第26話 ごめんなさいとありがとう

 リラさんは両肩に怒りを露にさせてずんずんとデパートの中を進んでいく。


「いいですって、リラさん。僕はいま幸せですし、昔のことなんて気にしてませんから」

「よくない!」


 リラさんはくるっと振り返り、怒りに満ちた目で僕を睨む。


「丸川がよくてもあたしがよくないの! 丸川はあたしの、その、大切な友だちだよ! その友だちに今でも失礼なこと言ってる奴だもん。ガツンと言わなきゃ気が済まないの!」


 大切な友だち……

 破壊力抜群の単語に震えてしまった。

 まさかリラさんにそんな風に思っていただいてるなんて、夢のようだった。


 その言葉に痺れているうちにリラさんはずんずんと進んでいってしまう。


「もう帰ったんじゃないですか? また今度にしましょう」

「いや、いる。あの二人、なんにも買ってる様子なかったから。あ、そうだ。クリスマスも近いし、なんか準備するために買い物に来たのかも」


 推理を働かせたリラさんが雑貨屋に向かうと例の二人が飾り付けに使うものを選んでいた。

 二人を見つけるとリラさんは目を光らせて近付いていった。


「ねぇ、ちょっと、あんたら」


 刺のある声で呼び掛けると二人は振り返る。

 彼女たちもそこそこお洒落だし顔立ちも整っているが、完璧な美を持つリラさんと並ぶと凡庸に見えてしまう。

 それは彼女たちも自覚したのか、少し怯むのが見て取れた。

 しかしリラさんの背後に僕がいるのを見つけ、やや威勢を取り戻す。


「なんですか?」

「あんたら、丸川をバカにしてたよね?」

「バカになんてしてませんけど? 中学の時の友だちだから挨拶しただけだし」

「さっきのアレが挨拶なの? 白々しいこと言ってんなよ?」


 声を張り上げてる訳じゃないのに迫力がある。

 二人は気まずそうに目を逸らした。


「丸川に謝りなよ」

「なんでそんなこと言われなきゃいけないの? 別にあなたには関係なくない?」

「そうそう。なにも知らない人に口出しされる筋合いないから」

「関係あるよ。丸川はあたしの友だちだから。友だちがバカにされて見過ごすわけにはいかないでしょ」

「友だちって」


 二人は顔を見合わせて醜く笑った。

 決してリラさんは浮かべないような、下品で意地の悪い笑い方だった。


「なにがおかしいの?」

「あなただって丸川を見下してるんじゃない? 内心キモいとか思ってるんでしょ?」

「そんなこと思ってないけど?」

「本当に? 全然思ってない?」


 念を押すように訊ねられ、リラさんは言葉に詰まってうつ向いた。


「確かにはじめはキモいしうざいって思った」

「ほら、やっぱり」

「でも丸川と絡んで、色んないいところや優れたところを知って、スゴい奴だって思った。いまはカケラもキモいとか思ってない」


 顔を上げてキッと睨む鋭い目は狼のように精悍だった。

 半笑いだった彼女らもビクッと震える。


「あんたらの方が丸川との付き合いは長いんだろうけど、あたしの方が丸川のことをよく分かっている。何にも知らない人はあんたらの方でしょ」


 気の弱そうな方の子はうつ向いたまま顔を上げない。

 もう一人は虚勢を張るようにリラさんを睨み返していた。

 しかしなにも言い返せない。

 もともと人をバカにしたという負い目があるのでまともな反論もないのだろう。


「ほら、早く丸川に謝って」

「もういいって、リラさん」

「よくないよ。謝らないならこれから徹底的にこいつら追い込むし」


 リラさんの気迫に押されたのか、気弱そうな子が「ごめんなさい」と謝る。


「あんたは?」

「……言い過ぎた。ごめん、丸川」


 ボソボソっと謝ったのち、二人は逃げるように立ち去っていった。


「なにあの謝り方。感じ悪」


 二人の背中にリラさんがベーッと舌を出す。

 先ほどまでの鬼気迫る感じが嘘みたいにおちゃらけた顔だった。


「ごめん、リラさん」

「ごめんじゃない」


 リラさんはむすっと僕を睨んだ。


「ありがとう、でしょ」

「うん。ありがとうリラさん」


 ちょっとうるうるしながらお礼をのべるとリラさんは恥ずかしそうに視線を泳がした。


「丸川はスゴい奴なんだからもっと堂々としてなよ。ヘコヘコするから舐められるの!」

「はい。ありがとうございます」

「そこは『ごめんなさい』でしょ。もう」


 リラさんは僕を理解して、そして本当に大切な友だちとして見てくれている。

 それが嬉しくて、もう過去の嫌なことなんて全部帳消しにしたいくらいだった。


「今日はじめていじられキャラでよかったと思いました」

「なんで?」

「だってリラさんに抱きついてもらえましたから」

「あ、あれはっ!? も、もう忘れて」

「いえ。一生忘れません。大切に覚えておきます」


 あのハグを思い出すだけで向こう十年笑顔になれる気がした。


「ほら、さっさと勉強しに行くよ!」


 照れてさっさと歩くリラさんの背中を見つめ、いつまでもニヤニヤが止まらなかった。



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 ごめんなさいとありがとう。

 案外似た場面で使いますよね。

 出来るならありがとうって言いたいですよね!

 大切な友だちに昇格した丸川くん

 さあもうすぐ恋人たちの季節だぞ!

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