第19話 忍び寄る白い影
『ニル大陸』のとある場所。そこは大陸最大国家『大ソルデッド帝国』の領内のとある街。帝国内最大のその街の一画にある何処にでもありそうで、何処か退廃的な屋敷には、二人の男と一人の女がいた。その内の一人の男が傍らの女に訊ねた。
「最近の
ヴァイオレットと呼ばれたその女は紫色の髪を後ろで束ね、もみあげの部分は綺麗に真っ直ぐ肩まで伸び、前髪も綺麗に真ん中で整えられている。侍女の恰好をしており、男の問い掛けに答える。
「はい、
「あぁ、あの女か・・・・・・・・・ そういえばシモツキはあの辺り出身だったな。故にその采配か」
カンナヅキと呼ばれた男は窓の外を見ながら、ヴァイオレットの報告を聞いていた。彼女がカンナヅキの背に正対して直立しているのに対してカンナヅキは椅子に凭れながら、彼女に一瞥もしていなかった。
「はい。カンナヅキ様。それと
ヴァイオレットが追加の報告をすると、彼女の横の深紅に染まった真新しいソファーに深く腰掛けていた男がその腰を少し起こし、体を前かがみにし、ヴァイオレットに怒鳴った。
「はぁ? おい、ヴァイオレット!! 何でシワスがボアの依頼なんてやってんだ? それらは
「はい。
サツキと呼ばれたその男はそのヴァイオレットの答えに眉根を寄せ、溜息交じりに口を開いた。
「はぁ~、あの女か。シワスはあの女には優しいからなぁ。俺達の中でもトップクラスの実力者であるシワスを簡単に動かすなよな! しかも、そんな安っぽい依頼をな!」
サツキは少し納得した様だが、まだ怒りを滲ませている。会話を締めくくる様にカンナヅキが二人に言い放った。
「サツキ、お前は予定通り魔山『ストロペス』へ向え。ヴァイオレットは引き続き俺と共にこの街で皆の中継役と情報収集だ。他の者達の動向を全て気にしていても仕方がない。
サツキとヴァイオレットはそれに頷いた。一瞬の内に深紅のソファーに座っていたサツキは姿を消し、その部屋には月光に照らされた二つの影が世界の終焉へと向かって伸びていた。
🔶
アルとノイは翌日早速ツクヨと合流して、『グレグラ火山』の山頂に生息している
ノイはずっとアルの背にピッタリと張り付き、ツクヨを睨みつけながら、アルはそんなノイに呆れながら、ツクヨはそんな視線などどこ吹く風で涼しい顔をしながら、山道を登っていた。
(本当にお子様ね、ノイは。でもあの大きな胸だけは気に食わないわね。事ある度にあのデカいオッパイを見せつける様にアタシに突き出すし・・・・・・・・・ 胸が無いワタシへの当て付けね。フフフ、でも、逆に言えば、それぐらいしかワタシに勝てる事が無い事を無意識に自覚しているとも言える)
ツクヨはノイのそんな態度を内心で嘲笑った。ノイとツクヨでは人生経験に置いて大きな違いがあった。
山頂までの道中は何事も無いかと思っていた三人であったが、途中何体かの
初めの一体は実力確認の為、アルが一人で対応し、特に苦戦する事もなく討伐出来た。アルはその死骸の跡に残った『赤土色の鱗』を拾い上げた。
「ふぅ~、初めて戦う魔物だったけど、大した事なかったなぁ」
アルは額の汗を拭ったが、余裕の表情であった。それらを見ていたツクヨは少し驚嘆の表情をしている。アルが戦闘した跡に、深く踏み込んだ足跡があり、アルの膂力が尋常のモノではない事が窺い知れた。ツクヨはそれを見逃さなかった。
「アル、アナタ・・・・・・・・・ 結構強いのね。その魔物はそこまで弱い魔物じゃないと思うわよ?」
「そうなのか? 事前情報では
「いえ、ワタシも知らない。ただ、初見でも大体の魔物の強さは分かるわ」
「それは凄いな。 何かコツがあるなら教えてくれ」
「感覚的なものだから、教える事は難しい」
