第20話 一点の曇りもない鏡
アルとノイとツクヨはその白い影と対峙している。
「アナタ何者?」
ツクヨが不躾にその白い影に質問した。その声音からは焦りが感じられた。アルは短い間であるがツクヨが常に冷静沈着であると感じていた。それがこの焦り様である。アルも焦燥に駆られた。
目深に被ったフードの奥底から雰囲気に似つかわしくない綺麗な声が発せられた。
「俺の正体などどうでもいい。だが、クククッ。ムツキの願いでくだらない依頼を熟しに此処まで来たが、思わぬ収穫だ」
「何?何の事を言っているの?」
「お前の事ではない。まぁ、当初の目的はお前であったが、今はどうでもいい。今の俺の興味は後ろの二人だ」
白い影はそう言うとアルとノイを指差した。アルはノイを守る様に自身の背後へ回した。ノイは小さく震えている
「俺達に何の用だ?」
「お前達に直接用はない。ただ、礼を述べたいのだ。二人のどちらかが、この『グレグラ火山』に張られている認識阻害の結界魔法を突破したのであろう?」
「だったらどうした?」
「そう身構えるな。俺はただ礼を述べたいと言っただろう。感謝する。これで俺達の目的に一歩近づけるかもしれん」
アルはその白い影の言葉を鵜呑みする訳ではないが、嘘を言っている様にも感じられなかった。ツクヨには二人の会話が理解出来なかった。
「そっちの黒衣の女はそこの二人に感謝するんだな。今の俺は気分が良い。だから見逃してやる。ただ、次回は無い」
白い影はそのまま三人の横を通り過ぎた。まるで他人同士が大通りですれ違うかの様に。すでにその白い影はアルとノイとツクヨへの興味を失っていた。
しかし、通り過ぎ去った白い影の独り言が唯一ノイの耳に届いた。
「クククッ、火竜かそれとも地竜か・・・・・・・・・・・ 世界の監視者である竜種がこんな所にいるとはなぁ。―――――あわよくば殺して『魔人』復活への礎にしてくれよう」
ノイは戦慄した。体は震えたままだった。しかし、自然と言葉が出た。
「行かなきゃ、行って、あいつを止めなきゃ・・・・・・・・・」
「お、おい! ノイ!」
アルの呼び掛けも無視してノイは駆け出した。白い影の姿はすでに見当たらない。
「馬鹿な子。認めたくないけど、折角助かったのに自ら死に行くなんて。―――――アル行きましょう」
ツクヨがノイに呆れながらアルへと振り返る。しかし、すでにそこにアルの姿はなかった。ノイを追いかけ、走りだしていた。ツクヨはその背中を呆然と見つめる事しか出来なかった。
「何で?何故なの? どうしてそんな一切の躊躇いもなく助けに行けるの? 死ぬかもしれないのに―――――あの少女の事は誰も助けてくれなかったのに・・・」
ツクヨは独り小さく呟いた。消え入りそうなその声は誰にも届かなかった。気が付けばツクヨの頬を一滴の雫が流れ―――やがて消えた。
🔶
地竜リュドウグラの祠には招かれざる来訪者がいた。その来訪者は世界の叡智の権化とも言うべき地竜リュドウグラと対峙しても一切怯んでいる様がなかった。
「邪悪なる者よ。何用だ?」
「答えは一つだ。『魔人』が封印されている場所を答えろ」
「それを知ってどうするつもりだ? 私が答えない事も分かっているであろう」
「ならば、殺すのみだ。協力が望めぬならば、貴様の存在は邪魔でしかない」
白い影は明確な殺意を放った。
「ふむ、これ程の存在か・・・・・・・・・・ かつての『魔人』を彷彿とさせる」
「当然だ。俺達はかつての『魔人』を模倣して作られた。竜種であろうと遅れは取らない」
「そうか、今や世界はそこまで蝕まれているか・・・・・・・・・・ しかし、君の相手は私ではない」
「?!」
空を切り裂く音が聞こえる。
疾風の如し、いや、それはまさに風そのものであった。
「ドラゴンさんから離れろおぉぉぉぉ!!」
「貴様はさっきの小娘か。死にたいらしいな」
白い影はノイに強烈な殺意を向けるが、ノイはもう一切怯まない。
「何でドラゴンさんを傷つけるの? 『魔人』って何?」
「お前と問答するつもりはない」
白い影の動きは滑らかな曲線を描いていた。その後には白い残滓が残り、洗練された美しい動きをしていた。そして、瞬時にノイの間合いに入って、帯刀していた刀を抜刀した。
「アル君!」
刹那、それは阿吽の呼吸。アルとノイのお互いを信じる心に一点の曇りもない。
白い影の
「貴様もか!」
白い影は小さく激昂した。冷酷な声音は鳴りを潜め、代わりに怒りが滲み出ていた。
「やっぱり来てくれたね。やっぱりアル君はアル君だね」
「ノイの行動にいつも振り回されるのはいつもの事だ。しかし、今回ばかりは文句も言っていられない」
アルは強い口調で白い影を睨みつけた。切迫した状況に一度緩んだノイの口元も真剣な顔つきになった。
「ここまで怒りを覚えたのは初めてだ。光栄に思え、じっくりなぶり殺してやる」
白い影がその本性を垣間見せた。しかし、今のアルとノイにはそんな脅しは通じなかった。
「いくよ! 真空の刃よ!」
ノイが魔法で牽制し、アルが白い影の攻撃を受け止める。二人のそれぞれの実力は白い影には遠く及ばないが、二人の絶妙な連携が白い影の実力の足元ぐらいに及んでいた。その為、白い影は二人を殺しきれないでいた。
「常に足を動かし、攻撃の軌道を悟られず、フェイントを入れて・・・・・・・・・・」
ノイは独り呟いている。それはツクヨの言葉であり、先の不甲斐ない自分への戒めの言葉である。
驚異的な集中力と共にノイの瞳はかつての
「えい!
