第22話 丸川の部屋

 勉強を頑張ると意気込んだリラさんの言葉は気まぐれではなかったらしく、翌日には早速勉強会を開くこととなった。

 しかもなぜか図書館などではなく、僕の家で勉強をしたいと言う。

 散らかってるので困ったけど、せっかく学びたいというリラさんの気持ちに水を差したらいけないので了解した。


「全然散らかってないじゃん」

「そうですか?」


 リラさんはクッションに座り、世界史の教科書とノートを並べる。

 気合いを入れるためか髪を纏めてひと括りにする。ハニーブラウンの束がたゆんと弾んで光をキラキラと反射させて揺れていた。

 リラさんから放たれる甘い香りで部屋が満ちていく。



「あー、もう、わかんない! 覚えられないよ!」


 リラさんはシャーペンを投げ出し天井を仰ぐように倒れた。


「世界史や日本史は記憶しないといけないから大変だよね」

「無理。あたしの頭じゃ無理なんだよ、きっと」

「そんなことないですよ」


 落ちたシャーペンを拾おうと屈むと脚を広げたリラさんのスカートの中が見えてしまった。


「リ、リラさんっ……スカートの中見えてます」

「んー? 別にスパッツ穿いてるしよくない?」

「よくないです!」

「なにキョドってんの。童貞かよ」

「童貞ですっ!」


 僕のリアクションが面白かったのか、リラさんは腹筋で起き上がり、ニターッと僕を見る。


「顔真っ赤じゃん」

「い、いいですから。ほら勉強しますよ」

「休憩しようよー」


 文句を言いながらもリラさんはシャーペンを握る。


「丸暗記しようとすると難しいものです。こういうのは興味あるところから覚えていくといいんです」

「世界史に興味あるとことかないし」

「そうでもないはずですよ。たとえばそれです」


 僕はリラさんのデコられた爪を指差す。


「ネイルがどうかしたの?」

「ネイルってどこでいつから始まったか知ってますか?」

「えー? 知らない。アメリカ? いやフランスかな?」

「正解は紀元前三千年のエジプトなんです」

「えっ!? マジ!? そんな前からデコってたの? いとおかしじゃね!?」

「まぁデコるのはずっと先でしょうが、マニキュアはその頃からありました」


 リラさんに興味をもってもらおうと予め調べていた内容を説明すると、予想以上に興味をもらった。


「なるほどー。ネイルにもそんな歴史があるんだね」


 リラさんは感慨深い表情でしげしげと自らの指の爪を眺めていた。


「でもそんなことテストに出なくない?」

「確かにそうですね。でもこれはパズルの一ピースなんです」

「どゆこと?」

「パズルを作るときまず角のピースを見つけて、それから辺のピースを繋げていきますよね?」

「そりゃまあ」

「なんにも興味のない状態から、たとえばいきなりローマ帝国の歴史を覚えるのは難しいです。でも知ってる知識から繋がっていけば覚えやすいんですよ」

「へぇ。まあ確かにそれはそうかも」


 リラさんが興味のありそうなファッションやスイーツに絡めて世界史を説明していく。

 歴史の本筋からは遠いけれど、リラさんは感心したように頷きながら聞いてくれた。


「さすが丸川は教えるのもうまいね」

「いえいえ。リラさんの理解力が高いんですよ」

「なんか頭よくなった気がするし」

「それはよかったです。じゃあちょっと休憩しましょうか」


 キッチンに行き、紅茶を淹れる。

 夕飯前だからお菓子は軽めにクッキーを数枚皿に乗せて部屋へと戻る。


「お待たせしました」


 ドアを開けるとリラさんは僕の本棚の本を抜いて、奥を探っていた。


「な、なにやってるんですか!?」

「いや、男子ってこういうところにえっちなやつ隠してるのかなって」

「ちょ、やめてくださいよ!」


 テーブルにお茶を置き、慌てて止めに入る。


「ほらあった! なにこれ? アルバム?」

「ダメですってば!」

「いいじゃん、あたしのスカートの中見たんだからおあいこね」


 リラさんはスルリと僕の腕をかわしてアルバムを開けてしまう。


「ちょっ!? なによ、これ!」


 リラさんは目を見開いて驚く。

 恥ずかしさのあまり、僕はうつ向くしかなかった。


「なんであたしの写真ばっか入ってるわけ!?」

「それは、その……ファンとして当然のことで」

「文化祭のときとかコスプレのときのとか」

「す、すいません。美しかったもので、つい」

「キモ! マジでキモいんですけど!」


 隠し撮りしたわけではないものだが、ここまで引かれてしまうと変な汗が止まらなかった。


「まさか丸川……この写真で変なことしてないでしょうね?」

「し、してません! 神聖なリラさんを汚すような真似はしてません!」


 リラさんは赤い顔をしながら非難がましい視線を向けてくる。


「っとに、もう」


 リラさんはペラペラとアルバムを捲り、おかしな写真がないことを確認してからポンッとテーブルに置いた。

 完全に嫌われてしまった。

 恐怖で顔があげられない。


「丸川っ!」

「は、はい!」


 顔を上げた瞬間、カシャッとカメラの音がした。


「な、なにを?」

「あたしも丸川の写真撮っておいたから」

「僕の写真なんて撮ってどうするんですか」

「それはあたしの台詞。あたしの写真なんて集めてどうするのよ!」


 リラさんは僕の隣に座り、インカメラに切り替えて自撮りした。


「せめて二人で写ってる写真をアルバムに入れなよね」

「リラさん……」

「これ、送っておくからアルバムに入れといて」


 リラさんは照れた顔を隠すようにスマホを操作する。

 もしやこれが噂のツンデレだろうか?

 リラさんのツンデレは破壊力抜群の可愛さだった。



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 なんだかんだうまく行きつつある二人。

 このまま突き進めるのか?

 頑張れ、丸川!

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