお兄ちゃんを嫌いになったりしない。ずっと、ずっと大好きだった。―――――助けてくれてありがとう」


 マリィはしっかりカユードの目を見つめて告げた。カユードもそれを笑顔で受け入れた。


「冒険者ギルドでの事は、その、えーっと・・・・・・・・・・」


 言葉を言い淀み、横目でマリィはリューザの方を見やった。


「その、リューザ兄さんに、カユード兄さんの事が知られちゃって、また喧嘩になるんじゃないかと思って・・・・・・・・・・ 最悪、最後の真剣での死闘をするんじゃなかと思って、怖くなって・・・・・・・・・・・・」


「リューザ兄さんがお兄ちゃんを殺しちゃうんじゃないかと思うと怖くて怖くて、だから、なりふり構わずお兄ちゃんをこの街から離れてもらおうと思って、あんな事を・・・・・・・・・」


「―――――マリィ。僕の事を心配してくれていたんだね。ありがとう」


 マリィはこの日初めて笑顔でカユード向き合えた。その笑顔を見られたカユードも心が満たされる様な気分になった。


 そんな二人の元へ王鶏冠多頭蛇バシレウスに止めを刺したリューザが近づいてきた。


「おい、カユード!」


 真っ直ぐカユードへ近寄るリューザの前にマリィが行く手を塞いだ。リューザはそんなマリィを押しのけ、カユードへ正対した。そんなリューザの瞳に見つめられたカユードは緩んだ気持ちが引き締まる思いだった。


 少しの静寂が辺りを包む。そんな二人をマリィは不安一杯の瞳で見つめる。


「マリィを助けてくれたありがとう。俺からも礼を言う」


 それを聞いたカユードは小さく首を縦に振った。リューザはそのままカユードの脇を逸れ、通り過ぎた。しかし、すぐに歩みを止め口を開いた。


「マリィ! お前は何か勘違いしているみたいだな!」


「喩え、どれだけカユードが臆病で、無能だからと言って・・・・・・・・・・共に厳しい修行をし、血を分けた兄弟を殺したいなどと思うはずがない」


 それを聞いたマリィの瞳からまた涙が零れた。しかし、それは悲しみの涙ではない。歓喜の涙である。マリィは感極まってそのままリューザへ抱きついた。


 リューザは慌てて抱きついてきたマリィを引きはがした。そしてリューザはそのまま魔の池沼ちしょうの出口へ向かった。


 カユードはそのままこの場を立ち去ろうとするリューザの背中へ叫んだ。


「リューザ兄さん! これからもマリィの事を頼みます」


 リューザは右手を上げ、その無言の背中で返事をした。


 マリィはカユードへ向き直り、再びその胸に抱きつき顔埋めた。カユードはそれを受け入れ、何度も彼女の頭を撫でた。


 その光景を微笑ましく見つめるアルベルトとマアサとハーツ。


「あなた、今日は随分おしゃべりだったじゃない?」


「ん、あぁ、この兄妹たちの不器用さにはいつも歯痒い思いをさせられていたからね」


「―――そうね、私もずっと心配だったもの。でも、良かった」


 この日の魔の池沼の空は曇天模様だ。しかし、それはいつか見た空と一緒の色をしている。




 キャラクター紹介


 カユード・ガルシア:職業加護『音速剣士』 隠れステータス【性格】:臆病者

 物事を悪い方向へ捉える傾向がある。何かを挑戦する前から失敗する事を想像して、二の足を踏んでしまう。

 その為、一つの事に対して決断するまでが長い、しかし、一度意思を固める簡単に曲げない強さもある。

 臆病=勇気が無いは決してイコールではない。






















 あとがき


 これにて第四章完です。ここまで読んで頂きありがとうございます。


 これまでの章に比べてかなり苦戦しました。


 こういったテーマは今の私にはまだ難しかったのかもしれません。


 さぁ、次章も新キャラの予定なので、これまでのキャラは出ない予定です。


 多分、再び更新は滞ると思いますが、頑張って執筆していきます。


 それでは第五章でお会いしましょう。さようなら。

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