アルとツクヨは傍から見ても仲良さそうに話している。ノイはそれが無性に腹ただしかった。ずっとツクヨを睨んでいる。
「とりあえず、次はワタシが討伐するから二人は見ておいて」
ツクヨがそう言ってから暫く山道を登っていくと、二体目の
「は、速すぎて、何をやったかハッキリ分からなかった。ツクヨ凄いなぁ・・・・・・・・・・」
アルはそのツクヨの動きに単純に驚嘆した。アルはツクヨが三回斬撃を放った所までは確認出来たが、正確な回数は数えきれなかった。因みにツクヨは6回斬撃を放って、その
「どう? これでワタシの実力は分かったでしょ? なら、早く
ツクヨが急ぐように促すが、ツクヨの実力に感心しているアルを見て焦ったノイが割って入る。
「ちょ、ちょっと待って! 私の実力はまだ見せてないよ! 次の魔物は私がやるから!! 絶対やるから!!」
「ワタシはアルの実力が知れたから満足。それでもやりたいならお好きにどうぞ」
「ノイ。ツヨクもこう言っている事だし、無理に一人で戦わなくてもいいんだぞ?」
「何言ってるの、アル君? 私も同じパーティーメンバーなんだから実力を見せあうのは当然でしょ!!」
ノイの勢いに押され、アルも渋々承諾した。そうこうしている内に三体目の
「真空の刃よ!」
風魔法の応用で真空を作り、それを斬撃の様に複数飛ばした。その真空の刃は真っ直ぐ
「えっ?」
「きゃあっ!」
ノイが小さく叫んだ。曲剣の刃はノイの首には届かず、アルの
「ノイ! 大丈夫か?」
アルがノイに振り返り、尋ねる。
「う、うん。だ、大丈夫。ありがとう・・・・・・・・・・」
ノイは意気消沈し、先ほど大見得を切った事を恥ずかしく感じた。
「ノイ。そんなに落ち込まなくても大丈夫だよ。危なくなったら俺が助けるから」
今のノイはアルのそんな優しい言葉すら素直に受け止められなかった。三人は再び歩を進めた。
残りの道中はいつもの様にアルが先行した。後ろにはツクヨ、その更に後ろにノイが付いて来ていた。ツクヨは少し歩調を落とし、ノイの横まで寄ってきた。
「ノイ、さっき魔法は単純すぎよ。杖先を見れば大体の攻撃の方向を悟られるから、多少のフェイントを入れたほうがいい」
「・・・・・・・・・・」
「アナタ本当にアルのパートナーなの? 少しがっかりしたわ」
「―――――っ」
ツクヨの辛辣な言葉にも何も言い返せなかったノイ。
アルとノイとツクヨは目的の山頂の洞窟付近へ辿り着いた。
🔶
空には澄み切った青が頭上高く広がっている。標高が高いこの地点は『グレグラ火山』からの発せられる熱と世界の法則から生じる寒さとが丁度拮抗し、人間にとって過ごしやすい温度になっていた。
西に目を向けるとそこにはこの国ヴァルガルディス王国の王都『モーナ』が微かに見える。東に視線を寄越せば、霞の中にフクロスト山脈の山々が青白く見えた。アルとノイにとって東は懐かしき思い出、西を向けば、未知との出会い。それは過去と未来を暗示している様であった。
ツクヨは南方を軽く一瞥した。戻した視線の先は何処か分からない。
山頂付近に到着したアルとノイとツクヨであったが、洞窟に入れないでいた。山頂は火口が大きく口を広げており、その周りには幾つかの開けた空間が散見出来る。その開けた空間の1つに到着した三人であるが、そこには一体の巨大な
目視で確認出来る範囲の洞窟の入り口はとても目の前の
「こいつは
アルが驚くのも当然である。冒険者ギルドに載っていた情報では
魔物は人間のサイズを大きく上回る存在は少ない。大概が人間より小さいか少し大きいぐらいに留まっている。平均的な
「火口から這い出てきたのかもしれない。火口にも洞窟に繋がる入り口があっても不思議じゃない。けど、今はコイツをどう討伐するかが問題ね。アル」
