第32話 永遠の女神様
出会いのエピソードを聞いたリラさんは驚いた顔をして僕を見ていた。
「中学の時からあたしを知ってたんだ……」
「黙っててすいません」
「いや、まあ、それはいいけど……」
「あのときのリラさんはとても輝いてました。景色がモノクロに見えて、リラさんだけが色づいている、そんな風に見えました」
「大袈裟なんだから。でも確かにあのときは気持ちよかったな」
ほんの二年ほど前のことだけど、リラさんは十年以上前のことを思い出すような感慨深い表情になる。
「あのときから僕はリラさんのファンになりました」
「そうなんだ。当たり前だけど、全然知らなかったよ」
リラさんは複雑な笑顔で首を捻る。
当然あのことが頭をよぎったのだろう。
リラさんの人生が変わった、あの夏の日の大会を──
「じゃあ、あの最後の中学大会も……」
「はい」
国体出場間違いなしと言われたリラさん中学三年の夏。
地区予選大会で、あの事件が起きた。
優勝目前でコーヒーを曲がったとき、リラさんが転倒した。
滑って転んだと思った人も多かっただろうけど、ずっと品がリラさんを見ていた僕には分かった。
あれはアキレス腱を痛めて転んだのだと。
リラさんは立ち上がろうとしてよろけ、後続の選手とぶつかる。
それでもなお、リラさんは立ち上がろうとしてしていた。
「もう立たなくていい! 棄権してください!」
気が付けば立ち上がって叫んでいた。
「あのあと、病院に運ばれ、その後陸上を引退したと聞きました」
「まぁね。もう陸上選手としてやっていけないと医者に言われたから」
「すいません。辛いことを思い出させてしまって」
「別にー。確かに陸上に未練がないといえば嘘になるけど、もう割りきってるから」
リラさんは薄笑いを浮かべてフォークでケーキを切る。
「辛いときも、悲しいときも、リラさんの走る姿を見ると元気になりました。リラさんに勇気をもらっていたんです」
「じゃあ走らなくなって失望したんじゃない?」
自虐的に笑うリラさんに首を振って否定する。
「たとえもうトラックで走ることがなくても、リラさんはいつまでも僕の女神です。僕にいきる勇気を与えてくれた人なんですから」
「言いすぎなんだって。そんなこと言われたら、どう丸川と接したらいいか、分かんないし」」
リラさんは困った顔してケーキを皿の上で弄んでいた。
「僕のことなど気にせずに、今まで通りで」
「バカなの?」
「え?」
リラさんはムスーッとした顔で僕を睨んでいた。
「じゃああたしをジョギングに誘っていたのって」
「はい。リハビリになるかなと思って。まあもちろん憧れのリラさんの走りを間近で見たいって気持ちの方が強かったですけど」
「そっか。なるほど。だからなんだ」
妙に納得した感じでリラさんが頷いた。
「どうされました?」
「あたしが脚痛くなる度にペースダウンしてたでしょ?」
「バレてました?」
「さすがに毎回してたらあたしだって気付くっての。まさかあの怪我のことまで知ってるとは思わなかったけど」
気遣っていたことを感づかれるなんて、僕もまだまだだ。
聡明なリラさんは僕の行動など、ほとんど全てお見通しなんだろう。
中学からのファンだというのがバレたので、この際色々とリラさんの陸上大会の思い出を話した。
遠征までして試合を見に行っていたことを知ったリラさんは呆れたように、時に気味悪がりながら、僕をからかっていた。
喫茶店を出るとリラさんは駅ではなく、丘を登って歩き出す。
「こっちに夜景がきれいなところがあるんだ」
「寒くないですか?」
「寒いからよけい夜景がきれいなんじゃない」
白い息を吐いて微笑む姿にドキッとしてしまう。
結構急勾配の坂を上っていくと自然と身体は温まり、最後の急階段を上りきった時にはうっすら汗までかいていた。
「うわぁ、きれいですね」
「でしょ?」
神社の境内から見下ろす景色は街全体がクリスマスのイルミネーションみたいに輝いていた。
「いつか男子と来るのが夢だったんだ」
「えっ!? い、いいんですか、僕なんかが最初の相手で!?」
「よくなかったら連れてこなくない?」
「そ、そうですよね。身に余る光栄です! ありがとうございます! 生きててよかったー」
思わず心の声が溢れてしまう。
リラさんはため息をついて首を捻る。
「すいません、はしゃぎすぎました」
「そうじゃなくて。丸川にとって、あたしはその、いつまでも女神様とやらのままなの?」
「はい。もちろんです。永遠に女神様です!」
迷うことなく答えた。
────────────────────
いつまで崇拝してるんだ、丸川!
そこはそうじゃないだろ!
皆さんのヤジが聞こえるようです。
二人の聖なる夜は遂に次回頂点に達します!
お楽しみに!
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