第30話 クリスマスイブの夜

 あたしは可愛くない。

 丸川がクリパを渋っていたのは、あたしに気遣ってくれたからだ。

 それが分かっているのに、素直に喜べず強がってしまった。


(もしかしたら丸川はあたしと過ごしたいって思って、誘おうとしてくれたのかな……)


 ぐいぐい来るくせに肝心なところは奥手な丸川が勇気を振り絞ってくれたのかもしれない。

 そう思うとくすぐったくて、ちょっと嬉しい。


 とはいえあたしはバイトがある。


「いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ」


 クリスマスのお店はひっきりなしに客が来て行き着く暇もない。

 お昼頃はイートインのカップルが、夕方近くになるとテイクアウトのファミリー層が目立った。


 休憩時間となり時計を見ると午後四時を回っていた。

 もうクリパは始まっているだろう。

 一時間の休憩後、夜もバイトのシフトを入れている。

 なかなか人がいなく、店長は感謝してくれていた。

 もしかするとボーナスをつけてくれるかもしれない。


 夜が近づくと店長の読み通りフライドチキンが飛ぶように売れた。

 普段はサイドメニューのチキンも今日は主役だ。

 お得なバケットセットまで用意している。


 チキンばかり揚げるので次第にカウンターにまで油の匂いが立ち込めてくる。

 その臭気に少し酔いながらも接客をこなしていた。


「わー、おいしそう!」


 父親に連れられた兄妹がメニューを見てはしゃぐ。


「ねーねー、パパ! サンタさん、ほら!」


 幼稚園児らしき妹ちゃんはサンタのイラストを見て、そのことを一生懸命父親に伝えていた。


「サンタさん、ゲームくれるかな」

「いい子にしていたらな」

「ちーちゃんいい子だよ!」

「そうだね」


 そんなやり取りを見ていると、疲れも和らいで笑顔になる。

 でも商品を受け取って楽しそうに帰っていく背中を見ると、なんだか切なくなってきた。

 みんなが幸せな夜、あたしはなにをしてるのだろう。

 ふとそんなことを考えてしまっていた。



 バイトを上がったのは、結局夜の九時だった。

 常に忙しかったので汗をかき、帽子を脱ぐと髪はボサボサだった。

 私服に着替えてもまだ自分から油臭さが漂っている気がしてならない。


 店の外のクリスマスの喧騒が妙に虚しく感じられ、コートの襟を立てる。かなり冷え込んでいるけど、クリスマスを満喫する人たちは気にもならない様子だ。

 帰りにケーキでも買って帰ろうと思っていたけど、そんな気もすっかり萎えていた。


「お疲れ様、リラさん」

「え?」


 顔を上げると満面の笑みを浮かべた丸川が立っていた。


「なんで……みんなとクリパしてたんじゃ?」

「まだ盛り上がってる人もいると思いますけど、僕は先に帰ってきました」


 なんで、と訊きかけて言葉を飲み込む。

 あたしに会いに来てくれたからに決まっている。


「ていうかよくあたしの上がり時間が分かったね」

「えっ……と、それは、まあ」


 丸川は気まずそうに目をそらした。


「まさか丸川、結構長いことここで出待ちしていたんじゃないでしょうね」

「す、すいません。でも不審者に思われないよう気を付けていたので大丈夫なはずです」


 丸川はあたふたしながら言い繕う。

 その姿がおかしくて笑ってしまった。


「ばか。そんなことどうでもいいし」


 丸川の手を握ると氷のように冷たかった。

 これは相当長い時間ここにいたのだろう。

 その冷たさが彼の優しさに思え、むしろ心に温かいものが宿った。


「わっ!? ちょ、リラさんっ!」

「手を握られたくらいでキョドるな。童貞か」

「だから童貞ですってば」

「惚れちゃいそう?」

「だからとっくに惚れてますってば!」


 嘘。

 惚れてるんじゃなくて勝手に神聖化してるんでしょ。

 ちゃんと女の子として見てよ。

 そしたら、あたしは──

 心の中で呟いて、少し恥ずかしくなる。


 折れかかっていた心が、丸川と会えたことで溌剌としてくる。


「さぁ、今からクリスマスを満喫するからね!」

「わ、わかりましたから手を離してください」

「いや。ほら、さっさと行くよ!」


 大通りに出ると周りの人があたしたちを見る。

 派手なギャルが太った男子の手を引いているのが奇異に映ったのかもしれない。


 でもそんなことどうだっていい。

 丸川は見た目はこんなのだけど、最高の男だ。

 押し付けがましくない優しさで、あたしを包んでくれる。

 料理もうまいし、頭もいいし、裁縫まで出来るし、あたしを守るためなら喧嘩までしてくれた。

 本当に、最高の男だ。

 むしろあたしなんかじゃもったいないくらい。


「クリスマスを満喫するってどこに行くんですか?」

「はぁ? 丸川が誘いに来てくれたのに考えてなかったの? ノープランでデートを誘いに来るなんてあり得ないんだけど?」

「すいません。ノープランでした」

「仕方ないなぁ、もう」


 前から行きたかったお洒落なレストランをあちこち巡ったが、クリスマスイブなのでどこも予約のみか満席だった。


「無計画すぎました、すいません。バイト上がりなのに疲れさせてしまって」

「もう。気にしすぎ。あ、あたしは丸川が来てくれただけで嬉しいし」

「えっ!? そ、そんな。光栄です」


 そこで止まらないでぐいぐい来てよね、もう。


 結局あたしたちは窓の外からクリスマスツリーが見えた高級そうな喫茶店に入った。

 エアコンの温もりが天国のようだ。


 注文していたケーキセットが届いてから、あたしたちはコーヒーで小さく乾杯した。



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クリスマスイブの夜。

二人に奇跡は起きるのか?

いよいよ物語はクライマックスです!

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