「そうだな、ツクヨ。物理攻撃では有効打を与える事は難しいだろうから、俺は防御に専念するよ。ノイの魔法が頼りだ」
「う、うん。任せて・・・・・・・・」
ノイが力なく返事をした。
「あら?ノイに任せて大丈夫? 何処まで有効打を与えれるか分からないけど、ワタシが先行するわ」
ツクヨが涼しい顔で提案する。アルの頭に疑問が浮かんだ。
「ちょっと待て。ツクヨの刀でどうやってあの体表を傷つける気だ?」
「まぁ、見てなさい」
そう言うとツクヨは
「これ程の魔物を相手にするのは初めてねぇ。まぁ、関係ないわ―――――剣技・
ツヨクが叫ぶと同時に刀を数回振り、空を切った。すると、空間に亀裂が生まれ、
「ぎゃあう゛」
「スーっ―――――がああぁぁぁ」
その火炎の範囲が広すぎて避ける場所が周辺にないツクヨは先ほどの様な特殊な剣技を用いて、その火炎を切り裂こうと試みようと刀を構えた。
(・・・・・・・・流石にこれは無事じゃ済まないかもね)
切迫した状況でも冷静に現状を把握しようとするツクヨ。そんなツクヨの目の前に盾を構えたアルが割って入る。
「ちょっと、アル! 邪魔!」
「邪魔って・・・・・・・・・ いいから俺の後ろに隠れろ! 守技・
アルが叫ぶと
「う、うそ・・・・・・・・・」
あれ程の火炎を無傷でやり過ごせた事に驚きを隠せないツクヨ。アルはそんなツクヨを他所に攻撃の手を緩めようとはしない。
「ノイ!」
アルの呼びかけに答える様にノイが空高く飛んだ。風魔法の応用である。
(うぅぅぅ、アル君の馬鹿あぁぁぁぁ)
「うぅぅぅ、
ノイは実際の叫びと心の叫び声を同じではないモノを同時にやると言うある意味神業をやっていたが、アルとツクヨはそれを知る由もない。
目には見えない圧縮された力の無数の弾が
「ツクヨ! 止めを刺せるか?」
「えっ? えぇ、任せて」
呆気に取られていたツクヨはアルの呼びかけで我を取り戻し、すぐに攻撃体勢に入った。
「剣技・
今度の亀裂は青みがかっており、
「一瞬肝を冷やしたけど何とか討伐出来て良かったな」
「そ、そうだね。よ、良かったね・・・・・・・・・」
ノイは戦闘が終わると冷静になり、先ほどの仲間のピンチに大人げない発言を心の中でした事にばつが悪くなった。
「ありがとう、助かった・・・・・・・・・ それにしても、アナタ達ちょっと異常よ。強すぎるわ」
「えっ? そうか? ツクヨも十分強かったが?」
「うん、そうだね、アル君。最後もやってくれたし」
「いや・・・・・・・・・ まぁ、いいわ。それよりも・・・・・・・・・」
ツクヨは二人への反論を諦め、横に視線を移す。そこには
「これって素材よね?どうやって持って帰ろうかしら・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・冒険者ギルドに報告して、彼らに任せよう。今の俺達三人じゃ無理だろう。とりあえず、ここに残しておこう」
「そうね、アル。それしか無さそうね」
アルとノイとツクヨは
疲れもあったのであろう、特にツクヨはそれの接近に寸前まで気づかなかった事に後悔した。
山麓に到着し、街までの帰路に着こうとした時、ツクヨは左腕でアルとノイを静止した。すると、端の岩陰から白い影が姿を現した。全身を白の外套が纏い、フードを目深に被ったその人物の顔は見えないが、その内側から言い得ぬ狂気が溢れていた。
その白い影と対峙したツクヨは自身の額に冷や汗が流れるのが信じられなかった。
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