第24話 リラさんの初チャレンジ

 放課後、校舎から出ると待ち構えていたように北風が吹き付けてきた。

 容赦ない寒風はコートの袖の隙間や胸元から忍び込んで来て一瞬で全身を冷やす。


「うー、寒っ……今夜はおでんにしようかな?」


 冷蔵庫の中を思い出しながら足りないものをチェックする。

 こんにゃく、牛スジ、練りもの辺りは買わないといけない。


「ねえ、丸川」

「あ、リラさん。今帰りですか?」


 濃紺に白いボアが美しいダッフルコートがリラさんらしい。


「あのさ……明日お弁当いらないから」

「え? そうですか?」

「あと今夜は走りにいけないから」

「わかりました。なにか──」

「じゃあ」


 それだけ伝えるとリラさんは急ぎ足で立ち去っていく。


 なにかリラさんを怒らせることをしてしまったのだろうか?

 不安で胸がドキドキしてしまう。

 人に嫌われたり無視されたりするのは慣れてるはずなのに、リラさんが相手だと落ち着かない。

 お弁当のおかずが美味しくなかったのだろうか?

 それともこっそり授業中にリラさんの似顔絵を描いていたのがバレたのだろうか?

 それとも──

 そんなことを一晩中煩悶してあまりよく眠れなかった。



 寝不足の頭でまた一人反省会をしながら登校していると、不意に背中をポンッと叩かれた。


「おはよ」

「リラさん。おはようございます」

「あの、これ」

「え?」


 人目を憚るようにこっそり渡されたのはお弁当だった。


「きょ、今日はあたしが作ってきたから。お昼、裏庭の松林のとこに来て」

「う、うん。分かりました」

「じゃ」


 寒さのせいだけではなく、リラさんの頬は赤かったように見えた。

 一方僕はしばらく呆然とそこに立ち尽くしてしまった。


 リラさんが、僕にお弁当?

 嘘だろ……

 そんな夢みたいなことあるわけない……


 幸せすぎても脳はそれを現実として受け入れないのだということをはじめて知った。

 しかし僕の手には確かにリラさんから渡されたお弁当があった。

 しかもお昼に一緒に食べようと誘われてしまった。


 もしかしてこれはお昼休みまでに僕が死んでしまうという死亡フラグなのではないか?

 現に今、心臓が爆発しそうなくらいドキドキしてしまっていた。



 異様に長く感じる午前が終わり、ようやく昼休みになった。

 普段いつも一緒にお昼を食べている細田くんに「どうしても行かなきゃいけない用事がある」と謝って裏庭へと急ぐ。

 大抵の生徒は教室か中庭、もしくは校庭の方で食事をしているので裏庭には人気がなかった。

 僕はまるで初夜のベッドへと向かうかのように胸を高鳴らせて向かっていた。


 松の木が生い茂るほとんど手入れされていない裏庭は静まり返っている。

 リラさんは木々に隠れるように立っており、僕を見つけるとちょいちょいと小さく素早く手招きをしていた。


「遅い」

「すいません。お待たせしてしまって」


 リラさんはレジャーシートを敷き、そこに座る。


「寒くないですか?」

「いいの。ほら、食べるよ。温かいお茶持ってきてるし」

「ありがとうございます」


 リラさんの向かいに座り、朝渡してもらったお弁当を鞄から取り出す。


「い、言っとくけど下手くそだからね!」

「リラさんの手作りというだけで絶品料理です」

「そーいうのいいから」


 珍しくオドオドしていて、それはそれで可愛い。

 お弁当を開けると卵焼きや根菜類の煮物、唐揚げが綺麗に詰められていた。


「すごい! 手が込んでますね」

「一応前の晩から仕込んでたからね」


 なるほど。それで昨夜はジョギングを中止したのか。

 そう思うと更に尊いお弁当に見えてきた。


「卵焼きは焦げ焦げだし、唐揚げは衣がべちゃってしてるし、最悪だよね」

「そんなことありません。いただきます」


 唐揚げを箸で掴んで口に運ぼうとするとリラさんに腕を掴まれた。


「やっぱダメ! 食べないで! 明日もっとちゃんと作るし!」


 腕を引っ張られて箸が遠退くので首を伸ばして唐揚げにかぶりつく。


「美味しいです!」

「ぜったいウソ! 美味しいわけないし!」

「本当です! ありがとうございます!」

「え? 本当に美味しいの?」


 リラさんは恐る恐る自分のお弁当の唐揚げを噛る。


「うわ、なにこれ!? 片栗粉がぼっそぼそじゃん! 揚げすぎでお肉も固いし! ごめん!」

「そうですか? 僕は好きですよ」


 ウソ偽りなく美味しかった。

 リラさんが作ってくれたと思うだけで、最高の味だ。

 卵焼きや煮物も格別だ。


「もうやめて。お腹壊すよ!」

「ははは。そんなわけないですって」


 あまりの美味しさに箸が止まらず、一気に平らげてしまった。

 リラさんはそんな僕をチラチラと見ながら、ゆっくりと食べていた。


「ほんと、気持ちいいくらいの食べっぷりだね」

「はい。最上級のごちそうでした」

「バカ。言い過ぎると逆に嫌みに聞こえるよ」


 リラさんは呆れながら笑っている。


「ねぇ丸川。テストが終わったら今度は料理も教えてよ」

「はい! お安いご用です!」

「ぜったい約束だかんね。あたしでも美味しく作れるようなレシピ考えといて」

「はい。了解しました」


 寒空の下で食べてることも忘れるほど、僕の身体はポカポカと温かくなっていた。



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 ドキドキしながらも初お弁当成功?のリラさんでした。

 もはやキモオタ扱いしていたのも遠い過去。

 リラさんも一人の人間として、男として丸川のことを意識し始めてます!

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