第12話 鬼火のカイトシールド
太陽が西に沈み辺りが闇に照らされても、温泉の街『プベツイン』は寝静まる事はない。
各宿には備え付けの温泉があり、宿泊客はいつでも入る事が出来るが、温泉の街『プベツイン』には外湯なる温泉専用の施設も存在する。『グレグラ火山』からの恵みの温泉には幾つか種類がある。効能の違いや、温度の違い、見た目の色まで違う温泉も存在する。
外湯はそんな色んな種類の温泉を多くの人々に堪能してもらおうとして出来た施設である。建物は一様に木造建築で、長い円柱の煙突が高く備え付けられている。店先には『外湯専用』の注意書きも書いてあり、来訪者はまず迷わないだろう。
アルとノイを乗せた馬車はちょうど日が沈んだタイミングで温泉の街『プベツイン』に到着した。
ノイは日が沈んでも明るく騒がしい温泉の街『プベツイン』の様子に目を輝かせながら、関所を通り抜けた。
「わぁ~、すごいねぇ~ アル君。夜なのに人がいっぱいいるし、明るいよ!」
「そうだな。ロフィートの街とは大違いだな」
アルも感嘆した。ロフィートの街では人口は多かったものの、寒さのせいで日が暮れると街中の人影は極端に少なくなる。娯楽も温泉の街『プベツイン』に比べては少なく、寒さも相まって、少し寂しい街だった。 しかし、ロフィートの街の人々は温かかった事をアルは思い出す。
「とりあえず、冒険者ギルドに行くぞ。ノイ。温泉入るにしても、冒険者家業やるにしても、今後の宿屋を探さないとね」
「オーケー! 多分街の中心にあるよね?」
「あぁ、多分そうだな」
アルとノイは人の流れに乗って、街の中心へと向かった。道中、ノイは通りの左右に軒を連ねるお店や温泉宿などに目を輝かせっぱなしだった。
二人の予想通り、温泉の街『プベツイン』の冒険者ギルドは街の中心区に位置していた。見た目もロフィートの街の冒険者ギルドと差ほど変わりなく、外装は漆黒に塗装されている。
アルとノイは早速受付の男性に声を掛けた。
「えーっと、ロフィートの街から来た、アルとノイだ。暫くこの温泉の街『プベツイン』を拠点に活動したい」
「おう! まだ子供の冒険者か! アルとノイだな! ロフィートの街のノシーラから連絡は貰っている。俺は『ゴッツ』。 宜しくな」
受付の男性は『ゴッツ』と名乗った。スキンヘッドの頭に太い眉毛、顎先は二つに割れており、男らしさを全面に押し出した様な風貌をしている。
「ちょっと!! 私達はもう子供じゃないよ! 立派な冒険者なんだから!!」
ノイがゴッツの物言いにプリプリ怒っている。ゴッツは頭を掻きながら、申し訳なさそう表情を浮かべた。
「すまん、すまん。思った事をすぐ口にしてしまう
「わ、分かればいいのよ。そ、それよりも、おすすめの宿屋ってある? 私達ついさっきこの街に到着したばかりで、何も分からないのよ」
勢いよく反論したノイは、意外にあっさり謝るゴッツに少し拍子抜けした。
「それなら、『
「へぇ~、じゃ、そこにする。ありがとう、ゴッツさん」
「おう! ギルドの討伐依頼などは明日にでも来るといい。色々用意しておくよ!」
「ありがとう、ゴッツ。 明日から宜しく頼む!」
アルとノイはゴッツに礼を告げ、『火地の宿』へ向かった。
🔶
『火地の宿』は街の西区の端っこにあった。中央区にあった冒険者ギルドから結構な距離がある。見た目は綺麗な木造建築の建物で、建物の奥には円柱の煙突が左右にそれぞれ一つずつ屋根から突き出しており、そこからモクモクと煙が昇っている。
アルがゴッツの名前を出したら、遅い時間にも拘わらず、『火地の宿』の女将は丁寧に対応してくれた。
「いらっしゃい。『火地の宿』へようこそ。私はここの女将のウォタッよ。お客さんは2名様で?」
「あぁ、二人だ。1人部屋をそれぞれ借りたい」
「う~ん、ごめんね。今1人部屋に空きがないの。2人部屋なら空きがあるのだけど、どうする?」
「そうか、なら別の宿をさが・・・・・・・・・」
「い、いいよ! 2人部屋でいいよ!! ねぇ、アル君?」
アルがウォタッに返答し終える前に、ノイが会話に割って入った。
「えっ? い、いいのか?」
「べ、別に、ぜ、全然いいよ! それにこれから他の宿屋を探すのも大変だし、ここにしよ?」
「ノイが良いなら、俺は構わないが・・・・・・・・・」
