第31話 リラさんとの出会い

 喫茶店の内装はイギリスの貴族の邸宅みたいな豪奢な造りで、そのせいでエアコンの温もりも暖炉の熱のように感じてしまう。


「メリークリスマス」


 グラスを当てずに小さく乾杯をすると、リラさんは少し照れ笑いを浮かべた。


「あ、おいしい」


 コーヒーを飲んだリラさんは驚いたように目を丸くする。

 深い苦味がありながらも嫌みがなく、まろやかな味わいのコーヒーだった。


「丸川と二人でクリスマスなんてねー」

「すいません。僕なんかで」

「違うし。一人で寂しく過ごすって思ってたから」


 リラさんは眉をムッとさせて僕を睨む。


「僕もまさかリラさんとクリスマスを過ごせるとは思ってませんでした」

「は? 出待ちしてたくせによく言うよ」

「本当ですって。プレゼントを渡してすぐに帰るつもりでしたから」


 鞄からプレゼントを取り出してリラさんに渡す。


「え、マジで? くれるの? ありがとー」

「大したものじゃないですけど」

「開けていい?」

「どうぞ」


 目を輝かせながら丁寧に包装を剥がすリラさんだったが、中身を確認して表情が凍った。

 そして辺りを素早く確認してプレゼントをテーブルの下に隠す。


「な、なにこれ……」

「え、どうされましたか?」


 リラさんはみるみる顔を赤らめて、僕を睨んだ。


「どういうことよ、これ! こんなもの」

「マッサージ器、嫌いでしたか?」

「へ、変態っ。サイテー」

「そんなっ!? ジョギングで脚が疲れるかなと思ってプレゼントさせてもらったんですけど」

「へ?」


 リラさんはきょとんとした顔になる。


「電……これって脚のマッサージするものなの?」

「はい。脚に限らず肩や腰にも使えますけど。なんだと思ったんですか?」

「い、いや。なんでもない。うん、そっか。元々はそう言うもんなんだね……」

「元々?」

「な、なんでもない!」


 よく分からないけれどリラさんの勘違いは解けたみたいだ。

 やけにぽーっとした目でこけし型をした電動マッサージ器を眺めていた。


「あー、でもごめん。あたし、丸川にプレゼント買ってないや」

「そんなもの要りません。リラさんの笑顔が僕へのプレゼントですから!」

「だからそういう偶像崇拝的な……」

「どうしました?」


 リラさんははぁ、とため息を付いてジトーッと僕を睨む。


「あのさ、丸川。なんで丸川はそんなにあたしを持ち上げるの?」

「それは──」

「言っとくけどテキトーなこと言ってごまかすのなしだからね。今日はちゃんと答えて」


 リラさんは緊張したかのように真剣な表情に変わる。


「おかしいでしょ。入学式当日からぐいぐい来たんだよ? フツーあり得なくない? なんでそこまであたしに絡んできたのか、ちゃんと教えて」


 どうやら今日のリラさんは本気らしい。

 僕もごまかさず本当のことを言わなければならないだろう。


「僕がリラさんの存在を知ったのは、中学二年の時でした」



 小学校で弄られキャラだった僕は、中学に行ってもそのまま弄られる生活が続いた。

 みんなが僕をからかい、僕のそのポジションに甘んじていた。


 それでも中学生になれば異性も意識するし、羞恥心も強くなる。

 度を超す弄られ方をしたときは嫌だなって思ったし、そんな姿をクラスの女子に見られるのも恥ずかしかった。

 太ってるのがいけないのかとダイエットにも挑戦したけれど、長くは続かなかった。


 そんなちょっぴり惨めな生活を送っていた僕は、ある日陸上大会の地区予選の応援に行った。

 うちの学校の陸上部がそこそこ強かったから、半ば強制的に参加させられたかたちだ。


 女子800メートル走にうちの学校の期待の選手が参加していた。その子の名前はもう覚えてない。

 日頃から僕をからかってバカにしていた人だったということだけ覚えている。

 同じレースに参加していたのが、隣の中学に通っていたリラさんだ。


(きれいな子だな)


 はじめて見るリラさんにそんなことを思った。

 スタート前にピョンピョンと軽く跳ねていたリラさんの姿は今でも鮮明に覚えている。


 スタートをミスったリラさんは序盤遅れを取る。

 一方うちの学校の女子はいい位置をキープしていた。


 レース中盤過ぎ、まだ誰も仕掛ける前の局面。

 リラさんが突如仕掛けた。

 後方から次々と抜き、先頭へと迫っていく。


「スパートが早すぎる。あれはバテるよ」


 誰かがリラさんを見て笑った。

 その言葉に僕は妙にイラッとした。

 自分の学校を応援しに来たのに、心の中でリラさんを応援する。


 リラさんはバテることなく先頭との距離を詰める。

 苦しそうな表情だったけど、足取りは軽やかで、走ることが楽しくて仕方ないといったフォームだった。


 抜かれた人も懸命に追うがリラさんとの距離は広がる一方だった。

 リラさんが背後に迫ってきて、うちの学校の女子も慌ててスパートをかける。

 風避けにしていた先頭を抜き、トップにたつが、すぐさまその脇にリラさんが並んだ。


「おおーっ!」


 会場が興奮で揺れる。

 あとから知ったことだけど、このときリラさんは無名の選手だった。

 急速に力を付けて来たところで迎えた大会だったそうだ。


 本命視されていたうちの学校の女子は懸命に逃げる。

 しかしなんとリラさんはそれまでのスパートからさらに一段ギアを上げ、加速して抜き去った。


「いけぇー!」


 思わず拳を握って叫んだ。

 リラさんは全身を弾ませ、飛び込むように一着でゴールしていた。


 これがリラさんを見た、最初の日のことだ。



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 遂に明かされるリラさんとの出会い。

 そしてリラさんはどう反応するのか?

 イブの夜に恋は動く!

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