第29話 禁句と知らず

「おはようございます!」


 駅から学校までの通学路でリラさんを見つけて駆け寄った。


「あ、丸川。おはよ」

「寒いですね」

「まあ冬だし。てか丸川、頬っぺたとか鼻とか赤すぎ」


 リラさんはマフラーで顔半分を隠した顔で微笑む。

 マフラーをして手袋をしてコートを着た完全防寒のモコモコッとした感じも可愛い。


「それじゃ、また教室で」


 立ち去ろうとするとぐいっとダッフルコートのフードを引っ張られた。


「ちょっと。同じクラスなんだし一緒に行けばよくない?」


 リラさんのマフラーが歪み、頬が見えた。どうやらリラさんも寒さで頬が紅潮していたようだ。


 その提案は嬉しいけど、通学中はいろんな人と会うのでこれまでも長時間一緒にいないように気を遣っていた。


「僕なんかがリラさんの隣を歩くなんて畏れ多いですよ」


 そう伝えた途端、リラさんの顔から笑みが消える。


「あっそ」

「すいません。怒りましたか?」

「別に。さっさと行けば?」


 リラさんは僕が卑下すると怒る。

 多分今の発言もネガティブに聞こえてリラさんを怒らせてしまったのだろう。

 気を付けなくちゃ。

 でもなんか怒っているというよりは、寂しそうに感じたのは気のせいだろうか?



 期末テストも終わった教室内は安堵の空気が漂っていて、みんな気分はクリスマスと冬休みに突入していた。


 クリスマスはクラスのみんなでパーティーをすることとなっている。

 僕も強制的に参加させられていた。

 個人的にはリラさんの来ないパーティーなんかに興味はなかったけど、細田くんが絶対参加しようと言ってきているので仕方ない。


 会場は以前文化祭の打ち上げで利用したパーティールームらしい。

 どんな食べ物を持ち込むかとか、なんかゲームをしようとかでみんなで盛り上がっている。

 不参加のリラさんは会話に加わらず、席で雑誌を読んでいた。


「ねぇ、丸川くんはどっちがいいの?」

「えっ? なにが?」


 不意に委員長に訊かれ、我に返った。


「もう。聞いてなかったの? ピザかフライドチキン、どっちをメインにしようか話し合っていたのに」


 委員長はむすっとした顔で僕を睨む。


「そりゃもちろん両方だよ! 二つとも山盛り買おう!」

「丸川なら絶対そう言うと思った!」

「期待を裏切らないなー!」


 みんなが笑い、僕の意見に賛同した。

 しかしすぐにピザならどこの店がいいかという次の問題で意見が割れる。

 きっとこのあとはトッピングでまた一波乱があるのは想像に難くなかった。


 ふと視線を向けるとリラさんはいつの間にか席を立って姿がない。


「ちょっとトイレ」


 ひと言断ってから教室を出る。

 第2校舎への渡り廊下でリラさんを見つけた。

 壁に寄り掛かって窓の外をつまらなさそうに眺めていた。


「そんなとこで寒くないですか?」

「わっ!? 丸川。急に声かけんなって」


 リラさんの隣に立ち、窓の外を眺める。

 今日は風が強く、木々の枝があおられて揺れていた。


「うわぁ、朝より寒そうですね」

「うん。ヤバイよね」

「これは夜のジョギングは中止ですかね?」

「は? 甘えんな。これくらいの寒さで中止にならないから」


 ようやくリラさんは笑顔になって僕の腕をペチッと叩いた。


「てか丸川、クリパの打合せしてたでしょ? こんなとこにいていいの?」

「んー。なんか勢いで参加することになってるんですけど、やっぱりいいかなって」

「ダメだよ」


 リラさんは食い気味で僕の言葉を否定した。


「みんな丸川が来るのを楽しみにしてるんだから。今さら行かないとか許さないから」

「そんな大袈裟ですって」


 僕なんかおまけで呼ばれただけですからと言いかけ、慌てて口を噤む。

 卑下するとリラさんを怒らせるというのは今朝経験したばかりだ。


「一学期の頃は確かにみんな丸川に引いてたよ? でも文化祭とか通して丸川のすごいところを知った。だから今は純粋に丸川に来て欲しいんだって」

「それもリラさんのおかげです」

「あたしが? なんで?」

「リラさんが僕に普通に接してくれるようになって、みんなも警戒を解き始めたんです」

「そうかな?」

「みんな一度警戒せずに普通に接したらデブでオタクだけど悪い奴でもないって思ってくれたんだと思います。だからリラさんのおかげなんです。ありがとうございます」


 これはお世辞抜きの本音だ。

 リラさんのおかげで僕はクラスで居場所が出来たと確信している。


「別にあたしは関係ないでしょ。丸川の力だし」


 そう言いながらもリラさんは少し嬉しそうに笑う。


「やっぱりリラさんは女神です。幸運をもたらす女神様なんですよ」


 笑顔が嬉しくてつい興奮してそう言うとリラさんの顔から笑顔が消えた。


「……やめて。女神とかじゃないし」

「馬鹿にしてるんじゃないですよ。本当に僕にとっては──」

「あー、こんなとこにいたのかよ、丸川くん。みんな待ってるよ」


 戻りが遅いから細田くんが迎えに来てしまった。

 その隙にリラさんが立ち去ってしまう。

 朝と同じ、どことなく寂しげな横顔だった。



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 ナチュラルにリラさんを崇拝してしまう丸川!

 これでは確かに女の子としてみてないように思われても仕方ないかも。

 でも怒っているのではないということだけはほんのりと気づいたもよう。

 さあクリスマスは今年もやってくる!

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