「じゃ、決まり。ウォタッさん。2人部屋一つお願い。それと私はノイで、こっちの男の子がアルだよ」
「ノイとアルね、よろしく。じゃ、お部屋に案内するね。因みにあれが料金だから」
ウォタッは壁に掛けられた木の板に書かれた料金表を指差した。
(・・・・・・・・・た、高い)
アルは意外に高い宿泊料に少し困惑した。
ロフィートの街に比べて料金が高いのは当然であった。観光地化している温泉の街『プベツイン』は他の街よりも物価が高かったのだ。アルはそんな事とは露知らず、それに気づいたアルは安易に温泉の街『プベツイン』に来た事を後悔した。ノイが珍しく情報収集してくれた事が嬉しくて、アル自身は詳しく調べるのを怠っていた。
(やばいぞ・・・・・・・・・ ゆっくり温泉に入っている暇などないかもしれない)
部屋に向かっているアルは一気に先行きが不安になるのを感じた。隣のノイは鼻歌を歌いながら先の事を考え、浮足立っている。
🔶
翌朝。温泉の街『プベツイン』はロフィートの街に比べて圧倒的に朝起きしやすかった。が、そんな理由でアルは早起きした訳ではない。急いでノイを連れて冒険者ギルドへ向かった。
(もう! アル君、昨日全然私の事見てくれないだもん! 部屋に着くなり机の上にお金をばら撒いて、独りでブツブツ言ってたし。フンッ)
ノイはそんな焦るアルを見て、不満を感じていた。ノイにとって今のアルの悩みなど大した事ではなかった。
「おい! ゴッツ! お前が紹介してくれた『火地の宿』、結構高かったぞ!」
冒険者ギルドへ勢いよく入ったアルはそのまま受付のゴッツに詰め寄った。
「うん? いや、あれでもこの街にしたら良心的な値段だぞ? ・・・・・・・・・そうか、お前達、ロフィートの街から来たんだったな。この街は他の街に比べて物価が高いから、我慢しろ!」
「や、やっぱりそうなのか・・・・・・・・ 通りの店の料金表も妙に高いと思ったんだよ・・・・・・・・ ヤバイ、ヤバイぞ・・・・・・・・・」
「もう! そんなに焦らなくても大丈夫だよ。アル君。いざとなったら私がお金出すしね?」
「ノイの気持ちは有難いけど、何かちょっと情けない気が・・・・・・・・」
「とりあえず、金が無いなら仕事しろ。その為にこんな朝早くから此処に来たんだろ?」
「そうだな、ゴッツ。何か良い討伐か素材納品依頼はないか?」
「そうだな~、ちょっと待て・・・・・・・・」
ゴッツはそう言うと受付カウンターの中に屈み、幾つかの紙を取り出した。
「あった、あった。ちょっと前に
「なるほど。ならそれを受けよう! ノイもいいよな?」
「うん、いいけど・・・・・・・・・・」
「おう! 助かるぜ。なら、早速今から行くか?」
「いや、ちょっと事前準備をしたいから今日は行かない。その
アルはゴッツから地図を受け取ると、冒険者ギルドの資料室に入っていった。置き去りにされたノイは膨れっ面で冒険者ギルドを後にした。
🔶
(アル君のバカっ!!)
ノイは温泉の街『プベツイン』の大通りを前のめりになりながら歩いている。しかし、いつまでもそうしている訳にはいかず、外の空気に当てられ少し落ち着きを取り戻した。
ノイは人の流れから抜け出し、通りの店の建物に背を預け、深いため息をついた。
(はぁ~。アル君は私と違ってしっかり者だから、色々する事があるんだろうけどさぁ~ 何だかな・・・・・・・・・)
ノイは何気なしに横の路地に目をやった。そこには数件だが、お店らしき建物が並んでいた。
(人が多い大通りばっかり見てたけど、こんな所にもお店があるんだ・・・・・・・・)
興味が沸いた事に対して躊躇わず行動するノイ。そのままその狭い路地へと入っていた。
大通りに比べて少し寂しい雰囲気はあるが、決して人が近づかないと言った雰囲気ではない。
ノイは一軒の店の前に止まった。そこには『ザラス鍛冶店』と書かれていて、決して綺麗な見た目とは言い難かったが、入り口の隣のガラスのショーウインドーにノイの目が留まった。
そこには立派なカイトシールドが飾られていた。それは全体が銀色に輝き、盾の真ん中には大きな火の玉のレリーフが刻まれていた。その火の玉は実際に激しく燃えているかの様な迫力があった。
(何この盾・・・・・・・・ か、格好いい・・・・・・・・・ 絶対アル君に似合う!)
