第28話 対等な立場

 期末テストは過去最高どころじゃない高得点だった。

 壁に貼り出される上位五十位にはあと一歩及ばなかったが、驚異的な飛躍だ。

 友だちはもちろん、先生にまで驚かれる。

 別に鼻にかけるつもりはないけれど、悪い気はしなかった。


「すごいじゃん、リラ」


 バイトに向かう途中、美穂乃が珍しく嬉しそうに笑って褒めてくれた。


「たまたまだって」

「丸川に勉強教えてもらったんでしょ?」

「うん、まぁ」

「いいよなぁ。あたしも頭のいい彼氏欲しい」

「彼氏じゃないから」


 美穂乃は「あれ? そうだっけ?」と涼しい顔でとぼける。


「でもなんで急に勉強始めたわけ?」

「それは、まぁ、夢のため?」

「へぇ。どんな夢?」


 美穂乃は意外そうに問い掛けてくる。

 しかしそんなに興味をもってもらうほどの答えがないから気後れしてしまう。


「なんていうか、その。夢のために勉強してるって感じ。今はまだ夢って呼べる目標がないの。でもいつかこれがやりたいって思えるものが見つかったとき、学力が足りないから諦めるしかないってなったら悲しいじゃん? だからどんな夢でも可能性を残すために勉強してるっていうか」


 丸川の受け売りだが、言っていて、なんだか恥ずかしくなってきた。

 ふわふわしていて言葉に現実味がない。

 丸川の口から聞いたときはすごくしっくり来たしいい言葉だと思ったのに、あたしが口にするとなんだかバカのうわ言に聞こえた。


「いいじゃん、それ」


 しかし美穂乃は真顔で褒めてくれた。


「そ、そう?」

「それって丸川の言葉でしょ?」

「えへ。バレた?」

「いいこと言うな、あいつ」


 美穂乃はちゅぽんっとチュッパチャプスを口から抜いて艶々の飴玉をあたしに向ける。


「もう付き合っちゃえば?」

「はぁ!? ないない!なんであたしが……」

「他に誰か好きな奴とかいるの?」

「そういう人はいないけど」

「じゃあいいじゃん」

「そーいう問題じゃないし。てか彼氏とかいらないし、それに……」

「それに?」


 ジィーッと美穂乃に見られ、嘘はつけそうもない。


「丸川ってぐいぐい来すぎじゃない」

「素直でよくない?」

「そうかもしんないけど……なんていうの? あたしを女の子として見てない気がするっていうか」

「そうかぁ? 女の子だと見てるからぐいぐい来るんじゃない?」

「ちょっと違う気がする。なんていうか……推しと接してるって感じじゃない?」

「あー……それは分かるかも」


 自分で言うのもアレだけど、丸川はアイドルと接するようにあたしに接している気がする。

 最近あたしはアイドルがファンとは付き合わないという心境がなんとなく理解できるようになってしまった。


 崇め奉ってくる相手とは、対等な付き合いというものがしづらいのだ。


「もうちょっと丸川がリラにフツーに接して来たらいいってこと?」

「ベ、別にそうしてきたら付き合うとかじゃないからね!」

「ふぅーん」


 美穂乃はニヤニヤして薄目であたしを見る。


「あ、あと、今のは絶対に丸川に言わないでよね」

「なんでよ?」

「だってそんなアドバイスされて態度変えてきたら、なんかニセモノじゃん。そうじゃなくて本当の意味で対等に接してきて欲しいから」

「あー、まーね。それはそーかも」


 なんであたしが丸川と付き合う付き合わないなんて話で変な汗かかなきゃいけないのだろう。



 バイトを追えて帰ると、ママが夕飯の支度をしていた。

 以前は疲れてると理由をつけてそのまま休んでいたけど、今は違う。

 手伝いをして二人で夕飯を作った。

 まあ手伝ってるのか邪魔してるのか微妙なラインだったけど。


「そうそう。テスト返してもらったんだ」


 夕飯を食べながら答案を渡す。


「リラがテストを見せてくるなんて珍しい。明日は雪ね」


 ママは笑いながらそれを受け取った。

 いい点数だからきっと驚くはずだ。

 また丸川に感謝しろとかいい彼氏だとかからかわれるんだろうな。うざ。


 そんなことを思いながら見ていると、ママの表情は驚きに変わった。

 しかし変化はそこで止まらず、次第に涙ぐみ、全教科見終えたときはぽろりと涙をこぼしてしまった。


「ちょ!? 泣かないでよ!」

「すごいね。頑張ったんだね、リラ」

「大袈裟だから! うちの学校バカな方だし、ちょっと勉強したらこれくらいフツーなんだって」


 予想もしなかったリアクションに戸惑ってしまう。


「こんなに成績いいなら大学に行かなきゃね」

「はあ? 学校の期末テストくらいで舞い上がりすぎ。そもそも大学とか行かないし」

「なんで? 行きなさいよ」

「行かないってば。高校出たら働くし」


 以前から進学せずに働くと決めていた。

 高一だし、まだ進路のことなんてママと話したことはなかった。


「家計のことを心配してるの?」

「それもまぁあるけど……別に学びたいことがあるわけじゃないし」

「子どもがお金のことなんて心配しなくていいの。進学しなさい」

「行ってどうするの? 別に興味ないんだけど」

「学びたいことはこれから見つけたらいいの。まだ二年もあるのよ」


 夢の準備期間。

 そう言った丸川の言葉が脳裏に甦った。


「はじめから自分で自分の可能性を閉じちゃダメ。リラはリラの思うままに生きなさい」

「うん……ありがとう」


 素直にそう言うとママはにっこりと微笑む。

 たかが期末テストで浮かれすぎな気もするけど、なんだかちょっと親孝行できたような気がして嬉しかった。


 このあとめちゃめちゃ丸川に勉強教わっていたことをからかわれた。




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 丸川の押しすぎる対応がリラさんの気持ちにブレーキを踏ませていました。

 とはいえぐいぐい行くのが丸川のデフォ

 さてどーなることやら。

 自然に接するんだぞ、丸川!

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