第25話 丸川の過去

 期末テストが近付いてきた日曜日。

 丸川と勉強するために駅前で待ち合わせをしていた。

 しかも今日はうちで勉強をする予定だ。

 丸川は毎日ジョギングでうちに来てくれていたけど、家の中に招き入れるのははじめてのことだ。


 丸川の家は豪邸とまではいかなくてもかなり立派なので、うちみたいな昭和臭漂うぼろアパートに呼ぶのは少し気後れしてしまう。


 お昼やおやつを買うので二人の家の中間くらいに位置する駅前で待ち合わせすることに決めた。

 少し早めに行くつもりだったけど、部屋の片付けをしていたら時間ギリギリになってしまった。

 当たり前のように既に丸川は到着していた。


「ごめん! 遅くなった」

「あ、リラさん。大丈夫です。僕もいま来たところですから」


 寒さで鼻が赤くなってる。バレバレの嘘だ。

 相変わらず丸川は気を遣う奴だな。

 なんだかそんなところが愛らしい。


「よし、じゃあ買い物行こっか」

「はい」


 駅前にあるデパートの食品売場に行く。

 クリスマスも近付いたこの時期は買い物客でいっぱいだ。


「見て、ほら。あのパン、クリスマスって感じで可愛くない?」

「シュトーレンですね。ドイツではクリスマスの四週間前からちょっとづつスライスして食べるそうです」

「あれ? 丸川じゃね?」

「ほんとだ!」


 甲高い女子の笑い声が聞こえ、ビクッと丸川が振り返る。

 見ると意地の悪そうな二人組の女子が丸川を指差していた。


「や、やあ。久し振り」

「なんか中学の時より太ったんじゃない? ウケる」

「でもキョドった感じはあの頃のままだね」

「そ、そう? 二人は元気そうだね」

「やっば。なにそのおっさんみたいな言い方」


 二人は愉快そうに丸川を嗤っていた。

 まるで絶対に殴り返してこないサンドバックを殴るように。


「ちょっとあんたら」

「いいんです、リラさん。ほら行きましょう」

「ちょ、離せよ、丸川!」


 ガツンと言ってやりたかったのに無理矢理丸川に引き離されてしまった。


「なんなの、あいつら! マジムカつく。てか丸川も言い返しなよ!」

「いいんですって。僕はいつもああいういじられキャラだったんですから」

「よくないよ! 腹立つじゃん!」

「僕なんかのために怒ってくださってありがとうございます。でもいいんです。放っておきましょう」


 いつもはほっとする丸川のにっこりとした笑顔も、このときだけはイラッとしてしまった。


「ちょっと来て」


 丸川を連れて近くの公園のベンチに移動する。


「どうしたんですか、リラさん」

「よく考えたらあたし、丸川のことあんま知らない。教えて」

「僕のこと、ですか?」

「小学校とか中学校の時どんな奴だったの?」

「そんな話すようなことなんて特にないですよ」

「いいから教えて。知りたいの」


 じっと見詰めると、丸川は仕方なさそうに語りだした。


「僕は子どもの頃、身体が弱かったみたいであまり運動とか出来なかったんです」

「え、まじ? ジョギングとかしちゃ駄目なんじゃ」

「いまは平気です。でも子どもの頃は家で遊んでばかりでした。だから小学校に入学したときは既に肥満児でして──」


 一年生、二年生の頃は別にみんなと普通に接していたらしい。

 でも三年生くらいから徐々に太ってるのをイジられたそうだ。

「デブ」「ブタ」「ブヒ川」など変なあだ名をつけられ、ブタの物真似とかもさせられたと笑顔で語っていた。


「結構ウケてたんですよ。ブヒヒヒッてこうして」

「しなくていい。それで?」


 高学年になるとイジリというよりはイジメに近くなってくる。

 男子に殴られたり、女子にはみんなの前でバカにされたり。

 しかも中学校はすぐ隣にあるので小学校を出たらほぼみんなそっくり同じ中学に入学するらしい。

 当然その陰湿なイジメは中学になっても続いたそうだ。


「でもそれを明るく笑いに変えていたので悪い空気にはならなかったんです。先生もコミュニケーションの一環と見てくれましたし」


 ちょっと自慢げなくらいに笑う丸川を見て、もう我慢の限界だった。


「丸川っ!」

「わっ!? リ、リラさん!?」


 もうこれ以上過去の傷を笑いに変えてほしくなくて、傷ついた幼少期の丸川が切なくて、気が付けばあたしは丸川に抱きついていた。


「もういい。もういいの、丸川。ごめんね、嫌なことを思い出させちゃって」

「い、いえ、その……えーっと……」


 丸川は身体をガチガチにして硬直してしまっている。

 丸い顔を真っ赤に染めて、トマトみたいだった。


「辛いときは笑わなくていい。そんなの、おかしいよ」

「嫌なことばっかりでもなかったんですよ。友だちもいましたし、殴られることで上手にガードすることも覚えましたし。笑われてもそれでみんなと話しも出来たし、そんなに悪くはなかったです」

「強いね、丸川は」


 抱きついたまま、丸川の頭をゆっくりと撫でる。ちょっと泣きそうだから顔は絶対に見せないけれど。


「よし! やっぱ今からあのくそ女たちにガツンと言いに行こう!」

「え、ちょっとリラさん!? 僕の話、聞いてました!?」


 戸惑う丸川を置いてあたしはデパートへと向かう。



 ────────────────────


 はじめて明かされた丸川の過去。

 それはリラさんの心に新たなものを生み出しました。

 ハイスペックな丸川ですが、それに気付いてくれる人もいなかったんでしょうね。

 抱きつかれて丸川もちょっと得した気分でした!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る