第21話 夢の準備期間

 クリスマスまで一ヶ月を切った。

 ヨーロッパではクリスマスまでのこの時期をアドベントと読んでいるそうだ。


 夜に走るにはちょっと厳しい時期になってきた。

 それでも丸川は毎晩ランニングに誘いに来てくれていた。

 正直すぐに根をあげると思っていたけど、意外と根性がある。


 川沿いの舗装された散歩道を走っていると足に痛みを覚えた。

 やはり寒い季節は古傷に答えるらしい。

 あたしがペースを落とすと丸川は突然ゼェゼェと言い出して歩き始める。


「疲れた?」

「すいません、リラさん。少し歩きましょう」

「仕方ないなぁ」


 毎晩走っている成果で丸川も少しだけ痩せてきたように見える。

 まあほんの僅かで、傍目にはまだ十分太っているけれど。


「丸川痩せた?」

「はい。お陰さまで5キロほど。リラさんは?」

「女の子に体重の質問するな」

「すいません」


 理不尽に怒っても丸川はいつも笑って流してくれる。

 なんかこいつといると疲れない。

 いやそれどころか心が安らぐまである。

 一体丸川って何者なんだろう?

 あたしはあんまり丸川のことを知らない。


「ねぇ、丸川って頭いいじゃん?」

「別にそん──」

「別にそんなに良くないよっていうのはいいからね。謙遜というより嫌みだから、それ」

「すいません」

「そんなに勉強して、将来なりたいものとかあるの?」


 特にありません。

 そう答えると思っていた。

 けれど──


「そうですね。父の会社を継ぎたいと思ってます」

「へぇ。そうなんだ。偉いじゃん」


 言葉とは裏腹に、あたしの声は上擦っていた。

 丸川はあたしと違う。

 恵まれた環境がある。

 そんな思いが過ってしまったからだ。


「でも別に実家継ぐなら勉強なんて入らなくない? 就職試験もないし、将来は社長も約束されてるわけだし」


 そんなこと言いたい訳じゃないのに、あたしの口からはひねくれた言葉が溢れてしまう。

 それでも丸川は嫌な顔もせず笑っている。


「うちなんて吹けば飛ぶような小さな会社です。だからしっかり勉強して、経営や商売について学んで、しっかり守っていきたいんです」

「へぇ……そっか」


 丸川の話を聞いて嫉妬してしまった自分が恥ずかしくなる。

 将来が安泰でのほほんとしている訳じゃなく、この年齢で責任を感じてるなんて、あたしには出来ないことだ。


「すごいね、丸川は。ちゃんと目標があって、それで勉強してるんだ」

「すごくなんてないです」

「すごいよ。あたしなんて、なぁんにも考えてないし、夢もないし、なにがしたいかも分からないもん」


 陸上で挫折してから、あたしは夢を失くした。

 なんの目標もなく、毎日楽しければいいと遊んでいる。

 でも苦しかった部活をしていた頃よりも楽しいと思えた日は、まだない。

 丸川はしばらくなにも言わずにあたしの隣を歩いていた。

 川の流れる音と、遠くの車の音が聞こえてくる。


「夢がないとか、やりたいことが見つからないってことに焦る必要はないですよ」

「焦ってなんて……いや、焦ってるのかもね」

「すいません。偉そうなこと言って」


 丸川は苦笑いしながら頭を下げる。


「でも夢とか目標って見つけて目指すものじゃないと思うんです。『気付くもの』だと思うんです」

「どういう意味?」

「たとえばゲームが好きだとか、本を読むのが好きだとか、そういうことって自分の趣味じゃないですか。何者かになりたいからしてるとか、そういうものじゃない」


 あたしも陸上をしてるときは好きで走っていた。

 黙って頷いて話を促す。


「でもあるとき『その道に進みたい』って思うこともあると思うんです。それが自分の夢だったって気付く。もちろんそれは険しく厳しい道ですから叶わない人がほとんどだと思います」

「そりゃまあ、そうだろうね」

「ゲームが好きで目指したプログラマーやゲーム動画配信稼業になれなくても、努力したことは無駄じゃありません。ゲーム会社の営業でも、家電量販店のゲーム売場担当でも、頑張った経験はきっと役に立ちます」


 いつもと違い、妙に丸川は真剣に語っていた。


「確かにそうかもね。でもあたしにはそういった趣味すらないし。ただ毎日てきとーに暮らしてるだけだから」

「それでいいと思います。無理やりなにかを探すのではなく、自然に楽しく毎日を過ごしていれば。ただほんの少し、自分はなにが好きなのかということを気にしていればいいんです。頑張る必要なんてありません」


 怪我をしたあの日から前に進めないあたしの心を、丸川の言葉が癒してくれる。


「ありがと、丸川。でもやっぱり漠然とした不安みたいなものはあるんだよね」

「だったら勉強をしたらいいんですよ」

「勉強?」

「はい。何をするにしても勉強をしておくのは悪くありません。選択肢の幅を残しておけることになりますから。たとえば将来リラさんが学校の先生になりたいと思ったり、獣医さんになりたいと思っていても、学力が足りなければ道が閉ざされてしまいますから」

「学校の先生とか興味ないけど、でも確かにそうか」


 資格も学力も関係ない目標ならいいけど、そうじゃない夢が出来たとき焦っても遅いのかもしれない。


「よし、じゃあひとまずあたしも勉強頑張る!」

「その意気ですよ、リラさん」

「は? なに他人事みたいに言ってるわけ? あたしはバカなんだから丸川が教えてよね!」


 わがままをぶつけたのに、丸川は嬉しそうに笑って頷く。


「僕でよろしければ、いくらでも力になります!」


 本当に丸川はお人好しだ。

 心配になるほど、お人好し。


「あたしの成績が上がらなかったら丸川のせいだからね! 分かった?」

「はい!」


 いつかなんとかして丸川のことを怒らせてやりたい。

 そんなことを思いながらぺちんっと丸川の背中を叩いた。



 ────────────────────



 今日はちょっと真面目な丸川くんでした。

 ちなみに私は勉強が嫌いでした。

 いまに思えばもっと文章について勉強しておけばよかったとも思います

 けどまだ遅くない!

 頑張って勉強していきたいなって思ってます!


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