ノイがそのカイトシールドに見惚れていたが、
(えっ? 何この値段! 高すぎ・・・・・・・・・)
そのカイトシールドの隣にはあり得ない値段が表記されていた。一流冒険者でも手が出せない金額である。
(ここの店主はこの盾を初めから売る気がないでしょ!!)
一言文句を言いたいノイはその『ザラス鍛冶店』の店内へと入っていった。店内も外観同様で汚く、所狭しと商品である武器、防具などが乱雑に置かれていた。
「すいませ~ん。表に飾ってある盾について聞きたいんだけど~」
ノイの呼びかけに店の奥から若い男が現れた。その男は革製の汚れた鍛冶用のエプロンを身に着け、顔は
「あの盾に何の用だ?」
「何の用って、売る以外にあの盾に価値があるの?」
「何だと!? あの盾の価値も分からん小娘が! どうせ見た目の綺麗さだけで気にいったんだろ! それにお前『魔法使い』だろ? お前が装備しても意味ないぞ」
「私じゃないもん! 私のパートナーが装備するの!」
「誰であろうとあれを売る気はない。それにあれは完成してない」
「どういう事?」
「―――――俺はお前が気に入らん。だから、説明せん!」
「な、何それ!! 私もアンタ何か嫌いよ!! でもあの盾は別!! 絶対アル君に似合うんだから!!」
「アルってお前のパートナーか。フンっ、こんな小娘のパートナーってんだから、
「あーー、私だけじゃなくて、アル君の事まで馬鹿にした!! 絶対に吐かせてやる!!」
ノイはムキになってその男に食いつく。男はノイのしつこさに観念した。
「わ、分かった、分かった。本当にしつこいなぁー。説明するから喚き散らすな!」
「分かればよろしい! で? 何処が完成してないの?」
「普通の盾としてはあれで完成しているが、あれは魔法の盾だ。あるモノを付け加えないと本来の価値には遠く及ばない」
「そのあるモノって?」
「フンっ! お前みたいな小娘が手に入れられるモノじゃない!」
「あーー、また馬鹿にした!! 許さない・・・・・・・・・」
ノイのさっきまでの激高した勢いは鳴りを潜め、声のトーンが何段階も下がった。その瞳は仄暗くなっていく。ノイは背中の杖を取り、男に翳そうとする。
「お、お、おい!! 待て、待て!! せ、説明するから冷静になれ!! 店の中で魔法を放とうとするんじゃない!!」
「で? 何が必要なの?」
ノイの声音は恐ろしい程低く、僅かに殺気が感じられた。
「お前見た目以上に恐ろしいヤツだなぁ・・・・・・・・・・ そのあるモノって言うのは『
「『
『
流石のノイも驚いた。あまり物を知らないノイですらその希少性は知っていたからである。
「何で最高位じゃないとダメなの? 他にも高位の魔法石があるけど、それじゃダメなの?」
「それは俺のこだわりだ! お前にとやかく言われる
「ん~、やっぱり納得出来ない!」
ノイのしつこさを目の当たりにしていたその男は諦めた口調で小さく呟いた。
「はぁ~、これは俺の独り言だ。『グレグラ火山』には地竜の伝説がある」
「地中に転生?」
「地竜・の・伝説! 何処に転生してるんだよ・・・・・・・・・ もう俺の独り言じゃなくなっちまったじゃねぇか!」
「で、その地竜の伝説がどうしたの?」
「あぁ、仮に『グレグラ火山』に竜がいるなら『
「へぇ~、そうなんだ。でも、今まで誰も『グレグラ火山』でその地竜を見つけた人はいない訳?」
「いないが、俺は諦めてない。分かったらとっとと帰れ!」
「ふ~ん。最後にあの盾の名前とあなたの名前を教えて!」
「あぁ?―――――まぁいい。 俺はジョー。あの盾は
ノイはそれらを聞くと納得した顔で店を後にした。彼女の瞳には燃えるような闘志が宿っている。『ザラス鍛冶店』の店主ジョーは厄介な客に目を付けられたと肩を落とした。
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