ノイの魔法が無条件に白い影の足に掛かった。それを受けた白い影の動きが見るからに遅くなった。
「な、何だ、これは?」
その魔法の効果に白い影は動揺を隠せないでいた。明らかに動きが遅くなった白い影にアルの両刃剣が襲い掛かる。
「ちっ!」
辛うじてアルの攻撃を避けた白い影であったが、初めの冷静な態度は消えていた。
「貴様らぁぁぁ。俺をここまでコケにしやがってぇぇ! 殺す、殺す!」
動きが緩慢になっていたはずの白い影が再び速さを取り戻した。白い影は鋭角に空間を加速して進み、瞬時にノイの背後へ回った。
「ノイ!?」
アルの行動が間に合う間合いではなかった。ノイは風魔法の防壁を張っていたが、それでもどれ程その白い影の攻撃を防げるか分からない。ノイは振り向きざまに杖を振るおうとした、
その時、
後ろに飛び退いている白い影の姿がアルとノイの目に飛び込んできた。ノイの目の前には白面を被った黒衣の女が立っている。右手には見覚えのある刀が握られていた。
「貴様もかぁぁぁぁ! 何処までも邪魔してくる。全員殺してやるぞ!!」
白面の女は辛うじてその白い影の鋭角でいて、時には滑らかな動きに食い下がっていた。単独でもある程度渡り合えるのは相性の問題でもある。
白い影と白面の女の剣戟が舞う。大気すらも切り裂かんとするその剣戟は何者も寄せ付けない。
不意に白面の女が叫ぶ。
「ノイ!」
その呼び声を聞く前からノイは杖を構えており、名を呼ばれたと同時に魔法を放った。
「超音波よ!」
白面の女はその魔法に合わせ飛び退いた。白い影は遅れて飛び退いたが微かに超音波魔法の衝撃の余波を受けた。白い影が飛び退いた先にはアルがいた。
「はぁぁぁぁぁ、盾技・
「うぉぉぉ、氷塊よ!」
白い影は巨大な氷の塊を魔法で作りだし、その火の玉を防いだ。しかし、微かにその火の玉は氷塊を突き抜けてきた。そして、間髪入れずに白面の女が白い影へ切り掛かった。再び剣戟が舞う。アル、ノイ、白面の女の猛攻に白い影は徐々に押され始めた。
アルとノイと白面の女はお互いの次の行動、その白い影に対して最善の行動が自然と頭に降り注いだ。まさに以心伝心。これ以上の美しい連携は見たことが無かった。
白い影はその猛攻に思わず洞窟の出口に飛び退いていた。しかし、先ほどの激昂していた雰囲気が消え、冷静な態度へと変貌していた。
「貴様らがここまで出来るとは思わなかった。これは俺のミスだ。だから、今回はここで退くとする。だが、次に会う時は覚悟しておけ!必ず殺す!」
捨て台詞を放ちながら、明確な殺意だけを残し白い影は姿と気配を消した。その後もアルとノイと白面の女は警戒を怠らない。すると、ずっと静観していた地竜リュドウグラが三人に語り掛けた。
「安心するがよい、人間の子らよ。そして、ありがとう。私を邪悪なる者から守ってくれて」
「いいの、ドラゴンさん。当然の事をしただけだから」
あっけらかんと言い放つノイ。しかし、アルは正直肝が冷えた。ノイの両親に誓った約束を破ってしまうのはないかと不安になった。
「厄災は私が思っている以上にこの世界を蝕みつつある。少女よ。それを肝に銘じてほしい」
「そして、そこの漆黒の少女よ」
白面の女は自分に話しかけられるとは露ほども思っていなかったのか、肩を少し震わせた。しかし、無言を貫いた。
「君もそこの少年少女と同様に、否応なしに厄災に巻き込まれるであろう。そしてその過程であの少女を救う者が現れるであろう」
「なっ―――――」
白面の女は小さく声を発したが、そのまま押し黙った。
「もう会う事は無いであろう。君らの旅の無事を祈っているよ」
アルの頭には地竜リュドウグラの発言に対する疑問が尽きなかった。しかし地竜リュドウグラの有無を言わせぬ物言いに、アルは何も言い返せなかった。
地竜リュドウグラとの会話を終えたアルとノイと白面の女は、地竜リュドウグラの祠を後にした。すると、不意にアルが口を開いた。
「ツクヨか、ありがとう。ノイを助けてくれて」
アルもノイもその白面の女がツクヨである事は初めから気がづいていた。
「ワタシこそ礼を言わせて、アナタ達のおかげでワタシの望むモノが分かったわ」
ツクヨは柄にもない殊勝な物言いになった。そして、
「でも、―――――アナタ達はワタシには眩しすぎた」
ツクヨは二人には聞こえない声量で呟いた。
「ワタシはパーティーを抜けるわ。もうアナタ達に会う事は無いと思うわ。―――――元気でね」
「そうか、短かったが楽しかったよ」
アルにツクヨの突然のパーティーに対してもさして疑問に感じる事はなかった。
ノイはツクヨの傍に駆け寄り、内緒話でもするかの様に小声で話し掛けた。
「ありがとう。ツクヨさん。ちょっと嫌な態度取っちゃったけど、あなたの事忘れないから」
「ノイ。―――――ワタシはアナタが羨ましかったのかもしれない。アルを決して離しちゃ駄目よ」
「い、言われなくてもそのつもり!」
ツクヨは去り際に白妖面を取り、フフフっと優しくアルとノイに微笑みかけた。アルとノイはその何処か物悲しいツクヨの背中をジッと見つめた。
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